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フォロワー1000人。🇹🇭バンコクの片隅から皆様へ感謝。


ふと画面を見ると、
何とフォロワーの数字が
1,000人を超えていた。

いつも、バンコクの片隅からの呟きに
付き合ってくださる皆様。

スキやコメントで
背中を押してくださる方。

そして静かに
目を通してくださっている方々に、
まずは心からの感謝を申し上げたい。

皆様のおかげで、
私はこうして発信を
続けることができている。

本来であれば、
すぐさま気の利いた歓喜のお礼を
お伝えすべきなのだろうけれど、

60代の不器用な昭和頑固親父にとって、
こういう場面で上手く感謝を
表現するのは思いのほか難しい。

ただ今回ばかりは、
本当にめったにない奇跡のような
出逢いをいただいたのだと深く感激し、
お礼を記事にすることに。

少し勘違いをしたまま
書き始めてから10ヶ月弱。

気がつけば1,000人という
素晴らしいお仲間に囲まれていた。

同年代の方には
ご理解いただけると思うが、

今の素直な気持ちを
一言で敢えて表すなら、
感謝感激雨あられ」。

この懐かしい言葉が最も
相応しいのではないかと。

フォロワー1000人と、
背伸びをやめた日のこと


思えば、
最初の5ヶ月間は
フォロワーとなってくださる方も
80名程度に留まっており、

「誰の元にも届かないのではないか」

という寂しさや
やるせなさを抱えていた。

このnoteの温かい世界に
いつまでも入っていけないのではないか。

このまま続けていけるのか。

不安が付き纏う日々だった。

そんな私に転機が訪れたのは、
年始のこと。

昨年12月に
日本への通院帰国を終えて、
再びバンコクへ戻ってきた時。

ふと心に引っかかっていた
日常の思いを、
飾らず呟くように
記事にしてみたのだ。

日本の寒さは、
本当に血圧の数字に直結すると。

すると、どうだろう。

何か皆さんの輪の中に
すっと入り込めた気がした。

「あぁ、皆様にお伝えした方が良いのは、
こういうことだったのか」と、

目から鱗が落ちる思いだった。

それは、
「自分の体験が誰かの役に立たなければ」

という勝手な思い込みから
解き放たれた瞬間でもあった。

あの日を境に、
肩の力を抜いて発信を続ける勇気が
少しずつ湧いてきて、

あれよあれよと
5ヶ月が経った今、
あの時の呟きが
今日の1,000人という景色に
繋がっている。

そして何より、
不器用であっても
自分の言葉で記事を書くことに、

私は今、
強い価値を感じ始めている。

不器用が非効率な作業と向き合う時間。


AIには写し取れない
「感情の温度」と焦げる匂い

AIを使えば、
それらしい綺麗な文章が
わずか数分で量産できる時代だ。

そんな現代にあって、
きちんと答えが出る算数好きだった
昭和の頑固親父が、

答えを見つけて構成に悩み、
納得がいくまで
何度も書き直しを重ねている。

一つの記事に
2日も3日も費やしている自分の姿は、

時代遅れなほどの非効率さであり、
時にその便利さを羨ましく思ったり、
自分の頑固さに辟易することもある。

厄介だと思うこともしばしば。

AIにキーワードを打ち込めば、
それらの解説文は
一瞬で出来上がるかもしれない。

しかし、
その瞬間に心がどう揺れ動いたかという
「感情の温度」だけは、

レンズを通しても、
AIの計算式を使っても、
決して写し取ることはできない。

また、
香りや匂いや空気感は、
その場でしか感じることはできない。

どんなに不器用であっても、
自分の頭で思い出し、
自分の言葉で紡ぐ文章でしか
表せない領域がある。

そのことにこだわりがあるので、
この一見すると
無駄だらけの作業に、

何にも代えがたい
「書く価値」を
勝手に見出している気がする。

頑固親父の
独りよがりかも知れないが。

そんな中で、
たとえば、
これからnoteで
書いてみたいと思っている
新しい分野もある。

大好きな温泉宿や
グルメの思い出。

