正義の人工天使と、偽善を嗤う殺人鬼 1
『あらすじ』
『人類評議会』に歴史の裏からコントロールされている近未来。
『人工天使』により監視されていた『異能力者』の一人、有里雹治が暴走し、『人工天使』ジャスティーナが彼を抹殺した。
だが雹治は、ジャスティーナが監視している鈴屋閑馬の双子の弟であり、彼はいじめの果てに暴れたのだった。
真実を知った閑馬は雹治をいじめていた関係者たちを『異能力』で殺害し始め、いじめ加害者を守ることが『正義』と信じるジャスティーナと対決する。
閑馬に対する恋心を抑えたジャスティーナと、快楽殺人鬼を自称する閑馬との戦闘は、天地を震撼させていくのだ。
名称紹介
『人類評議会』……19世紀に誕生した人類を守る国際機関。今は富裕層の既得権益の為に存在している。人の進化形態たる『異能力者』の存在を否定し、誕生時の遺伝子操作により早めに選別し、『人工天使』を監視に着けている。
『人工天使』……『人類評議会』の最強の兵器。『戦闘特化強化人間』であり、『人類評議会』の命令の下で、『異能力』の因子のある子どもたちを親から引きはがし、監視している。万一の事態が起こると、躊躇なく『異能力者』を抹殺する。
『異能力者』……新たな進化を迎える『遺伝子のゆらぎ』を持つもの。『人類評議会』の権益を覆しかけない存在として、家族から引き離され監視されている。
有里雹治……『異能力者』。同級生のいじめに耐えきれなくなり暴走。ジャスティーナに殺害される。
ジャスティーナ・アルダーソン……『人工天使』。同い年の閑馬を監視しているうちに、彼に淡い思いを抱き始めている。雹治を抹殺し、正義を名乗り彼をいじめた加害者たちを庇う。アメリカ人。
鈴屋閑馬……『異能力者』で雹治の双子の兄。弟の暴走がいじめの末と知り、怒りと共に加害者たちを殺害していく。復讐とは自分より強い相手にするもの、との持論があり、復讐者ではなく、快楽殺人者を名乗る。ジャスティーナへの憎しみは深い。
ベサニー・シールズ……『人工天使』。雹治の監視者。雹治の死について責任を感じており、閑馬に手を貸す。アフリカ系の少女。
プロローグ
「正義とは、強者の利益にほかならず」
邪悪は美しい。
銀河の煌めきを宿す暗黒色の髪が初夏の風に揺れ、黒曜石のような瞳には刃の冷ややかな光がちらついている。形の良い唇は侮蔑の形に歪み、常の優しそうな面差しは、ずっと隠して来た本性だろう嘲笑に変わっていた。
その少女は美しく冷酷で、可愛らしく残酷な、悪だ。
どくんどくん、と決定的に傷つけられた少年・有里雹治(ありさと ひょうじ)の心臓は冷え、しかし激しく鼓動を刻み出した。
彼は咄嗟に、美しい『悪』の胸を突いて駆け出したくなった。
だが中学生離れした彼女の膨らみに触れる程の勇気はなく、だからただ呆然と立ち尽くした。
風が吹く。
温かで爽やかな、希望に満ちた季節の香りがした。
神横浜駅にもほど近い、七海公園に植えられ草花が命溢るる季節の到来を告げられ、さわさわと身震いした。
だが、雹治にとってそれは絶望の囁きに過ぎない。
「…………」
何もかもをぶちまけた少女は、満足したような表情で、決定的に傷ついた雹治の顔を覗いた。 見たいのだろう、彼が悲しむ姿を、苦しむ姿を、見たくてたまらないのだ。
雹治は突然、世界の何もかもが彼の敵だと感じた。
ぶわり、と彼の中の『何か』が目を覚ました。
ばちん、最初に反応したのは七海公園内に等間隔に設置された街灯だ。
ばちん、ばちん、と一つ一つ、突如叩かれたように消えていく。
「え?」と、雹治の心に致命傷を与えた少女が、不安げに辺りを窺う。
七海公園にはもう誰もいない。
先程までは小さな子どもをつれた母親達がそこここにいたが、日が暮れ、周囲が薄青くなった今は、皆帰ってしまった。
