だが民衆は聞きわけが良すぎる!noteのフォント変更と、津波騒動について思うこと:のりかな突発250807
2025年8月5日、14時53分。
はて?
なんかnoteの文字フォントが変わった気が…。
すこしスマートになった?
:
検索してみたら、同じ違和感を感じている方がちらほら居られる様子。
といっても言及した記事は4記事程度と、そんなに多くないですね。
↓
とうとう執筆画面のフォントも変わった|saku
#244 えぇ〜!?note記事のフォントって変わったの〜??|u1の考察ラボ🟢書くことが楽しい🟢
【雑記】noteのフォントが変わった件について|スイ | アセンションガイド💫

別の話と書いたけど、半年前に会社PCのChromeフォントが変わったという話でした。
その影響で今回noteフォントも変化したのでは?という推測記事も見かけたので、
無関係ではないのかも。(真相は不明です…)
ちなみに、Chromeのフォント変更についても調べてみました☆↓
https://roboin.io/article/2025/04/14/how-to-restore-the-default-font-in-google-chrome-and-edge/

「Notoフォント」に変更されたみたいですね。
Notoといってもnoteとは無関係で、「no tofu(豆腐)」の略だそうな。
フォントが対応してない文字を表示しようとしたときに現れる四角い奴(□)
を豆腐と呼ぶんですね(笑)。知らんかった~。
:
豆腐の撲滅を目指して開発された新フォントらしく、「顧客体験を向上」
させる目的で開発されたそうですが、勝手に従来のメイリオフォント
から変更され、違和感を感じたユーザーさんも少なくなかった様子。
上記の引用記事も「元に戻す方法」というタイトルですし…(笑)。
「皆様のために勝手に変更しといたよ♪」という有難迷惑というか、
GAFAや海外のクレカ会社のおせっかいな仕様変更で、
国内の関連企業や末端消費者が対応を迫られるという、
いつものパターンですね!
変更はつい最近だったらしく、これらの記事も最近一週間以内に投稿され
ていますね。
確かに、前回の記事を書いている時から文字に違和感はあったけど…。
まあ変わってもさほど気にしないですけどね!
:
フォントサイズが変わった結果、過去記事の改行位置がずれた!
という記事も見かけましたが、真相は不明です。
↓

せっかく見出しの各タイトルを一行ギリギリに収まるように推敲したのに、
フォント変更によりはみ出して二行になってしまったそうな(笑)。
僕自身は最近は、文字を右端(34字)ギリギリまで書ききる前に改行する
よう心がけているので、多少フォントサイズが変わっても変な改行が
発生することは無いはず…。
直近の過去記事を見直した限りでは、特に被害は発生してない様子でした。
まあ別にいいんだけどね…。
いいんだけど…。
:

「大魔神怒る」
:
(つーか、運営から何のアナウンスも無いのはどうなんだ…⁉
なんで黙って変更するんだ⁉)

シャリア「権力批判者はバンした方がよいでしょう。アルテイシアさまの治世のために。」
…画像はジークアクスの最終回より引用。
以前より盤石になったジオンの独裁体制を民衆が歓呼して迎えるという
最終回は斬新というか、今っぽい終わり方でしたね(笑)。
(こうして僕らはプラットフォーマーに管理されることに慣れていき、
やがてはAIによる支配にも抵抗しなくなっていくんだ…!)
:
と、内なる左翼リベラルが「権力に抵抗しろ、声を挙げろ!」と
囁いているけど、まあそれはおいといて(笑)。

こち亀のこの回を思い出した。
「突然決めて突然延期するなよ!都民はパニックだぞ」まさにその通り!
平成5年(古!)に指定ゴミ袋化が施行されたときの都民のパニックと、
作者の怒りが感じられるお話です。
(この頃の作家はちゃんと怒ってたんですね。)
にしても、数か月前にnoteの投稿形式が統合されたときには、一応
告知アナウンスは事前に来たけど…。
今回はノーアナウンスでしたね…。
↓
投稿形式の統合について – noteヘルプセンター