数多く経験した
病気や怪我や手術時の心の葛藤。

あるいは、
異国の地での
アクシデント発生の際の感情。

これらはすべて、
スマートフォンの四角い枠の中には、
決して収まりきらないものだ。

山形県の創業89年の老舗宿で、
潮の香りを胸いっぱいに吸い込みながら
眺めたあの景色。

痛風を発症して、
夜通し脂汗を掻いていた
あの情けなさ。

伝えたい、現場の熱気と焦げる匂いと美味しさ。


以前、住んでいたタイの東北部コンケン県の外れにある
ノンルアーエリアのガイヤーン通りで嗅いだ、

お店ごとに全く異なる
地鶏の香ばしく焦げる匂い。

焼き鶏好きにはたまらない。
本当に幸せを感じることができる瞬間。

こんな生々しい記憶の数々も、
いつか皆様に
上手く伝えられる日が来るだろうか。

そして私は、
いつ頃AIと上手く付き合いながら
記事を書けるようになるのだろうか。

「遠くの親戚」と、
孤独な作業を喜びに変えたもの

昭和生まれに染み付いた
「量から質は生まれる」
という根性論から、

私は未だに
脱却できずにいる。

何でも可能にするAIのことも、
本当は家族のように迎え入れれば
楽になるのだろうけれど、

私にとっては未だに
「遠くの親戚」のままで、
どこかよそよそしく
付き合っている状態だ。

だから今日も、
昔ながらの非効率的なやり方で、
自分の思いを書き出している。

本来、
こうした自分の内面と向き合い、
言葉を絞り出す作業は、
ひどく孤独なのかも知れない。

しかし不思議なことに、
今の私には、
それほど孤独感がない。

なぜなら、
この一見無駄だらけで
不器用な作業の先に、

温かく反応してくれる
「画面の向こうの読者の皆様」の存在があることを、

今ははっきりと知ったからだ。

「皆様に届いているだろうか」

「興味を持っていただけただろうか」

そんな、
かつての息苦しかった
発信のプレッシャーは、
今はもうない。

皆様とのこの確かな繋がりが、
孤独な作業を
いつの間にか
「書く喜び」へと変えてくれたのだ。

1,000人という数字は、
ただの記録ではない。

孤独な作業を喜びに変えた、対話の証。


私に文章を書き続ける意味を
与えてくれた、

皆様お一人おひとりとの
「対話の証」。

noteの書き手としての、
私なりの歩幅

AIとの付き合い方に、
明確な答えはまだ出ていない。

この「遠くの親戚」とは当分、
今のつかず離れずの
適度な距離を保ちながら、

でも近くの他人よりは
頼りにできる存在になってもらおうとは
考えている。

「遠くの親戚」AIとは、家族になれるだろうか。


時代の流れに
逆らおうとは思わない。

利用できるものは利用しながら、
それでも暫くは、
この非効率で泥臭い作業を
続けていくつもりだ。

現在の暮らしの根底にあるのは、
居心地の良さ=
悠遊居(ゆうゆうきょ)
という思いである。

年の大半を過ごす
バンコクの片隅で、

あるいは
ふらりと訪れた旅先で、

気負わず悠々と、
等身大の日常を
味わい尽くすこと。

これからも、
そんな日々の
ささやかな感情の揺れを、

自分自身の不器用な言葉で
拾い集めていきたいと思う。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

有り難し


「ありがとう」

この言葉は
サラリーマン時代に毎日、
誰よりも数多く発していた言葉だ。

全ての出来事に対して
感謝を込めて。

ありがとうの語源は、
有り難し。

だから、
このフォロワー1,000人という
奇跡のような機会に、

画面の向こうの皆様に向けて、
思い切りこの言葉を
使わせてもらいたい。

私の拙い文章を見つけてくれて
本当にありがとう。

これからも、
どうぞよろしく。

ワット・アルンの夕暮れとともに


私という人間が、
なぜバンコクで、
そしてnoteで
書き続けているのか。

そのすべてはこちらの
自己紹介記事に。

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