七海公園にいるのは、雹治と『彼女』だけだ。
だから……彼は自分を抑えなかった。
びゅう、と雹治から風が生まれ、公園内を一週する。
「何? これ?」
『彼女』が怯えたように呟いたが、もう遅い。
七海公園の至る場所に植えられた草花が唐突に生命力を失い、しわしわと萎びていく。空を飛んでいたカラスが、ギャー、と鳴き地に落ち、動かなくなる。
ぷすぷすと、カラスの死骸からは蒸気が揺らめいている。
「ちょっと」ようやく異変に気づいた『彼女』が、ずっと雹治を欺いていた美しい少女が青ざめた。
雹治はもう止まらない。
彼の起こす『死の風』の前に、命は問答無用に刈り取られる。
ギャア! と再びカラスが白い靄を吹きながら落下し、植物からはじりじりと命の艶が失われ、頭を垂れて行く。
「……雹治、くん? 何をしたの?」
もう、何もかも手遅れだった。
第一章
一報が入った時、ジャスティーナ・アルダーソンはサラダの入った大皿を手にしていた。
同居人の少年・鈴屋閑馬(すずや しずま)の皿に、大量の野菜を取り分けていたのだ。
「いい、シズマ君。お食事はバランスよ、肉ばかりじゃなく、野菜も食べなきゃなの」
閑馬は整った顔立ちを曇らせ、特徴である涼やかな目元に陰を作った。
「でも、俺、あまりサラダは……あ、ピーマンは……やだ」
「だーめ。好き嫌いは許さないわ。シズマ君の健康のためなのよ?」
ジャスティーナは閑馬がピーマンが嫌いだと知っている。苦みが嫌だと彼から訴えられている。構わない。そんな我が儘聞かない。俯く閑馬の皿に彼女はピーマンをどっさり置いた。
「食べなきゃ、大きくなれないわ」
「……もっと肉が……欲しい」
「お肉の三倍、野菜を食べないといけないと、ネット動画で見たの」
「折角の……肉の日、なのに」
「今日は確かにお肉をたっぷり食べると決めた肉の日だけど、それだけでお腹一杯になんて不健康なの……」
ここでジャスティーナの動きが止まる。
彼女の脳に埋め込まれたマイクロチップに、量子通信が入ったのだ。
『新横浜、七海公園でコードD発生。人工天使№08は急行し、対象を処理せよ』
「ジャスティーナ?」
突然動きが止まったジャスティーナに、閑馬が怪訝な顔をする。
「ごめんなさい、シズマ君。私急用が出来たわ」
彼女は白いクロスが敷かれたテーブルに大皿を置くと、腕を後ろに回して素早くエプロンを外す。
「……急用?」
閑馬が不安げな目になるから、ジャスティーナは笑顔になった。
「大丈夫よシズマ君。すぐに帰ってくるから、あなたはお食事摂って置いて。お野菜、残しちゃダメよ……あと、お片づけもお願いね」
今年一四歳になるジャスティーナは、同居人で『監視対象』の閑馬と同い年だ。だが完全に年上目線で、彼に接してる。
閑馬は憮然とした表情で、自分の前の皿を見つめている。
「行っておくけど」ジャスティーナは脳内のチップで七海公園の周辺地図を検索しながら、彼に釘を刺した。
「ピーマン、残したらおせっきょうだからね。私、後でゴミ箱もちゃんと確認するから」
「ジャスティーナ……」
閑馬が何か言いたそうだが、彼女は、マンションの前に送迎用の車が止まった旨の報告を受信していたから、応じなかった。
「じゃあ、ちょっと行ってきます」
ジャスティーナは微笑みを残して、二人で住んでいるマンションを後にした。
マンションを出たジャスティーナは、エントランスに横付けされている、黒塗りの水素自動車の後部座席へと滑り込んだ。
「状況は?」閑馬の前で輝いていた彼女の笑顔はもうなく、口調も機械のように平坦だ。対し運転手のサングラス男も事務的に応じる。
「異能力者が暴れています。かなり強力な敵らしく、対応に苦慮しています」
「そう、だから処理命令」
