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[140]双子素数~仲良く並ぶ素数たちの永遠の謎~

以前の素数の記事で、「双子素数」について少しだけ触れたのだが、覚えているだろうか。初期の記事で、第 $${12}$$ 回目の投稿の内容である。

$${3}$$ と $${5}$$、$${5}$$ と $${7}$$、$${11}$$ と $${13}$$、$${17}$$ と $${19}$$ などなど・・・

これらは、差が $${2}$$ の素数のペアである。

まるで仲良しの双子のように、 $${2}$$ だけ離れて並んでいる素数たち。

今回は、この「双子素数」について、もっと深く掘り下げてみよう。


双子素数とは何か

素数とは、 $${1}$$ と自分自身以外に約数を持たない自然数のことです。

$${2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, 23, 29, 31, \dots}$$

この素数の列を眺めてみると、隣り合う素数の差が $${2}$$ であるペアが存在することに気づくかと思います。これを「双子素数」と呼びます。

$${100}$$ 以下の双子素数をすべて列挙すると、以下のようになります。

$${(3, 5), (5, 7), (11, 13), (17, 19), (29, 31), (41, 43), (59, 61), (71, 73)}$$

ここで、$${5}$$ は $${(3, 5)}$$ と $${(5, 7)}$$ の両方に含まれています。実は、このように $${2}$$ つの双子素数ペアに属する素数は $${5}$$ だけなのです。

なぜだろうか?

$${3}$$ つの連続する奇数を考えてみましょう。例えば、$${n}$$、$${n+2}$$、$${n+4}$$ です。

この $${3}$$ つの数のうち、必ず $${1}$$ つは $${3}$$ の倍数になります。奇数を $${3}$$ で割ると、余りは $${0}$$、$${1}$$、$${2}$$ のいずれかであり、連続する $${3}$$ つの奇数の中には必ず $${3}$$ の倍数が含まれるからです。

したがって、 $${3}$$ つの連続する奇数がすべて素数になるのは、そのうちの $${1}$$ つが $${3}$$ 自身である場合、すなわち $${(3, 5, 7)}$$ の場合だけなのです。

なぜ (2, 3) は双子素数ではないのか

$${2}$$ と $${3}$$ の差は $${1}$$ であり、これは最も近い素数のペアです。しかし、これは通常、双子素数とは呼びません。

$${2}$$ は唯一の偶数の素数であり、それ以外のすべての素数は奇数です。したがって、$${2}$$ 以外の素数同士の差は必ず偶数になる。なので、差が $${1}$$ の $${2}$$ つの素数を「双子素数」と呼ぶと定義した場合、双子素数は $${1}$$ 組のみ、となります。何の面白みもないですよね・・・

差が $${2}$$ である双子素数は、「$${2}$$ 以外の素数同士で最も近いペア」という意味で特別なのです。

双子素数予想の歴史

「双子素数は無限に存在するのか?」

この問いは、数学において最も有名な未解決問題の一つです。

素数が無限に存在することは、紀元前 $${3}$$ 世紀にユークリッド (Euclid) が証明しています。では、双子素数も無限に存在するのでしょうか?

この予想が最初に明確な形で述べられたのは、$${1846}$$ 年、フランスの数学者ポリニャック (Alphonse de Polignac) によってです。ポリニャックは、より一般的な予想を提唱しました。

ポリニャックの予想 : 任意の正の偶数 $${2k}$$ に対して、差が $${2k}$$ である素数のペアは無限に存在する。

$${k = 1}$$ の場合が双子素数予想に対応します。

ポリニャックはフランスの貴族の家系に生まれ、$${1849}$$ 年にエコール・ポリテクニークに入学した年にこの予想を発表しました。残念ながら、彼は $${37}$$ 歳という若さでこの世を去り、自身の予想が解決されるのを見届けることはできませんでした。

ブルンの定理~双子素数の希少性~

$${1919}$$ 年、ノルウェーの数学者ブルン (Viggo Brun) が、双子素数に関する重要な定理を証明しました。

ブルンは、両親を幼くして亡くし、姉たちに育てられました。オスロ大学で学んだ後、 $${1910}$$ 年にゲッティンゲン大学に留学し、数論の難問に取り組み始めました。

彼が証明したのは、次の定理です。

ブルンの定理 : 双子素数の逆数の和は収束する。

つまり、

$${\displaystyle B_2 = \left(\frac{1}{3} + \frac{1}{5}\right) + \left(\frac{1}{5} + \frac{1}{7}\right) + \left(\frac{1}{11} + \frac{1}{13}\right) + \left(\frac{1}{17} + \frac{1}{19}\right) + \cdots}$$

は有限の値に収束します。この値を「ブルンの定数」と呼び、$${B_2 \approx 1.902160583}$$ と計算されています。

これは何を意味するのでしょうか?