いちおう、テキスト投稿形式でも音声や動画ファイルを埋め込むことでこれまで通り
音声や動画を投稿できるよ、という話らしい。
「これまで複数あった投稿形式をひとつにまとめることで、どなたでも迷わず投稿できる」
ようにするための改善、らしいです??
そんなの使っていくうちにトライ&エラーで慣れればいいのに、と個人的には思うけど…。
「どれを選べばいいのか分かりにくい」というユーザーの声に応えた
「カンタン化」ということらしいですが…。

ことと関係があるのでしょうか…?
社会全体の「らくらくホン化」というか(笑)。
あと最近違和感を感じたのは、津波の報道ですね。

わかりやすくインパクトを与えることを意識した新テロップが実装された、今回の津波報道。
3.11の教訓を生かしました!というのは分かるのですが…。
個人的にはなんか子ども扱いというか、子供だましに感じてしまう。
いや、20㎝の津波でも十分危険だ、というのも分かるのですが…。
津波そのものより、朝から晩までこの緊急放送が続いていることに、国民が
それを受け入れていることに、「日本大丈夫か?」と不安になりました。
実際は30cmだった津波を1mと「あえて」予報していることにも。
多少オーバーで不正確な表現でも、より多くの人に確実に危機感を持たせ、
避難行動を取らせることを優先した、ということらしいけど…。

↑メディアと行政が、それぞれ「皆様のためにあえて大げさに報道しよう!」と
考えた結果、「大げさ×大げさ=過剰報道」になってしまう。
さらにSNSのインフルエンサーが「逃げて、逃げて」と便乗投稿を
しまくり、役所とテレビとスマホの三方向から逃げろと脅されまくる事態に…。
結果、電車が止まったり、報道に慌てて避難した方が事故で亡くなったりと、
津波そのものの被害より、過剰反応の被害の方が大きかったのでは?
と個人的にはモヤモヤしました。
村に野犬がやってきたときに、確実に避難させることを優先するために
「狼が来た!」と叫んでもいい、ということでしょうか?
「狼少年」の故事にもある通り、これを繰り返すと、本当に狼が来たり、
10mの津波が来た時にも、「またどうせ野犬なんでしょ?ウソウソ!」
「どうせ20㎝なんでしょ?」と誰も避難しなくなると思うのですが…。
(もっと怖いのは、明らかに危険な状況に遭遇しても、テロップが出てない
からと自主避難しない指示待ち体質を強化してしまうことです。)
:
長年の過剰報道(=嘘)の結果、メディア自体が「マスゴミ」と信用されなく
なったことの弊害が、そこかしこに現れていると感じます。
:
「皆様のために勝手に改善しときました!」
「皆様のために使いやすく、シンプル化しました!」
「皆様を避難させるために、あえて過剰な表現を用いました!」
というのは、要するに、
「私たち管理者が考えるから黙って指示に従って!余計なことしないで!」
という、子ども扱いというか痴呆老人扱いのような気がします。
そして、頭のいい管理者とかニュータイプとかAIとかメディアが、代わり
に考えてくれること、指示してくれることを「そりゃ楽でいいや!」と
歓迎する風潮。
支配されることを、ありがたがる人々。
うーん。
:
過剰反応なのだと思うけど、それは子供の頃にドラえもんやガンダムを観た
影響なのかな?
確かに、「便利になるんだから別にいいじゃん!偉い人たちが考えてくれてる
んだからいちいち文句言うな!」という反論も分かります。
でも例えば、「ドラえもん のび太とブリキの迷宮(ラビリンス)」という大長編
がありますよね。
↓
Amazon.co.jp: 大長編ドラえもん13 のび太とブリキの迷宮 (てんとう虫コミックス) 電子書籍: 藤子・F・不二雄: Kindleストア
遊ぶことが大好きで、仕事を機械に丸投げし、機械を発明すること自体も
機械に任せきりにしたチャモチャ星の人々は、ある日、管理者である機械
たちの反乱を受けます。
そこにドラえもんたちがやってきて、チャモチャ星の危機を救うわけですが、そこには勿論、ドラえもんの道具に頼りきりののび太君に反省を促す
寓意が込められているわけです。

