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ジークアクス5話感想:殺意の暴露:「本音を隠したい」という本心を尊重しよう:のりかな毎日エッセイ250512

2025年5月12日、23時3分。
さて。
毎週月曜日はジークアクスの感想を書く、
のがルーチン化してきた感がある。
こうでもしないと、最新のアニメを観続けられない気がする、
というか…。
DVD化してからまとめて観ればいいや、という誘惑に負けて
しまいそうになる。
昨日はつい、ジャイアントロボの1話を観てしまったし…。
1話無料だったし、メカ部のお嬢さま方?が勧めていたのでつい…。

https://www.youtube.com/watch?v=cp5wxwYLuEE

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ロボの巨大感と重厚さの表現が見事!
音楽も重厚だし、お話もハード。敵も味方も容赦なく、相手を殺し合う。
でも軽快だし、観ていて爽快感があるのは、そんな状況に負けないくらい、
とにかく人間が強いのだ。
特に大人が強い。敵も味方も。
主人公の大作少年も強いけど、それは父親が遺したロボに頼った強さだ。
でも大人たちは、ロボに頼らず生身で強い。
大作君が泣きそうになるような状況でも、子供を不安がらせてはいけない
と、大人がみっともないところを見せないというか、やせ我慢する。
そこがエヴァと違うし、だからシンジ君みたいに主人公がひねくれたり
しないで済む。
「独りで戦わされてる」と思わずに済む。
ハードさにくじけそうになる主人公の少年を、大人たちがサポートする。
かくあらねばと、子供も大人も勇気づけられる作品だと思う。
グロとか刺激的な表現は抑制的だし、「大人が子供に何を観せるべきか」
を意識した作品だと感じた。良心を感じる。
というか、「機動武闘伝Gガンダム」ぽさを感じる。
監督が同じだからか。
といってもまだ、1話を観ただけなんだけど。
続きが観たいと思う反面、観ずに残しておきたい気もする。

というか、こういう過去の名作とも可処分時間を争わないといけないの
だから、ジークアクスも大変だなあと思う。
とはいえ、過去の名作は忘れられて埋もれていき、みんな新作アニメにしか
興味ない、知らない、というのもどうかと思うけど。
良い作品は周知せねば。
とはいえそろそろ、本題に戻ろう。
ジークアクス5話の感想だ。

一応先週、野暮用で実家に帰ったときに、初めてテレビでジークアクスを
観たのだけど。

https://www.youtube.com/watch?v=MFaaW5257n4

改めてアベマで見直すことにしよう。
イヤホン付けて近くで観た方が雑音も少ないし。
(目悪くなるぞ)

ジクワ5話視聴中…
機動戦士Gundam GQuuuuuuX(ジークアクス) - シーズン1 - 5話 (アニメ) | 無料動画・見逃し配信を見るなら | ABEMA

ふむ。
「ニャアンはキラキラを知らない」というサブタイトル。
それがマチュの優位性。
その優位性が、崩れる話だったね。
シュウジとマチュはキラキラを知ってるマブ同士で、ニャアンは知らない
から「大丈夫」。
だからどんなにニャアンがシュウジに接近しても、キラキラを知ってる私
の方が圧倒的にシュウジに近い、はず。
でも不安になる。
ニャアンの何気ない行動が、マチュに張り合ってるように見えるというか、
泥棒猫のモーションに感じられてしまう。
不安になってつい、張り合ってしまうマチュ。

水着回かと思ったら、下着回だったね…。
てゆうか1話で逆立ちしたときのスポーティー?な下着とだいぶ違う。
「シュウジを意識して変わった」という演出かな?

スペースグライダーの写真で「見て!」と気を引くけどシュウジは
突っ伏したまま。
マチュもニャアンも、シュウジの異常に気付かないというか、シュウジは
いつも不思議なのでスルーされるのかな?