黒塗りのドイツ車が走り出し、彼女の閑馬がいるマンションが遠ざかる。
「……早く終えないとね」
ジャスティーナは閑馬がちゃんとピーマンを食べているかを考え、ぽつりと零した。
車はそれから十分ほど走り、神横浜ノースドッグへと到着した。
ゲートをくぐり、迷うことなく一つの建物の前に止まる。
「ありがとう」と車を降りた彼女は、警備の在日米軍の兵士の敬礼に微かに頷くと、蒲鉾のように天井が丸まっている『人工天使』用の格納庫に足を踏み入れた。
人々が走り回っている。
西暦二〇三〇年代も半ばを過ぎ、色々な国から移民を受け入れて国際色豊かになった日本だが、この建物ほど多種多様な人種が混じり合っている場所はないだろう。
ヨーロッパ、アジア、インド、アフリカと色んな肌の人間が、自らの役割の為に駆けている。 ジャスティーナにとっては懐かしい光景だ。
アメリカ生まれの彼女は三年ほど前まで、幾多の人種が交差する中にいた。だから来日して最初に思ったのは、日本の人種に対する閉鎖性だ。
大分変わって来たとは言え、まだ街や学校では黒い髪茶色い目のアジア系が主流であり、白に近い金髪と、緑色の瞳のジャスティーナはマイノリティだった。
オートで開く分厚い鉄の扉を二つ越え、彼女は格納庫の中心部へとたどり着いた。
「ジャスティーナ」とすぐに一人の女性が彼女に気づく。
鳴海京子(なるみ きょうこ)……ジャスティーナの直属の上司であり、かつて人工天使№08だった女性だ。
京子は四〇代とは思えない若々しい女性で、優しげな笑顔を常に浮かべているが、ジャスティーナにとっては厳しい教師であり、憧れの対象でもあった。
「暴走したのは有里雹治。一時間程経っているわ。今は新横浜駅近くの七海公園で暴れている……七海公園周辺は封鎖完了、人工天使№117は苦戦中……いける?」
最後の言葉は確認だった。ジャスティーナにとって今回の出撃は、人工天使としての初任務に当たる。
つまり、初めて『人工天使』として『異能力者』を殺すのだ。
人工天使とは『戦闘特化強化人間』だ。
動植物の生命力であり、この世界を構成している『エーテル』を制御し動力とするエーテル・エンジンを体内に持ち、その代の人類のテクノロジーの粋……化学、数学、薬学、心理学、物理学等を、片っ端からかき集めて強化された少女達の名称である。
対象者がほぼ少女なのは、この世代の少女が一番生命力(エーテル)に溢れているからであり、少年よりも有機部品に対する拒絶反応も少ないからだ。
『人工天使』の目的は人類に仇なす存在の抹殺で、今は『異能力者』がそれに当たる。
ジャスティーナが心肺機能を含めて、視覚嗅覚聴覚等も強化されたのは九歳の頃だ。エーテル生成量が他者より多かった彼女は将来を嘱望され、今まで秘匿された。
だが、それも今日までのようだ。彼女自身胸の中で覚悟はしていたが、遂に前線に赴く時が訪れた。
「異能力者……人類の敵を殺せるの? ジャスティーナ」
「無論です」ジャスティーナは頬を強ばらせる緊張を隠し、敢えて京子に大きく首肯した。
「わかった」
京子はジャスティーナの内心を見抜いたのか、微かに微笑んで『それ』を示した。
スポットライトが当たっているような光の中心に、重厚な西洋甲冑があった。
人工天使が戦闘時に纏う、装甲(エクステリア)だ。
まるで磨き抜かれたような銀色に輝くそれは、アダマンチウムと呼ばれる、まだ世界が知らない希少金属アダマントをさらに無重力空間で製錬して作られた物であり、理論上、この世界の武器では傷を付ける事も敵わない。
「人類評議会は暴走した異能力者の速やかな排除を求めています。全ては人類のために」
「全ては人類のために」
復唱してジャスティーナは№08と肩に入っている人工天使の装甲に一歩近づいた。
