信頼と依存のあいだで
先日、上下構造や、人と人との関係性、
そして思考を他者に委ねないことの大切さについて書かれた文章を読んだ。
その中で語られていた姿勢に、私は何度も深く頷いていた。
🌱
印象に残ったのは、
理解の段階そのものを否定しない、という前提だった。
わからない状態や、学んでいる途中であることを
未熟として切り捨てるのではなく、
それでも舵を握るのは常に自分自身である、という在り方。
誰かの言葉を受け取ることと、
自分の思考や判断を預けてしまうことは別である、
という線引きが、曖昧にされていなかった。
🌿
上下という言葉は、
どうしても優劣や力関係の文脈で使われやすい。
けれど、そこでは固定された立場としてではなく、
理解や視点の差として扱われていた。
誰かが少し先を見ていることはあっても、
選択まで委ねる必要はない。
その距離感が、とても誠実だと感じた。
🍃
私はこれまで、
「信頼」と「依存」の境目について、
はっきりと言葉にできない違和感を持ってきた。
感覚としてはわかっていても、
説明しようとすると曖昧になってしまう。
今回触れた考え方は、
その違和感を構造として捉え直す手がかりになったように思う。
理解の深さに差があることは、自然なことだと思う。
ただ、それを理由に
思考や選択を他者に預けてしまうと、
自分の輪郭が薄れていく。
わからないままでいる自由と、
自分で考え続ける責任は、
同時に存在している。
✨
私は、誰かの答えを渡す役割でも、
正しさを示す立場でもない。
それぞれが自分の思考を取り戻していく過程に、
静かに寄り添い、言葉を整えていくこと。
派手さはないけれど、
舵を手放さない。

今は、その在り方を大切にしていたいと思う。
いいなと思ったら応援しよう!
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
もしこの文章が心に残るものがあったなら、
チップという形で受け取っていただけたら嬉しいです。
いただいたお気持ちは、
また言葉を紡ぐための力になります🌙