〜腹心の友〜私という物語📚
彼女と出会ったのは、中学一年生の春でした。
でも、本当は私は彼女を知っていました。
小学六年生の春から。
(この話は、長くなるので、またいつかの機会に……)
中学一年生になった私は、クラスを見渡していました。
「このクラスで、一緒にいて安心できそうな人はいないだろうか」
そう思って探してみると、一人しか見つかりませんでした。
ここでは、仮にAさんと呼びます。
私が彼女を見て最初に思ったのは、
「この人なら、安心して一緒にいられそう」
ということでした。
私は、人に対する直感が当たることがあります。
そして、まさにそれが彼女でした。
初めて話しかけたのは、確か二学期が始まってすぐでした。
彼女の声を初めて聞いた時、私は、
「可愛らしく笑う小鳥みたいだな」
と思いました。
私は、彼女の声が好きでした。
そして、誰もがきっと嫌な気持ちにならないような、落ち着いた雰囲気も好きでした。
彼女はきっと、
「そんなことないよ」
と笑うと思います。
私たちは、すぐに仲良くなりました。
休み時間になると、気づけば彼女は、空いている隣の席ではなく、私の膝に座っていました。
まるで、幼い子どものように。
きっと彼女にとっても、私は安心できる人だったのだと思います。
私たちの共通点は、歌謡曲が好きだったこと。
二人で雑誌の歌詞の部分を切り取ってノートに貼り付け、休み時間になると、教室の後ろの窓のカーテンに隠れて、二人で歌っていました。
彼女は、下に二人いる長女で、しっかりしているところがありました。
そして、私は彼女だけではなく、ご家族ぐるみで仲良くしてもらいました。
私は、彼女のご家族が大好きでした。
彼女のご家族はカラオケが好きで、家族で行くカラオケに私も誘ってくれたことがあります。
その時の私は、
「普通のご家庭の家族って、こんなにあたたかいものなんだな」
と思いました。
お母さんは、いつもにこやかで、ほんわかした雰囲気の人。
言いたいことを我慢せず、溜め込まない感じの人でした。
お父さんは、私が会う時はいつも酔っ払っていて、陽気な公務員という感じの人でした。
転勤の多いご家庭だったので、彼女自身も転校には慣れているようでした。
その当時の私は、決して明るく積極的なタイプではありませんでした。
でも、今思えば、私はもともと明るく笑える子だったのかもしれません。
小学三年生の頃の私は、おじいちゃんがとても楽しい人で、よく私を笑わせてくれました。
その頃の私は、よく笑う明るい子でした。
でも、その後の私は、いつの間にか少しずつ自分を抑えるようになっていきました。
そんな私が、彼女と一緒にいると、またよく笑うようになった。
冗談を言ったり、ふざけたり。
彼女にからかわれて本気で怒ったり、結局笑わされたり。
彼女と過ごしていた私は、もしかしたら、小学三年生の頃の私だったのかもしれません。
彼女と二人でいると、なぜか明るくなれました。
そして、気持ちも少し強く持てるようになりました。
それまでの私は、男子と話すことさえ、少し苦手だったと思います。
でも、彼女と一緒なら大丈夫。
そんな気持ちがあったから、少しずつ普通に男子とも話せるようになりました。
初めてのことにも、以前より積極的になれました。
「私、こんなこともできるんだ」
そう思えることが、少しずつ増えていったのです。
彼女も、普段はそれほど積極的な子ではありませんでしたが、私と二人でいると、少しずつ積極的になっていきました。
きっと私たちは、お互いの中にあるものを引き出し合っていたのだと思います。
恋バナも、よくしました。
お互いに同じクラスに好きな人がいて、彼女が転校した後でしたが、それぞれ相手のところへ付き添って、告白したこともありました。
私は真面目すぎるくらい真面目で、彼女はどこか道化師のようなところがありました。
たまに私をからかって遊ぶんです。
私はその彼女の冗談を真面目に受け取って、本気で腹を立てることもありました。
喧嘩をするわけではありません。
私が一方的に怒って、距離を置く。
すると彼女は、そんな私をいつの間にか笑わせてしまう。
そして、気づけば仲直りしている。
悔しいですけど、私は、そんな彼女も好きでした。
私の心を、軽く開いてくれる人だったからです。
彼女は決して、私を怒らせようとしていたわけではないので、謝ることもありませんでした。
今思えば、それも私たちらしかったのだと思います。
そして、私たちの周りには、自然と人が集まってくるようになりました。
クラスのみんなで、一緒に笑っていることも増えていきました。
でも、そんな時間は長くは続きませんでした。
秋になり、彼女が転校することが決まってしまったからです。
それでも、私たちの関係は終わりませんでした。
学校から帰ると電話をしたり、毎日のようにお互いに手紙を書いたりしました。
そのたくさんの手紙は、私にとって大人になった今でも宝物です。
私は、何年も会わない時期がありました。
話さない時期もありました。
お互いに、お互いを知らない時期さえありました。
それでも、関係が切れることはありませんでした。
そして今でも、会えば、話せば、一瞬であの頃の私たちに戻れるんです。
人生の節目、節目で、不思議と会っていました。
それが、私には不思議で、そして嬉しいことです。
彼女は大人になり、結婚して、今では中学生になる子どもがいて、役職を持って働いています。
彼女のすごいところは、芯が強いのか、どんなに大変なことがあっても、前を向いているところ。
そして、いつまで経ってもディズニーの世界を愛していて、私の中では今でも可愛らしいプリンセスのような人です。
現実には大変なことがあるはずなのに、心はどこかいつも別の場所にあるような、不思議な人。
長い付き合いの私にも、彼女のことは完全には掴めません。
でも、そこが彼女のすごいところなのだと思います。