ばしゅっ、と甲冑の各部が真ん中から開く。
ジャスティーナは自分の豊かな胸に手を置き、鐘のように打ち鳴っている心臓をなだめると、装甲を纏うために内部に滑り込んだ。
午後八時を過ぎ、神横浜の街にも夜の帳が降りていた。
だがジャスティーナの眼前に広がるのは闇ではない。
銀河だ。銀河のような夜景が広がっていた。
それを眺めながらジャスティーナは飛行する。
ヴィィィィン、と背中の二対の反重力ブレードが振動し、重力を制御して空中にいるのだ。
──絶対に人類を守らないと。
眼下に広がる人々の生活の証したる灯を見ながら、ジャスティーナは決意する。
右手の長大な電磁ランスと、左手のカイトシールドを持つ手に、自然と力がこもる。
上空故の風が体を覆う装甲をごうごうと揺るがすが、人工天使の行く手はそんな程度では妨げられない。
超音速飛行すら可能な人工天使の飛行能力で、彼女は瞬く間もなく現場たる七海公園を捉えていた。
納得する。その一角だけは光がなく、宇宙に突然出現するボイドのような黒々とした空間が広がっていた。
敵の異能力の仕業だろうが、この分では公園は真っ暗だろう。
人工天使には関係ない。
彼女達の眼は有機パーツにより強化され、暗視機能も備えている。
だからくっきりとジャスティーナには迫る七海公園を観察できた。
中規模の公園だ。遊具があり、ちょっとした遊歩道があり、トイレ施設がある。
彼女は瞳をズームさせた。
発見する。公園の中頃の広場に、一人の少年が立っていた。
有里雹治だ……その足元に一人の少女が腰を抜かして座り込んでいる……即座に照合する。
神横浜中学二年、音羽彩流(おとは あやる)。
「なるほど」とジャスティーナは納得する。
どうやら二人の間に大きくて破滅的な諍いがあったらしい。その結果、感情の高ぶりで有里雹治の『異能力』は『覚醒』、『暴走』した。
彼女は頭脳の中にある電子チップに意識を集中し情報を得て、大脳の後頭葉に位置する視覚野に投影した。
四角いウインドウがいくつも視覚に表示される。
ネットの反応を確認したのだ。人工天使は脳内のマイクロチップにより、考えるだけでネット環境に接続できる……まだこの大騒動に、市民達は気づいていないようだ。
色んなサイトで、七海公園周辺の封鎖と外出禁止令についての文句やらが飛び交い、書き込まれているが、異能力者についての目撃情報は少なく。あってもすぐに消されている。
『人類評議会』のネット監視機関はちゃんと機能している。
だが当然安心してはいられない。この事態が長引けば、この世の禁忌(タブー)中の禁忌(タブー)である、異能力者の存在を世間に知らしめてしまう可能性がある。
ジャスティーナは口辺を引き締め、上空で電磁ランスを構え治した。
ふと気づく。
公園の真っ暗な空にもう一つの人影があった。
重厚な甲冑、振動するブレード、黒鉄色の装甲。
人工天使№117だ。
「人工天使№117。一体どうしたんですか?」
ジャスティーナが語りかける。人工天使№117は、まるで幽霊のようにぼうっと空にいるだけなのだ。攻撃態勢に入っていない。
「人工天使№117! ベサニーお姉様!」
本名を呼ばれ、ようやくマイクロチップに言語が届いたのか、ジャスティーナの視覚に、アフリカ系の可愛らしい少女の泣き顔が現れた。
「……ジャスティーナ……ヒョウジが、ヒョウジが」
納得した。どうやら人工天使№117は有里雹治の『監視者』だったらしい。監視していた異能力者がアンコントロール状態になったのだ。
人工天使は任務は『この世界』を乱す『異能力者』の抹殺だ。だが、栄えある人類評議会はその素質がある者を片っ端から殺していくような、野蛮で非人道的な行動を取らない。
