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ピアノ初心者。ストリートピアノへの憧れと、ためらい。


ピアノ初心者が、半年間で課題曲をマスターするチャレンジ!⑪



思わず、息を呑んだ。

ホールに響き渡る、芯のある音。
繊細でありながら、どこか包容力のある響き。

ダイナミクスは丁寧にコントロールされ、
一音一音が確かな意志を持って聞き手に届いてくる。

演奏が終わり、イケメンの若いプレイヤーは静かに一礼。
少し間をおいて、聴衆の女性が大きな拍手を始めた。

――あ、拍手していいんだ。

その安心と同時に、胸の奥がすこしざわついた。

“ストリートピアノって、
これくらい弾けないと、弾いちゃいけないのかな。”

感動と、ほんの少しの悔しさ。
素直に称賛したい気持ちと、どこかねたような自分。
それでも、遅れて自分も拍手を送った。

ただの称賛ではなく、
「いつか、あの場所で弾きたい」という、小さな決意も混ざった拍手だった。



今日はピアノレッスンの日。

音楽教室の受付の女性に、先ほど見たストリートピアノ演奏の話をした。

「自分なんかが…あそこで弾いても良いのか、不安になります。」

女性は笑いながら言った。

「皆さん、案外気軽に弾かれますよ。
マナーさえ守れば、弾く資格は誰にでもあります。

——資格は、上手さではなく、意志。

ただ、僕は思う。
せっかく弾くなら、ほんの少しでも“人に届く音”で弾きたい。



先生とのレッスンへ。

「先生、ストリートピアノで演奏するときに、
最低限、何を意識したらいいでしょうか?

「まずは基本ね。君の場合は特に、ペダルのタイミング。
鍵盤の音が正確でも、ペダルが早いと全部濁ってしまうわ。」

やっぱり、僕はまだ技術の土台が弱いらしい。

「音色に関しては、どうでしょう?
自分の音が、どこか雑な気がして。

先生は少し考えてから、こう言った。

音色は、急には良くならないわね。
練習を重ねて、少しずつ育てていくしかない。


「一つだけ挙げるなら、手首だけじゃなく、
腕や身体全体を使って鍵盤を弾くことかな。」


――音色は、育てるものか。

その言葉を、自分なりに深掘りして考えてみた。

ピアノ演奏は「ただ音符をなぞる」作業ではなく、「自分の感性・呼吸・身体の状態を整える行為」として捉えられており、“内面の状態”がタッチに現れ、音色に反映されるという主張がある。※1


ピアノに触れることで、心が少し整う。
その整った心で鍵盤に触れると、音の響きが少し変わる。
その音を聴いて、また心が整う。

この循環を繰り返すことで、
音色は少しずつ育っていくのかもしれない。


音色を磨くとは、
自分自身と丁寧に向き合う練習でもある。

僕は、心を整えるためにピアノを始めた。

自分のためだけに弾いていたピアノが、
“誰かに届ける音”に変わり始めている。

その瞬間、ピアノは
ただの練習でも、作業でもなくなる。
“価値を生み出す行為”に変わる。

その変化が、
自己肯定感を、ほんの少しだけ押し上げてくれる。


臆病さや、つまらないプライドを理由に、
チャレンジをやめてしまうのは、もったいない。

失敗はリスクではない。
失敗から目をそらし、何も学ばないことがリスクなのだ。

ストリートピアノを弾く資格は、
“上手い人”ではなく、
弾こうと決めた人にある

※1 



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