「地球に行きたい」という二人の夢に合わせるニャアン。
「ジークアクスに乗ってると、世界の方が私に応えようとしてくれる。」
「それは彼がそうしろと言っているんだよ。」
マチュとシュウジ、「キラキラを知ってる者同士」の会話が、
ニャアンの欲望を触発する。
ニャアンはどうしたいのか。
(「シュウジと二人だけの世界」から自分を除け者というか、一段下に留め
置こうとするマチュに対して、自分も二人の世界に参加したいのかも、
ニャアンは。キラキラは共有できないけど、ガンダムの装甲の冷たさは
二人と共有できる。)
…それにしても、「知ってる者同士」の会話なのに、マチュとシュウジの
会話はかみ合ってない。
「世界が私(の意志)に応えてくれる」というマチュに対し、
「(それはマチュの意志ではなく)ジークアクスがそうしろと言ってる
んだよ」と、機械の意志を遂行しているに過ぎないと忠告している?
シュウジの方には、自分は赤いガンダムの意志を遂行しているに過ぎない
という諦観があるのかも。
マチュはまだ無邪気に、「自分の思った通りにガンダムが動いて敵を
やっつけてくれる!」と思っているけど。
ガンダムが、パイロットの潜在的な破壊衝動を刺激して、「やっつけ
たい!」と思わせているとしたら、それは自分の意志なのか?

ニャアンはこの後、マチュの代わりにガンダムに乗ってドムのパイロットを
殺害するけど、それはニャアンの意志なのか?
誰でも心の奥底には残忍な破壊衝動があるのかもしれないけど、それを
抑えて、「友達や社会に合わせる」自分でいようとするのがニャアンの
意志なのでは?
その意志を無視して、破壊衝動を刺激して「殺したい」と思わせるのが
ガンダムのオメガサイコミュなのだとしたら、それはバーサーカーモード、
或いはゼロシステムみたいなものなのかも。

https://www.4gamer.net/games/234/G023420/20140925020/
「機動武闘伝Gガンダム」より、ノーベルガンダムのバーサーカーモード。
パイロット(ガンダムファイター)の少女の闘争本能を外部から、
強制的に、極限まで高めるシステムだ。

ノーベルガンダム (のーべるがんだむ)とは【ピクシブ百科事典】

「ガンダムがニャアンの普段押さえている本心、鬱屈を解放してくれた!」
みたいな肯定的な解釈はできないと思う。キラキラはしているけど。
とはいえ先に進み過ぎた。

エグザベ君に捕まったマチュは、スマホで自分が出るはずだったクラン
バトルの試合を見せられる。
誰かが自分の代わりにガンダムに乗って、ドムをパイロットごと破壊する
所を観てしまったマチュは、その誰かに嫉妬する。
シュウジみたいに、人を殺しても平気にならないと、シュウジに近づけ
ないのに、その誰かはたやすく「殺す地平」を飛び越えてしまった、という
焦り。
「なんで…シュウジとのキラキラは私だけのものなのに…!」

「はい持って。」「ふう。」
「友達」だけど、マチュが姉貴分というか、マチュの荷物をニャアンが背負うのが二人の関係。
その関係は未来永劫変わらないし、だからシュウジを取られることもない、という安心。
荷物の中身はマチュのパイロットスーツか。
結果的にこの後、ニャアンはマチュの役目を背負うことになる。

その誰かがニャアンだと知ったとき、友達が人殺しになってしまったこと
への憐憫とかじゃなく、先に「人殺しの地平」を越えられたことへの嫉妬が
勝ってしまうマチュ。
「マチュ、なんで怒ってるの⁉」

ザ・高低差。
見下ろすニャアン(ガンダム)と、見上げるマチュ。
ついさっきまでこういう上下関係だったのに。
マチュが上でニャアンが下。
といってもマチュはゲタを履いてただけだけど。
いつ落っこちるか、フラフラ状態のマチュ。

シュウジやマチュは、ガンダムパイロットということで、ジャンク屋の
ポメラニアンズの中でも仕事と役割と居場所があったけど、ニャアンは
未だに、1話の「お前は誰なんだ~⁉」状態というか。
だからマチュが荷物を持って貰うのは、クランバトルや3人の夢に関りを
持たせているという善意でもあると思うし、ニャアンもそう捉えて、
マチュに感謝していると思う。だから、マチュが怒る理由が分からない。
ポメラニアンズにとっても、そもそもパイロットが二人きっかりしかいない
のでは、どちらかが欠員したら違約金で赤字になるのだし、補欠パイロット
が居た方がいいに決まっている。
でもシュウジと二人だけのマブだったのに…そこによそ者が入り込んで
きて、自分が補欠になるかもしれない…マチュは不安だ。
ポメラニアンズにとっても、シュウジにとっても自分は「特別」から
「補欠」に格下げかもしれない。
いや補欠も大事だけど。
補欠がいないと、シュウジが風邪引いても休ませることもできないし。