産まれた時に密かに行われる遺伝子検査にて、その兆候がある者を判別し、傍らに監視者を送り込んで生活を見張り、万が一監視対象者が自身の異能力を自覚したら、誰よりも早く動いて処分するのが常套手段だ。
ジャスティーナにとって鈴屋閑馬がそうだったように、人工天使№117、ベサニー・シールズは有里雹治を担当していたのだろう。
「わ、わたし……失敗しちゃった……ヒョウジ……」
人工天使№117の泣き声に、ジャスティーナは呆れた。
異能力者の覚醒は大半が十代だ。だからその傍らにいる人工天使も、同じくらいの世代が選ばれる。立場は違えど思春期に差し掛かる年頃の少年少女達……身近に接していれば、多少の情が沸くのは仕方がない。
だがそれによって、崇高なる『人類評議会』の、人工天使の任務に支障が出るのは本末転倒である。
ジャスティーナはどうして一時間も暴れる異能力者が野放しなのか、理由を察した。
人工天使№117は、このどうしようもない状況なのに、腕に装備されている12.7×99mmNATO弾が装填されている重機関銃さえも撃っていない。
もはや彼女には世界の害たる異能力者と、戦う意志もないようだ。
「ベサニーお姉様、しっかりして下さい!」ジャスティーナは叫んでいた。
「人類評議会の高潔で尊い任務を、正義を果たすのが人工天使です!」
だが、視覚野に映る彼女は、顔を歪めて「ヒョウジ、ヒョウジ」と悲嘆に暮れるだけだ。
──これはダメだ。
ジャスティーナはここで人工天使№117を諦めた。
彼女はきっと頭を上げると、未だに異能力で暴れている有里雹治を睨む。
ふと、彼女はここで考えた。
もし、彼女の閑馬が。鈴屋閑馬が有里雹治のようになったら。
「バカバカしい」ジャスティーナは激しく頭を振る。
──シズマ君に限ってそんな事をするわけがないわ。
人工天使№08、ジャスティーナは一度大きく旋回し、電磁ランスを構え直して、突っ立つ有里雹治に突撃した。
びりびりと装甲が鳴ったと気づいたのは、直後だ。
アダマンチウム装甲が異能力者の力で破壊できるはずがない、しかし彼女の腕には確かにちくちくとしたな刺激があった。
彼女の正面下には、有里雹治がいる。
強化された眼で確認すると、彼は泣いているようで、大きく見開いた眼から止めどなく涙を溢れさせていた。剥き出した歯を食いしばっているから、前歯が一つ欠けていると分かる。
雹治の片方だけが刈り上げられた奇妙な髪はざわざわと波打ち立ち上がり、公園内に吹き荒れる暴風が伺えた。
「暴風……違うっ!」
ジャスティーナは急速に上昇した。恐らく音速を超えていただろう、彼女の周辺で衝撃波と音が轟き、肉体も軋む。
もし彼女の肉体が強化されていなかったら、急激にかかるGで身体を損傷していただろう。
だが彼女は人工天使。いかなる局地での戦闘も想定された、究極の戦闘兵器だ。故に、意識が途切れる事もなく、無茶な回避運動をこなして見せた。
ここでジャスティーナは敵の異能力の正体を見抜いた。
──そう、なるほど、だから電気がつかないのね……。
周辺の闇、それがヒントだった。
マイクロ波だ。
有里雹治は電磁波を操る事が出来るのだ。
試しに脳のマイクロチップからネットにアクセスしようとしたが、ざざざとそれは遮られる。「危険な力ね……」
あのまま電磁ランスの突撃(チャージ)を行い接近していたら、アダマンチウム装甲は無事でも、ジャスティーナの肉体は大ダメージを負っていただろう。
彼女は電磁ランスを背中に背負い、右腕を雹治に向ける。
人工天使№117に装備されているのは大口径の重機関銃だが、それより優秀なジャスティーナの右腕装甲内には、20mm連発式レールガンがある。
弾はタングステン製であり、本来なら生物には使用しない。実際、これを問答無用に発射すれば、人間など血煙と化すだろう。