彼女は、悩むことはあっても、私から聞かない限り、あまり愚痴をこぼすこともありませんでした。
時々、何を考えているのか分からない時もありました。
今思うと、多分、本当に何も考えていなかったんだと思います。(笑)
とても強くて、楽天的だったのかもしれません。
私は物事をよく考えるタイプ。
彼女は、あまり考えないタイプ。
人生は、
「なるようになる」
そんなふうに思っていたんだと、後から聞きました。
そんな彼女から、私はたくさんのものをもらいました。
歌は、もともと好きでした。
でも、「もっと上手になりたい」と思わせてくれたのは、絶対音感のある彼女でした。
それまで、私は人と比べることがありませんでした。
でも、彼女が初めて、私の中に「悔しい」という気持ちをくれたんです。(笑)
「絶対、彼女より歌上手くなってやる!」
そんなふうに、初めて自分を奮い立たせてくれました。
彼女という道化師にいじられて、怒って、笑って、そして負けて。
でも、そのおかげで、私はもっと歌が好きになりました。
高校生の頃には、二人でカラオケに8時間くらいいることもありました。
Aメロを彼女。
Bメロを私。
そんなふうに、8時間めいっぱい歌っていました。
そして、私は人前で歌えるくらいには、そこそこ上手になりました。(笑)
彼女との時間は、私に元気と明るさをくれました。
そして、何かを始める時。
初めての場所へ行く時。
初めて誰かと会う時。
そんな時にも、
「なんとかなるさ」
と、土壇場で発揮できる強さを、彼女からもらったのかもしれません。
社会人になって、彼女が脳の病気になり、手術をしたことがありました。
その時、心配して泣いたのは私でした。
私は頭に来たんです。
死ぬか生きるかの手術なのかと思っていたら、そこまでではなかったと後から彼女のお母さんに聞いて、
「もう、心配したんだから!」
って。(笑)
でも、あの出来事を境に、彼女の中でも何かが変わったような気がします。
転校を経験していた彼女は、私とも付かず離れずの関係を続けていました。
もしかしたら、あの時、
「私にとって咲夜は、一生の友達なのかもしれない」
と思えた瞬間だったのかもしれません。
それまでのように私をからかって遊ぶことは少なくなり、私の話を真剣に聞いてくれるようになりました。
今では、困った時は、お互いに頼れる存在です。
愚痴も聞く。
悩みも話す。
そして、二人でよく笑います。
子どもの頃の「一緒にいると強くなれる友達」から、大人になった今は、
「お互いの人生を支えられる友達」
になりました。
そして昨日、彼女と電話で話していて、こんなことを言われました。
「咲夜って、子どもの頃から、いつも私を明るい方へひっぱっていってくれるよね」
私は、少し意外でした。
私の中では、彼女のほうが私を明るくしてくれた、という記憶のほうが強かったからです。
でも、彼女から見た私は、同じような存在だったのかもしれません。
私が彼女からもらったものと同じように、彼女も私から何かを受け取ってくれていた。
そう思うと、なんだか胸があたたかくなりました。
考えてみれば、私たちは昔から、どちらか一方が支える関係ではなかったのだと思います。
彼女が私を笑わせてくれる。
私が彼女を明るい方へ連れていく。
彼女が私に「なんとかなるさ」を教えてくれる。
私が彼女の話を聞く。
そんなふうに、知らないうちにお互いがお互いの心を支えていたのかもしれません。
だから、私は彼女がいたからこそ、孤独でクラスに友達がいなかった時期も乗り越えられたのだと思います。
何年も会わなかった時も。
離れていた時も。
話さなかった時も。
私の心のどこかには、いつも彼女がいました。
「またいつか会える」
そんな気持ちが、どこかにあったのかもしれません。
人は、ずっと一緒にいるから大切な存在になるとは限らない。
離れていても、何年会わなくても、心の中に残り続ける人がいます。
私にとって彼女は、そんな人です。
『赤毛のアン』に出てくる、アンとダイアナのように。
人生の道は、それぞれ違う方向へ進んでいく。
それでも、心のどこかではずっとつながっている。
彼女からもらったものは、歌だけではありません。
悔しいと思う気持ち。
誰かと一緒なら強くなれること。
一人じゃないと思える勇気。
思いきり笑うこと。
人生には、「なるようになる」と思える瞬間があること。
そして何より、
離れていても、心の中にいてくれる人がいるということ。
そして、昨日もらった彼女の言葉から、私は改めて気づきました。
私たちは、どちらか一方が相手を明るくしていたのではなかったのかもしれません。
彼女といることで、私は昔の自分に戻れた。
私といることで、彼女も明るい方へ進めた。
私たちはずっと、お互いの中にある明るさを引き出し合っていたのかもしれません。
それらは今も、私の中に残っています。
だから私は思うのです。
彼女が、今の私の一部を作ってくれたのだと。
そして、もしかしたら私も、彼女の今を作る小さな一部になっているのかもしれない。
彼女との時間も。
笑ったことも。
怒ったことも。
負けたことも。
支え合ったことも。
全部、私という人の一部になっています。
これから先、私たちがどれだけ離れた場所で、それぞれの人生を歩んでいったとしても。
きっと私は、彼女を「私という物語」の中に納めておきたい。
大切な、私の人生の一章として。
そしていつかまた会った時には、
きっと何十年経っていても、あの頃みたいに笑うのでしょう。
「久しぶり!」
たったそれだけで、あの頃の二人に戻れるように。
私にとって彼女は、
ずっと心のどこかにいる、私の腹心の友です。🌸

最後まで読んでくださり、ありがとうございました*.🌷.*
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これからも、誰かの心にそっと寄り添える言葉を届けていきたいと思います🕊🍀.∘

