体は30代に戻り、脳だけが急速に老いていく ——61歳バンコク生活🇹🇭
最近、同時に2つのことが出来なくなりかけています。
例えば、エアコンを消した直後に鍵を忘れる。
鍵を意識すると、今度は火の元が不安になる。
記憶力自体は落ちていないのに、処理能力だけが崩れていく感覚です。
現在61歳。
バンコクでの生活も、早5年が経ちました。
ここでの毎日は、私の人生にとって「遅れてきた青春」のようなものでした。
日本にいた頃の私は、常に何かに追われていました。
組織の板挟みになり、複雑な人間関係を調整し、終わりのないタスクをこなす日々。
心身をすり減らし、ついには狭心症を発症しました。
「これ以上は体が持たなくなる」
医師からの警告を機に、私は自分の命を守るため——早期退職という道を選びました。
あの頃の自分に見せてやりたいほど、今の私は健康そのものです。

毎日の日課は2万歩のウォーキング。
プールで泳ぎ、現地の辛い料理を食べては思いきり汗を流す。
かつて私を苦しめた胸の痛みも、この南国の湿気と熱気が溶かしてくれたかのようです。
「人生で、今が一番元気かもしれない」
そんな気分に浸っていました。
ところが2年ほど前からでしょうか。
体の復調とは裏腹に、冒頭で書いたような「奇妙な老化」が頭の中だけで始まったのです。
南国の楽園で始まった「記憶の消失」
ある日、外出するためにエレベーターに乗った瞬間、急激な不安に襲われました。
「エアコン、消したか?」
確認した記憶がないわけではありません。消した「つもり」の映像はある。
でも、それが今日の記憶なのか、昨日の記憶なのか、判別がつかないのです。
慌てて部屋に戻ると、エアコンはちゃんと消えています。
「なんだ、大丈夫じゃないか」
そう安堵した翌日。
今度はオートロックのドアが「カチャリ」と閉まった瞬間に、背筋が凍りました。
部屋のカードキーを、テーブルの上に置いたままだったからです。
一度や二度ではありません。
直前まで覚えていたことが、別の動作をした瞬間に、まるで手から砂がこぼれ落ちるように消えていく。
ボケが始まったのかと疑いました。
しかし、好奇心は旺盛です。
タイ語の勉強も続けていますし、新しいことへのチャレンジ意欲もある。
ただ、「複数、3つ以上のことを同時に処理する力(マルチタスク)」だけが、著しく欠落してしまったのです。

ストレスは脳の「栄養」だったのか
ふと、思うことがあります。
これは、私が手に入れた「自由の代償」なのではないか、と。
日本で働いていた頃、私は無意識のうちに脳を限界まで酷使していました。
常に先を読み、リスクを回避し、複数の問題を同時に処理する。
あの強烈なストレスと緊張感が、皮肉にも私の脳を「強制的に覚醒」させていたのかもしれません。
こちらに来て、私は意図的に人との関わりを減らしました。
誰にも気を遣わず、無理をせず、静かで穏やかな日々。
その結果、ストレスという「劇薬」と一緒に、脳をつなぎ止めていた「緊張の糸」まで切れてしまったのでしょうか。
毒だと思っていたストレスが、実は脳の機能を維持するための「栄養」だったとしたら——。
なんとも皮肉な話です。
「幸せな老い」に潜むアンバランスな恐怖
体は30代のように動くのに、脳の処理能力だけが静かに、確実に置いていかれる感覚。
「幸せな老い」。
そう言えば聞こえはいいですが、自分の司令塔が少しずつ自分のものではなくなっていく。
そんな根源的な恐怖も感じています。
このアンバランスな変化の原因が「老い」なのか、それとも「環境」なのか。
それさえも未だ、わかりません。
しかし、嘆いてばかりもいられません。
ストレスという劇薬を失った今、私は何を使って脳を刺激し、この「南国のボケ」に抗っていくのか。
あるいは、この緩やかさを愛すべきなのか。
これからも私は、日本とバンコクを行き来しながら暮らしていきます。
この「奇妙な老化」とどう向き合い、どう折り合いをつけていくのか。
その試行錯誤の「人体実験」のような日々を、またここで綴っていこうと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。
もし共感していただけたり、似たような経験をお持ちの方がいらっしゃれば、ぜひ「スキ」やフォローで応援していただけると嬉しいです。
同じ悩みを持つ同世代の方、または同年代のご家族がいらっしゃる方、この「新しい老い」の正体を一緒に探っていきましょう。

いいなと思ったら応援しよう!
タイ長期滞在に関する情報発信を続ける励みになります。ご支援よろしくお願いします🇹🇭✨