慎重に少年に向かって照準を定めるジャスティーナだが、ふと泣いている雹治の顔が彼女の大事な少年と重なった。
──もしあれがシズマ君なら……。
彼女は発砲を中断し、荒れ狂うマイクロ波の風の中、可能な限り雹治に近づいた。
「ヒュウジ・アリサト君」と落ち着いた声で、彼女を睨め付ける少年に話しかける。
「……ヒュウジ君。すぐに異能力の行使を停止し投降して下さい。そうしないと私はあなたをここで殺害しなければならなくなります」
ジャスティーナは言葉を切り、公園内を見回す。
何羽もの鳥が落ちて燻っている。巻き込まれたのだろう犬や猫も数匹倒れ、花壇や遊歩道の左右の草花は完全に枯れていた。
マイクロ波は恐ろしい兵器になる。だがまだ人の犠牲はない。
雹治の近くにいた少女、音羽彩流は這って必死に遠ざかろうとしていた。
「人類評議会は無益に流れる血を望みません」
これは真実だ。もしここで有里雹治が投降したら、人類評議会は無分別で残酷な死を彼に与えないだろう。異能力の検査の後、穏やかで満ち足りた時間をしばし与えられ、苦痛のない薬物での安楽死を認められるはずだ。
何故なら、人類評議会は『人類』の『世界』の為の『正義』の組織なのだから。
人類評議会が誕生したのは、19世紀のイギリスでだ。
18世紀からの産業革命を受け、人類の生活圏は飛躍的に広がった。そして発達した科学の余慶を得た幾多の冒険家達が、地球の未踏破地を訪れて出会ってしまう。
『異種族』だ。
獣に変じる特徴を持つ、ワーウルフ。獣のような姿をしながら人と同等の知能を持つウィンディゴ。海中を住処として半身が魚類なマーメイド。他者の血を糧に生きるヴァンパイア。馬の下腿で大地を走るケンタウロス等々、世界は伝説の中でしか語られたことのない生き物で溢れていた。
人類は驚愕した。今まで異種族の存在はあくまで伝説の中、作り話とされて来たのだ。だが冒険家は彼らの実在を確認してしまった。
慌てたイギリス政府は、世界の有力な国から有力者を集めて、人類と異種族のこれからについて議論をする……そして各国の有力者と資本家を中心に、人類評議会が設立された。
ジャスティーナはそれを思うと、感動に胸がいっぱいになる。
何せ、人種や国家の垣根を越えた国際組織、国際連盟でさえ第一次世界大戦の後に発足されたのだ。それよりも何十年も前に『人類』は手を取り合っていた。
人類評議会は人類の代表として『異種族』と平和な共存のために会談の要請をした。だがはねつけられる。異種族の中には人間を補食するオーガ等の危険生物もいて、人類を頂点とする秩序を拒んだのだ。
だから『人工天使』である。
人類の脅威となりうる『異種族』を、『人類の為』に根絶させる任務を持った、人類の最先端の技術を用いて強化された兵士……まさに、神の似姿である人類からの使者『天使』だ。
原初の人工天使は鋼鉄と真鍮で強化改造され、プロペラで空を飛び、異種族達を狩った。
当然、異種族達は抵抗をしたが、いち早く機械文明を作り出していた人類の前に敗北し、今では異種族の姿は世界のどこにもない。
『霊長』類たる神に選ばれた優れた人類の完全勝利で、人類評議会は『世界』を守り抜いた。
人工天使を擁する人類評議会こそ地球世界の法であり、それを守る盾なのだ。
「ヒョウジ君。君は危険すぎる。だから人類評議会は『世界の法』に則り、あなたに降伏を勧めるわ」
「うるさい!」対し、雹治の反応は激烈だった。
「お前らも、この世界も敵だ! 僕の周りは敵だらけだ!」
びん、とマイクロ波の風が再びジャスティーナを襲い、彼女は反重力ブレードをヴィィインと振動させてかわした。
「……そう、仕方ないわね。世の中に災いをもたらす異能力者は敵。排除するわ」