もう一人、補欠状態なのがエグザベ君。
ガンダムのテストパイロットとして重宝されていたはずなのに、今や
シャリア中佐の関心は、シュウジやマチュ、そしてニャアンに向いている。
焦って一人で手柄を立てようとするエグザベ君は空回り…ジーンかよ。
「シャア少佐だって!戦場の戦いで勝って出世したんだ!」
補欠同士、ロッカーでクランバトルを視聴する、マチュとエグザベ君。
「すごいマヴだ…!こんなの観たことない!」とか声に出すから
マチュにもキレられるし。

エグザベ君もまだ、キラキラを知らない。

にしても、パイロットがかつかつ状態で人手不足というのは、アニメ制作の
現場のリアルなのかもね。
そこに補欠要員が入ると楽になる一方で、その補欠アニメーターに仕事
奪われるかも、と不安になったり。そいつが出世して嫉妬したり。
自分が仕事抱えすぎ状態なのを、「俺こんなに必要とされてる…!」と
思って、仕事を周りに振るのを拒んだり。
アニメ業界だけじゃないかもだけど。

というわけで、そろそろ締めよう。
何か忘れている気がする。
そうだドムだ。いやリックドム。
黒い三連星。
いや二連星か。
ジェットストリームアタックと言うより、ジェリドとカクリコンの
マラサイ2機連携攻撃みたいだな、と思ったり。
(またオタクにしか分からん例えを…)

前回のゲルググに比べると、機体もパイロットも普通というか。
なんというか、一人欠けて二人になってしまったのを悔いながら
死んでいった「黒い二連星」に対し、マチュはパイロットが二人から
三人になったことに安心ではなく不安を感じてしまう、という対比が
面白いね。
「マッシュが来てくれれば…」に対し、「ニャアンが来たせいで…」
という差異。
いやニャアンが来てくれなければ、違約金で夢破れていたんだけどね。
それは分かってるだろうけど、分かってても嫉妬を感じてしまうマチュ。
若いから仕方ないね。

というわけで終わろう。

にしても本心ってなんだろう、と考えさせられる回だったね。
僕だけかな?
麻薬でキラキラしたり、お酒でへべれけになった状態が、「本心」
なのかな?
押し殺した殺意がオメガサイコミュによってむき出しになった状態が、
自由でキラキラな「本心」なのかな?
どちらも違うと思うけど。
理性に抑えられた、不自由で社会的な状態こそ「本心」じゃないのかな?
ニャアンはドムのパイロットを殺すことも、マチュに嫉妬されることも
本意では無かったと思うし。
マチュに嫉妬されたくなくて、仲良くしたくておとなしく猫被ってる
ニャアンは、欺瞞でも嘘つきでも無いと思うけど…。
「本音と建前」とでは、建前はネガティブにとらえられがちな
風潮があるけど。
「建前を守りたい」という本心や、
「本音を言いたくない」という本心は守られるべきじゃないのかな?
その本心を踏みにじって、強制的に本音を、心の奥底の攻撃性を
むき出しにさせる機械とか、風潮は、よくない。
「本音主義」というのは、反理性主義だし、反知性主義じゃないの?

ツイッター上で「本音」どうしでバトルしてる人たちは、実はツイッター
という機械に本音を「引き出されて」、強制的にバーサーカーモードに
させられてるんじゃないのかな?
「ジークアクスに乗ってると、世界の方が私に応えようとしてくれる。」
「それは彼がそうしろと言っているんだよ。」

「自分の意志」は、何かにそう仕向けられているものなんじゃないの?
という疑いは、常に持っておきたいね。
というわけで。
なんか良い話になったところで締め!
明日は予告通り、「ジークアクス考察」の批評、inkstone氏の考察を
批評するよ。
これも僕の意志なのか、それともガンダムがそうしろと言っているのか。
良く分からんけど。
inkstoneの記事一覧|note(ノート)
もう5時じゃないか。
こんな時間まで書くのも僕の意志なのか?
謎だ。
とにかく眠い。これは本音。
というわけで、また明日♪

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