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🇹🇭タイ生活5年。人生の7%なのに「これでいいのだ」



生まれてから、約22,700日。

そのうち、タイでの滞在は、たったの約1,500日。

割合にして「7%」。

拍子抜けするほど短い。

だが、充実感の割合とは全く釣り合わない。

7%の日々、3割の充実感


今日も、タイで暮らしている。スケジュール入力。


ふと、コーヒーボトルを持つ手が止まった。

冷房の効いたバンコクのワーキングスペース。

火傷の診察予約をスマホに打ち込む、色気のない日常。

画面の日付を見て、ふと、タイで生活して何日になるのだろう。

確認したくなった。

「えっ、たった7%だけ?」

7%しかないのに、胸に広がる充実感は、それ以上だった。

会社を辞めて自由が増えたことを差し引いても、だ。 

3割。いや、それ以上か。

もちろん、充実感と同時に多くの不安も抱え込んだ。

年金までの資金、突然の医療費、日本の留守宅管理等々。

タイにいるための不安もある。

だが、日本にいても、形を変えてつきまとう問題も多い。

拠点のメインをタイに移して、5年。 

この選択が「正解」かはわからない。

ただ、「間違ってはいなかった」。

それだけは言い切れる気がする。

日本では得られない多くの「体験」を、ここで味わえたのだから。

「賑やかな5年間のやらかし」という財産


最近の世の中を覆う「空気」に、ふと違和感を覚えることがある。

SNSで情報が溢れ、誰もが色々なことを「知った気」になれる時代だ。

もちろん便利な世の中に違いない。

ただ、情報が増えた分、どこか「頭デッカチ」な人が増えている気もするのだ。

例えば、美味しそうなガパオ屋さんの動画やレビュー。

「辛め」という言葉だけが一人歩きするが、味覚も感じ方も人それぞれ違う。

お店によっても辛さは異なる。

結局、自分で店に足を運び、五感を使って食べてみる「経験」に勝るものはないはずだ。

やっぱり、食べてみなければ分からない。
ガパオの名店「ウタイ」のムーサップ


頭デッカチで納得するより、実際に動いてみる。

時に失敗するのも、まあ愛嬌 マイペンライだ。

実際、私のこの5年間は実に「賑やかな」体験の連続だった。

一部だけ紹介。

肩鎖関節の脱臼、脱腸の手術。

挙げ句の果てには、バイクでの火傷。

さらにはコンドの鍵の紛失に、Ipadのバス置き忘れや免許証のスリ被害まで——。

その度に右往左往し、大騒ぎした。

まさに「ガチョーン」である。

でも、後になればどれも笑い話の「ネタ」だ。

26歳と62歳、人生の答え合わせ


では、自分自身が四六時中、好奇心の塊のような行動派かといえば、全くそんなことはない。

「40分かけて未開発の絶品ガイヤーン(焼き鳥)を食べに行くより、15分で済む近所の人気ガイトート(唐揚げ)でいいか」と妥協してしまう。

15分で冷えたビールと唐揚げにありつき、後悔など微塵も感じない自分がいる。

好奇心や行動力が枯れたわけではない。

ただ、近くの「馴染みの空間の居心地」にあっさりと負けてしまうのだ。

最近では、より美味しいタイ料理を鼻先にぶら下げ、自分を鼓舞する。

餌で釣られるのは愛犬だけではない。

人間様も全く同じ。

まさに「困ったちゃん」であるが。

そんなポンコツが、先日、「18歳と81歳の違い」という教訓ネタを見つけた。

閃いた。

「26歳と62歳の違い」を比べてみよう。

こういった遊び心は昭和の頑固オヤジの得意分野。

今、なくなっているもの

・髪の毛と前歯
・仕事と収入

今も昔も変わらないもの

・金欠、食い意地、酒好き

今、新たに得ているもの

・狭心症、高血圧、痛風、無呼吸症候群


我ながら、上出来な作品と褒めたい。

失ったものは物理的なものばかりで、新たに得たものは厄介な持病のフルコース。

それでも、食い気と酒飲みなところだけは、26歳の頃から少しも変わっていない。

緑の友(ビアチャーン)を赤の相棒(ビアリオ)のジョッキで。
変わらないのは、食い気と酒。


10年後、37歳と73歳で比較したらどうなるのだろう。

まったく見当もつかない。

アナザースカイ これでいいのだ


10年先のことは見当もつかないが、目先の予定なら嫌でもやってくる。

差し当たり、来月中旬には初めての「90日レポート」をタイの入管へ提出せねばならない。

11月に帰国すれば、今度は健康診断にがん検診、狭心症の定期検査が待っている。

一方で、10年以上お会いしていなかった人から突然連絡があったり、知人がタイへ遊びに来るという話もあったりするから人生は面白い。

時間は有限で、戻らない今を大切にすべきだと、頭では十分わかっている。

だが、わかっていても実践できないのが、我々のようなどこにでもいるフツーの人間である。

形式ばって目標を定めるより、なるようになるさの「ケセラセラ」くらいが、丁度いいのではないか。

迷った時、いつも道標になる思想家が一人いる。

あの昭和のアニメの父親、バカボンのパパだ。

理由も理屈も要らない。

水戸黄門の印籠と双璧、ただ一言で場を収める。

「これでいいのだ。」

何て魅力的な言葉なのだろう。

ここ数年、時に触れ迷いや不安が、もやもやと頭をよぎっていた。

今、ほんの少しだけだが、回数が減った気がする。

自分だけの「これでいいのだ」を探している成果か。

バンコク郊外の夕暮れを屋上から
今日も、「これでいいのだ」。


さて、来年の今頃。

目指す居心地の良い生活、「悠遊居(ゆうゆうきょ)」を探す旅はどのあたりにいるのか。

数年後は、日本とタイのどちらが私の「アナザースカイ」になるのだろうか。

楽しみでもあり、少し不安でもある。

まあ、どこにいたとしても、緑の友か赤の相棒を名乗るビールを飲んで「これでいいのだ」と笑っていられれば、それで十分なのかもしれない。

みなさんの「これでいいのだ」は、何でしょうか?


ワット・アルンの夕暮れと共に


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