すべての素数の逆数の和は発散する (無限大になる) ことが知られています。

$${\displaystyle \frac{1}{2} + \frac{1}{3} + \frac{1}{5} + \frac{1}{7} + \frac{1}{11} + \cdots = \infty}$$

しかし、双子素数の逆数の和は有限値に収束します。これは、双子素数が素数全体と比べていかに「希少」であるかを示しています。

ただし、この結果から「双子素数は有限個しかない」と結論づけることはできません。もし「双子素数の逆数の和が発散する」のであれば、そのためには「無限に双子素数が必要となるので、双子素数は無限に存在する」と言えたのですが、ブルンの定理により有限の値に収束してしまいました。が、収束するからといって、項が有限個であるとは限らないからです。例えば、 $${\displaystyle \sum_{n=1}^{\infty} \frac{1}{n^2}}$$ は無限個の項を持ちますが、$${\displaystyle \frac{\pi^2}{6}}$$ という有限値に収束します。

ブルンがこの定理を証明するために開発した手法は「ブルンの篩 (ふるい)」と呼ばれ、現代の篩法理論の基礎となりました。

ブルンの定数とペンティアムのバグ

$${1994}$$ 年、アメリカの数学者トーマス・ナイスリー (Thomas Nicely) がブルンの定数の計算精度を向上させようとしていたとき、奇妙なことが起こりました。

計算結果に矛盾が生じたのです。

原因を調べていくうちに、彼は驚くべき発見をしました。当時の最新 CPU であるインテルのペンティアム・プロセッサに、浮動小数点除算のバグがあったのです。

このバグは「ペンティアム FDIV バグ」として知られるようになり、インテルは当初問題を軽視しましたが、数学コミュニティからの批判を受けて、最終的に無償交換プログラムを実施することになりました。約 $${4}$$ 億 $${7500}$$ 万ドルの損失と言われています。

双子素数の研究が、思わぬ形でコンピュータ業界の歴史に影響を与えたのです。

現在知られている最大の双子素数

双子素数の探索は、分散コンピューティングプロジェクトによって続けられています。

$${2025}$$ 年 $${1}$$ 月現在、知られている最大の双子素数ペアは

$${\displaystyle 2996863034895 \times 2^{1290000} \pm 1}$$

です。この数は $${388342}$$ 桁もある巨大な数であり、 $${2016}$$ 年 $${9}$$ 月に発見されました。

また、 $${10^{18}}$$ 以下には約 $${808}$$ 兆 $${6758}$$ 億個の双子素数ペアが存在することが確認されています。

張益唐~サブウェイ店員から数学界のスターへ~

$${2013}$$ 年 $${4}$$ 月 $${17}$$ 日、数論の世界に激震が走りました。

張益唐 (Yitang Zhang) という、ほとんど無名だった $${58}$$ 歳の数学者が、双子素数予想に向けた画期的な進展を発表したのです。

張の人生は波乱に満ちていました。

$${1955}$$ 年に上海で生まれた彼は、$${9}$$ 歳の頃に独力でピタゴラスの定理の証明を発見し、$${10}$$ 歳でフェルマーの最終定理やゴールドバッハ予想について知りました。しかし、文化大革命の時代に母親とともに農村に送られ、約 $${10}$$ 年間も労働者として過ごすことを余儀なくされました。正規の高校教育を受けることができなかったのです。

文化大革命終了後、$${1978}$$ 年に $${23}$$ 歳で北京大学に入学し、数学の才能を開花させました。その後、アメリカのパデュー大学で博士号を取得しましたが、指導教授との関係がうまくいかず、学術界での職を得ることができませんでした。

彼は数年間、会計士として働いたり、サブウェイ (サンドイッチ店) の店舗で働いたりしながら、数学の研究を続けました。車の中で寝泊まりすることもあったそうです。

$${1999}$$ 年、ようやくニューハンプシャー大学の講師として職を得ました。そして、彼は双子素数予想に取り組み始めました。

$${2013}$$ 年、彼は画期的な論文を発表しました。

張益唐の定理 : 差が $${7000}$$ 万未満である素数のペアは無限に存在する。

双子素数予想は「差が $${2}$$ である素数のペアが無限に存在する」という主張ですが、張は「差が $${7000}$$ 万未満」という、ずっと弱い主張を証明しました。

「差が $${7000}$$ 万未満である素数のペアは無限に存在する」ので「$${7000}$$ 万未満である $${2}$$ であるペアも無限に存在する」ではありません。あくまでも証明したのは、差が $${7000}$$ 万未満になるものが無限に存在するだけであり、それは差が $${69999998}$$ になあるものが無限にあり、差が $${2}$$ であるものは有限、かも知れないのです。

普通に考えると、「全然使えない、意味のない結果」のように見えるかも知れません。

しかし、これは $${19}$$ 世紀に予想が提唱されて以来、初めての本質的な進展でした。

それまで、素数の間隔がいくらでも大きくなりうることしか分かっていませんでした。張の定理は、「いくら大きな素数を調べても、差が一定値以下のペアが必ず見つかる」ことを初めて証明したのです。

$${7000}$$ 万は $${2}$$ と比べると途方もなく大きいですが、「有限の上界が存在する」ことを示したという点で、これは革命的な成果でした。

彼の論文は、世界最高峰の数学誌『Annals of Mathematics』にわずか $${3}$$ 週間で受理されました。これは異例の速さです。通常、このレベルの論文の査読には $${1}$$ 年以上かかることも珍しくありません。