バイザー付きのヘルメットの中で、ジャスティーナは唇を噛んだ。
『異能力者』がどうして誕生するようになったのか、はまだ人類評議会の調査でも分かっていない。ただ、『異種族』の殲滅の後、平和になるはずだった世界に、突如、『人間』とは明らかに違う力を持つ者が産まれ出した。
異能力者達の人外の力は、世界が、国家が作り上げた法を歪め仇なす可能性があり、ようやく構築された『人類の秩序』を脅かしかねなかった。
異種族を葬り去った人工天使の次の任務として、『異能力者』の監視討伐命令が下ったのも仕方がない。
ジャスティーナは心を決め、右腕を真っ直ぐ雹治に向けた。
ばしっ、ばしっとレールガンから20mmの砲弾が放たれた。
びきり、とそれは雹治の直前で弾ける光により防がれる。
「電磁バリア!」
ジャスティーナは目を見開いた。
どうやら雹治はマイクロ波によって水や空気を加熱しプラズマを形成し、向かって来る弾頭を跳ね返せるようだ。
「くっ」マイクロ波の風がジャスティーナに直撃し、彼女は全身の痺れに耐えた。
「想像以上の力ね」
ジャステイーヌは泣き喚きながらマイクロ波を叩きつける雹治から、やや距離を取った。
と、何かの拍子に脳のマイクロチップがネットに繋がる。
「てか、これ普通じゃないっしょ」
「とりま、外出てみっか。携帯端末で動画撮ってくる」
どうやら時間をかけすぎたようだ。外出を止められている人々の中で、好奇心ばかり強く想像力の足りない一部が、無謀な事をやらかそうと企んでいる。
──いけない……。
ジャスティーナは焦る。まだ普通の『人類』は異能力者や人工天使を見てはならないのだ。
異常な『異能力者』の息づかいを、か弱く善良な『人類』が知れば、恐れからパニックに陥るだろう。
「ダメだ……」やや茫漠とした声がジャスティーナから漏れた。
「……このままじゃ、私の評価が……シズマ君の生活も危なくなる」
自分の立場の危うさを思い浮かべた彼女は、公園の中心で両手を広げて電磁波を操る雹治を眺めつつ、決断した。
「……劣化ウラン弾を使います」
劣化ウラン弾は弾体に劣化ウランを使う弾頭で、運動エネルギーにより大きなダメージを相手に与える物だ。
「待って!」
今まで身動きもしなかった人工天使№117がびくりと震える。
「こんな街の中の公園で劣化ウラン弾なんて! ジャスティーナ、正気なの?」
劣化ウラン弾は、放射性物質をまき散らし周辺を汚染する危険極まりない弾頭だ。特にアルファ放射線により人間が内部被ばくをすると、癌、白血病、先天性奇形や異常を引き起こす……当然、ジャスティーナも承知している。
だが、この場で『正義』の為に『世界』を救う為に、コントロールから外れた異能力者を倒すのには、それしかない。
ジャスティーナはゆっくりと、腰に取り付けてあるボックスを取り外し、右腕部に装着する。「ジャスティーナ! そんなのでヒョウジを撃つなんて!」
「ヒョウジ・アリサトを狙うわけではありません」
悲鳴のような人工天使№117、ベサニーの声に、ジャスティーナは落ち着いて答える。
「……彼は電磁バリアによって通常弾頭を無力化します。だからその足元を狙うんです」
劣化ウラン弾は強力な運動エネルギーを受けると燃える、傷痍効果がある。レールガンで撃ち出し対象物に当たると周辺を燃やすのだ。
ジャスティーナの狙いは、炎により雹治を動揺させる事にあった。
「でも! ここは街の中の公園よ! その後、ここら一体はどうなるの?」
ジャスティーナは人工天使№117に苛立った。そもそも彼女がこうなる前に手を打てていれば、被害を出さずに済んだのだ。
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