“あとのせサクサク”を作る人、運ぶ人、食べる人
「今まででいちばん緊張したで」
そう言いながら帰ってきたのは、トラックドライバーの夫です。
年末に招集されたのは、落としたら即終了レベルの“繊細すぎる食品”の運搬。増産体制のなか、急きょピンチヒッターとして駆り出されたそうです。
「こっから先でも箱が傷んどったらダメなんや」
夫は、小指の先を親指で弾きながら説明してくれました。インスタント麺の“かやく”。あの“あと乗せサクサク”の具材です。軽いけれど、とにかく割れやすい。中身が砕けたら商品価値はゼロ。繊細で慎重な運搬が求められる仕事です。
工場の搬出口は、まるでクリーンルーム。エアーカーテンで虫やホコリの侵入を防ぎ、ドライバーも土足厳禁。靴を脱ぎ、専用スリッパに履き替え、ネット帽を装着します。
「緑のラインに沿って歩いてください」
スタッフさんの指示に従い、指定ルートを進んでようやく箱の前へ。徹底された管理体制に、夫は圧倒されたそうです。
積み込み前には、工場スタッフ立ち合いで箱のチェック。
「些細なことでも気づいたことがあれば言ってください」
そのひとことに、夫の目つきが変わります。
テープのわずかな歪みを見つけて「これはどうですか?」と尋ねると、工場の人がわらわらと集合。即開封、中身を確認し、箱を交換。迅速すぎる対応です。
1箱300食入りのケースを、ゆっくり、慎重にトラックへ。
夫が転職してから初めて知ったことがあります。
トラックドライバーの仕事は、運転だけではないのです。
荷物の管理、数量確認、書類作成、そして時間厳守。慌てて積み方を間違えれば荷崩れし、破損につながってしまう。
「テトリスみたいに積んでいくんよ」
夫は笑いますが、話を聞くとまったくゲーム感覚ではありません。
重いものは下に。でも配達順に取り出しやすく。緩衝材はどこに挟むか。納品時間を意識しながら、限られたスペースで最適解を出す現場判断がつづきます。
頭も体もフル回転。私には想像もできません。
トラックを横付けしたら、誰かが機械でパパッと積んでくれて、あとはエンジンをかけてスーッと出発する仕事だと、どこかで思っていました。

この日運んだのは、破損厳禁の食品。
考えてみれば、これまで食べた“あとのせサクサク”は、いつも完璧な形でした。欠けてもいない、割れてもいない、きれいな1枚。
当たり前のいつものあの形です。
もし欠けていたら、「不良品?」「訳あり?」と疑っていたかもしれません。味は同じなのに、見た目が違うだけで私は評価を下げていました。
でも運ぶ側の話を聞くと、少し気持ちが変わります。
「割れたって味は同じじゃない」と、つい言いたくなります。
立場が変わると、正規品の基準すら、どこか窮屈に感じてしまうのでした。
それでも。
工場で割れないように丁寧に作り、慎重に梱包された製品を、そのままの姿で届けるのが夫の仕事です。誰かの「いつも通り」を守るための緊張感。
年末に私が何気なく食べたあのカップ麺の“あとのせサクサク”。
あれもきっと、誰かが小指の先ほどの歪みまで気にしながら運んでくれた一枚だったのでしょう。
当たり前に手に取っているものの裏側に、こんな緊張があるとは知りませんでした。
次にフタを開けるときは、少し感謝してからお湯を注ごうと思います。
