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B022_人に話せばおのずと前向きになれる

これまで740回研修をしましたが、思うに、

人前で話をするとき、後ろ向きで怒りと悲しみに満ちていて誰かを辛辣に罵倒するなんてこと、今まで一度もありません。

そんなの当然です。そう、当たり前のことなんです。

でも、どうしてそうしてこなかった。それを考えてみたいと思います。


そういうテーマのお話をしたことがないからといえばそれまでですが、

仮にすさまじいほどの精神的苦痛を味わったというお話をさせていただいたとしても、自分なりにどこかでフォローを入れると思うんです。

例えば、

「これはもう昔のことですけどね」とか

「みなさんにはそうなってほしくないので、注意していただきたくてちょっとお話させていただきました」とか

何かしら前向きなメッセージを添えることになるのではと思うのです。

つまり、何かしら「救われる」考え方を添える。

そうしなければ、その場が持たないなと。


ちょっとした軽めの出来事で、例えば・・・

「実は昔、とても大切にしていた高級シャーペンが誰か分からないですが盗まれました。」
「財布が取られました。」
「わずか1時間の間に自転車が盗まれました。それも人通りが多いところに停めていたのに、です。」
「教師に殴られました。未だによく覚えています。」
・・・

これらをお読みになられて、お気持ち、いかがですか。


盗まれたり、殴られたり・・・。そういえば、それこそ最近は銅線から鉄板、挙句の果てには育て上げた大切な野菜や果物まで盗まれる始末、社会がどんどん混沌と良くない方向に行きますね・・・。

さぁ、もうどんどんどんよりモードです。
しかし、これらは社会の暗い一面しか見ていません。


それでは、こんなエピソードをご紹介しましょう。

外国の方が旅行に来ています。愛知県のジブリパークに行きたいのですが、名古屋もJRや私鉄、地下鉄、バスなど公共交通機関は複雑です。

その方々は韓国から来た旅行客でした。そして、その方々から私たちに声がかかりました。

「How do we get to the Ghibli park?」

私たちもちょうどジブリパーク方面へ向かう地下鉄に乗る予定だったので、

「OK. We will lead you to the Ghibli park.」

ということで道案内をしました。その途中、

「한국 분이세요?(韓国の方ですか?)」

と話しかけると、とても喜んで下さり、そこから先はどこからいらしたのか、何をしてる方なのか、私たちはどこで降りてしまうがあなたたちが下りる駅はどこどこだとか、何気ない話をしていきました。

すると、途中、電車が停車すると席が空いたため、彼らに席を譲ると、彼らのスーツケースの上に私たちの鞄を置いてくださいと勧めてくれました。

そうしたやりとりが行われるもの、インバウンド隆盛期の今の時代ならではです。

こうしたエピソードをお読みになられた今、どんなですか?

「観光客多いもんなぁ」
「韓国人もわざわざ日本に来て、ジブリパーク行ってるんだ」
「韓国語しゃべれるとこんなことも起きるんだ」
「名古屋、最近行けてないな…」
「道案内を求められたら、私だったらどうしよう」

いずれにしても、ネガティブな気持ちにはならなかったはずです。


何が言いたいか。

「あなたの感情は、非常に翻弄されやすい」ということです。

事前に聴いた情報の影響を大きく受けます。

その場の空気(雰囲気)の影響も大きく受けます。


近くにイライラしている人がいれば、あなたもイライラしてくるかもしれません。近くで泣いている人がいれば、あなたももらい泣きしてしまうかもしれません。近くであくびをしている人がいれば、あなたもあくびをもらってしまうかも。

絶望的な話を聞いた後に、ディナーを楽しむ気にはなれません。

逆に楽しい時間を過ごした後は、あらゆるディナーは楽しいままです。


だから、人前で話をしていて、その場を絶望の淵に陥れるというのは、どうなのでしょう、相手に対して申し訳ないという気持ちが私の中で自然と沸き起こりやすいのだろうと思います。

よって、

「自転車が盗まれた・・・。でも、私もちゃんと固定されたポールなどにチェーンキーを付けて盗まれないようにしなかった落ち度があるんです。」
と、再発防止策を紹介し、未来に希望を見据えたり、

「大切にしていた高級シャーペンが盗まれたんです。本当に悔しかった。でも、それ以来、学校に大切なものは持っていかないと決めました。皆さんも気を付けてくださいね」と、やはりここでも再発防止策を紹介して、注意喚起をしたり、

「財布が取られました。本当に悔しかったけど。ゲームセンターでゲームに夢中になりすぎて、ゲームが終わった後、後ろポケットの財布があるかどうか確認しなかった私も悪いんです。長財布なので落ちやすかったのに。」と反省しつつ、やりようはあったとやはり至らなかったことを具体的に振り返って、もう二度とそうならないよう宣言したり、

「教師に殴られました。殴られたのはいまでも記憶に残っていますし、なんなら恨んでるところもあります。たしかに、当時、将棋ブームで休憩時間が終わっても片付け終わらなかったというのは良くないことです。でも、その問題と与えられた罰とでは大人になった今でもバランスが悪いと、殴られるほどのことではなかったと思ってます。なので、そもそも殴るというのは絶対NGだし、注意・指導するにしても、もっと冷静に、子ども相手でも大人同様、文書でしっかりと注意を渡すということだって良かったと思いますし、私はやっぱり頭ごなしに怒るというのは絶対に避けたいと思います。まさにあの人は教師ではなく、「反面教師」といったところです。」と、大人になった今の自分が当時を振り返りながら、その出来事にどのような意味を見出したかを説明したり。


このように、「悪い出来事」から「何を学び」、「今後どのようにしていこうか」という流れがあれば、それこそ、場の雰囲気を奈落の底に陥れたままなんてことにはなりません。希望があります。

場の空気を悪くしたくない。だから、前向きなことを言う。

前向きなことを言うのは自分です。

結果、自分自身が前向きになる。

小グループでも良いのです。

人前で話すというのは、自分自身を前向きにしてくれる大いなるメカニズムがそこにはあるように思えてなりません。

要は、聴いてくれている相手に気を使うんです。

これもまた、話をするということの普遍的価値だと私は思います。

皆さんのご経験に照らし合わせてみて、この話、合点いきました?



※ なお、聴いてくれる人の聴く姿勢も大事です!


最後までお読み頂き、ありがとうございました。



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ジノズjinoz|職場環境最適化ファシリテーター もっと良い記事を書くモチベーションになります。どうぞよろしくお願いいたします。

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