査読者の一人は「第一級の結果」「素数分布における画期的な定理」と評しました。

張は $${2014}$$ 年にマッカーサー・フェローを受賞し、一躍数学界の時の人となりました。サブウェイで働いていた無名の講師から、世界的な数学者へ。彼の物語は、純粋な知的探求と忍耐の力を示しています。

ポリマス・プロジェクト~数学界の共同作業~

張の論文が発表されると、世界中の数学者たちが彼の証明の改良に取り組み始めました。

$${2013}$$ 年 $${6}$$ 月、フィールズ賞受賞者のテレンス・タオ (Terence Tao) は「ポリマス・プロジェクト $${8}$$」を立ち上げました。これは、インターネット上で多数の数学者が協力して問題に取り組む共同研究プロジェクトです。

プロジェクトは驚異的なスピードで進みました。「$${30}$$ 分ごとに上界が下がっていった」とタオは振り返っています。

$${2013}$$ 年 $${7}$$ 月までに、上界は $${7000}$$ 万から $${4680}$$ まで下がりました。

そして $${2013}$$ 年 $${11}$$ 月、イギリスの若手数学者メイナード (James Maynard) が、張とは全く異なる手法で上界を $${600}$$ まで引き下げることに成功しました。博士号を取得したばかりの彼は、張やポリマス・プロジェクトとは独立に研究を進めていたのです。

メイナードの手法はポリマス・プロジェクトに取り込まれ、$${2014}$$ 年 $${4}$$ 月までに上界は $${246}$$ まで下がりました。

  • 張の証明 ($${2013.4}$$) : $${70000000}$$

  • ポリマス ($${2013.7}$$) : $${4680}$$

  • メイナード ($${2013.11}$$) : $${600}$$

  • 現在 : $${246}$$

さらに、エリオット=ハルバースタム予想 (まだ証明されていない別の予想) が正しいと仮定すれば、上界は $${6}$$ まで下げられることが示されています。

しかし、$${246}$$ から $${2}$$ への「最後の一歩」は、現在の手法では到達できないと考えられています。双子素数予想を完全に証明するには、全く新しいアイデアが必要なのです。

双子素数予想はなぜ難しいのか

素数の分布を研究する上で、$${n}$$ が素数かどうかと、$${n+2}$$ が素数かどうかは「独立」ではありません。

例えば、 $${n}$$ が $${3}$$ で割り切れないならば、 $${n+2}$$ も $${3}$$ で割り切れる可能性が制限されます。このような「相関」が、双子素数の研究を困難にしています。

直感的には、素数がランダムに分布していれば、$${n}$$ 以下の双子素数の個数は

$${\displaystyle \pi_2(n) \sim C \times \frac{n}{(\log n)^2}}$$

程度になると予想されます。ここで $${C}$$ は「双子素数定数」と呼ばれる定数で、約 $${1.32}$$ です。

実際のデータはこの予想とよく一致していますが、これを厳密に証明することは、現代数学の能力をはるかに超えています。

双子素数と他の未解決問題

双子素数予想は、他の有名な未解決問題とも関連しています。

ゴールドバッハ予想との関係も興味深いです。ゴールドバッハ予想は「$${4}$$ 以上のすべての偶数は $${2}$$ つの素数の和で表せる」という主張です。もしゴールドバッハ予想の強い形が証明されれば、双子素数が無限に存在することも導かれます。

また、リーマン予想は素数の分布に関する最も深い予想であり、これが解決されれば双子素数予想への新しいアプローチが開けるかもしれません。

まとめ

双子素数は、一見単純な概念でありながら、数学者たちを何世紀にもわたって魅了し続けています。

$${3}$$ と $${5}$$、$${5}$$ と $${7}$$、$${11}$$ と $${13}$$、・・・

これらの数のペアが無限に続くのか、それともどこかで途切れるのか。

ブルンは双子素数の希少性を示し、張益唐は素数の間隔に有限の上界があることを証明しました。ポリマス・プロジェクトとメイナードの協力により、その上界は $${246}$$ まで下がりました。

しかし、 $${246}$$ と $${2}$$ の間には、まだ大きな溝があります。

張益唐の人生は、数学の世界では「いつ」成果が出るかは予測できないことを教えてくれます。彼は $${58}$$ 歳まで無名でしたが、諦めずに研究を続けた結果、歴史に名を残す発見をしました。

双子素数予想が解決されるのはいつでしょうか?明日かもしれませんし、$${100}$$ 年後かもしれません。あるいは、この記事を読んでいるあなたが、将来その解決者になるかもしれません。

数学の未解決問題は、私たちに「まだ分からないことがある」という謙虚さと、「いつか解決できるかもしれない」という希望を同時に与えてくれるのです。

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