誰かに指示されなければ避難もできず、
簡便化に慣れた体と頭はますますボケてくる。
そんな人々の目を覚まそうとするのが、上のガリオン侯爵のように、
知識人の役割なのだ、という刷り込みがなされているのかもしれない。
そのせいか、「簡便化や津波報道に異を唱えるとは何事か!」という
note記事が多いことに違和感を感じてしまう…。
チャモチャ星の人々は、これが危機であるということや、機械たちと
戦争していいのかどうかさえ、ニュースのテロップで指示してもらわないと
決められなくなっていたのでは?と想像してしまいます。

それでも最後には、ドラえもんたちの協力もあって機械たちの軍隊に勝利します。
それは同時に、便利な生活を支えてくれていた機械が壊滅し、
一から文明を再建しなければならない苦労が待っていることを意味しますが、
ガリオン侯爵やサピオ君の表情は明るく前向きです!
この物語は説話的というか、「他人や機械に依存していると肉体も
意志も弱ってしまうよ!」という説教臭さが強い気がします(笑)。
そしてそのせいか、
「人格を持った機械たちを絶滅させたガリオン公爵は大量殺戮者だ!」
「機械であるドラえもんが同族殺しに加担するとは何事か!」
みたいな意趣返しをされがちです。
そうして批判してやっつけた気になり、物語が伝えようとした
警句から目をそらしてしまう。

物語を素直に読めば、藤子氏がガリオン公爵をA級戦犯扱いなどしてない
ことは分かるはずです…。
そう言う意味では、僕は別に突飛なことを書いているわけでもないし、
独創的なアイデアを提唱しているわけでもない。
単にドラえもんを読んで教育(悪く言えば洗脳?)された善悪観を
書いているだけ、いわば藤子氏の丸パクリです(笑)。
逆に言うと、みんなドラえもんを読んでないということ?
「反ドラえもん」が今の時代の風潮なのかしら?(笑)
:
「この世から戦いはなくならん。ならば常に強者が世界を治めればいい。
人々は強い者に支配されることに喜びすら感じる。
世界は戦い続けることが自然なのだ。」
というのは、「新機動戦記ガンダムW(ウイング)」の悪役、トレーズ閣下の
台詞です。↓

そしてその続編、「EndlessWaltz」において悪役となるのが彼女。↓

敗者になりたい父と、勝者を目指す娘。好対照ですね♪
閣下の娘、マリーメイア嬢は亡き父の意志を引き継ぎ、平和になった世界で
再び反乱を起こします。
ただし、父の台詞の最期の一行、「世界は戦い続けることが自然なのだ。」
については、以下のように書き換えます。
「歴史というものは終わらないワルツのようなものです。
戦争、平和、革命の三拍子がいつまでも続く…。
ですが今日、私の戴冠式と共に、その歴史も終わるのです。」
圧倒的強者が勝利すれば、戦争の歴史は終わり平和になる。
どうもジークアクスのシャリア中佐が実現した「平和」に近い気がします。
武力によって為った平和は、しかし再び、革命とみじめな戦争の歴史に
戻されることでしょう。
戦い続ける人類の愚かさを愛した父トレーズと、私ならその愚かな歴史を
終わらせられると考えた傲慢な娘マリーメイア。
マリーメイア軍という、新たな権力に抵抗する意思を持たない民衆。
:
「だが、民衆は聞きわけが良すぎる!」
:
だが民衆は聞き分けが良すぎる (だがみんしゅうはききわけがよすぎる)とは【ピクシブ百科事典】

初代ガンダムのオープニングの「巨大な敵」とは、私たち自身の
弱さのことではないでしょうか?
もう勝敗は決したのに、愚かにもまだ戦っている人たちがいます。
「そしてそんな人々を、トレーズ閣下は愛していました…!」
この物語の寓意は、ブリキのラビリンスのそれと近いと僕は思います。
何のために文章を書くのか。
