触れた、という感触だけ
久しぶりに、
霊気の体験イベントへ行った。
🌱
場を楽しみに、という感覚で向かったのだけれど、
今回、ヒーラー側として
体験させていただく流れになっていた。
行く前は、
「仲間と会える〜!」という喜びが先にあって、
あまり深く考えずに向かっていたように思う。
それでも、終わってみれば、
「行けてよかった」
その感覚だけが、
静かに残っている。
🌿
体験者の方々から
名前を聞かれたとき、
少し言葉に詰まってしまった。
実名もある。
去年まで使っていたハンドル名もある。
そして、今、
魂の感覚にいちばん近い名前もある。
どれも嘘ではなくて、
どれかひとつに
決めなければならない理由もなかった。
ただ、ここは
霊気の場だった。
学んでいた頃は
ハンドル名で通していたけれど、
今は 「ルー=シャーナ」 と名乗るほうが
自然だったのかもしれない。
そんな思いも、ふとよぎった。
周りを見れば、
私と同じように、
感覚から降りてきた名前を
そのまま名乗っている人もいれば、
下の名前だったり、
実名だったり、
それぞれの呼び方で
そこに座っている人もいた。
── 呼ばれ方は違っても、
そこにいる、ということだけは
同じだった。
この場で、私は
どの立ち位置にいるのか。
その問いに、
まだ、腹を決めきれていなかったのだと思う。

そんな状態のまま、
霊気を流す時間に入った。
何かを起こそうとしたわけでも、
うまく流そうと
意識したわけでもなかった。
久しぶりの場ということもあって、
最初は少し
緊張もしていたと思う。
ただ、
手を当てて、
呼吸を合わせているうちに、
体験者の数人いるうちのある人と、
深いところで、
感覚が静かに重なった。
言葉にすると
「共振」になるのかもしれない。
その感覚に、
私もお相手も、
かなり驚いていた。
今思えば、
近い深層のレイヤー(周波数帯)で、
響きが重なった、
そんな時間だったのだと思う。
同じ音叉に触れたときのように、
その余韻が、
ふっと広がった。
霊気の経験値は、
まだ多くはない。
それでも、
あの感触は、
新鮮なものとして
胸の奥に残っている。
意味づけはせず、
ひとつの感触として、
しまっておく。
それ以上でも、
以下でもない。
🌙
※あとから、
このときの感触を少し整理したくて、
AIに聞いてみたことがありました。
お互いの感覚のチャンネルが、
たまたま同じレンジに合っていて、
受け取る側のひらきと、
感じ取る側の注意が
重なっていたのでは、
という説明でした。
共振やレゾナンスという言葉も、
ひとつの言い換えとして、
今の感覚には近い気がしています。
それを読んで、
「ああ、やっぱりそうだったのかもしれないな」と、
少し腑に落ちるところがありました。
霊気を通して、
自分自身も、
そういう感触を
ちゃんと感じ取れていたことは、
正直、うれしかったです。
まだまだ経験値は
多くはないけれど、
だからこそ、
あの時間は、
大切な手触りとして残っています。
🌷

また、少し前から、
noteでの在り方について
考える時間がありました。
その在り方にある方から触れる機会があって、
自分の中で、
すっと腑に落ちるものがありました。
マガジンに追加してくださった方への
紹介やお礼は、
無理にすべてを
記事の中で触れるのではなく、
そのときの自分の状態や流れに合わせて、
紹介したいと感じたものを
大切にしていきたいと思っています。
基本は、
自然に触れられそうな記事のときに、
コメントのお返しなどの形で
お伝えしていけたらと思います。
自分の中で
迷っていた部分でもあったので、
その在り方に出会えたことは、
とてもありがたかったです。
そして、
マガジン追加やコメント、スキなど、
日々関わってくださる方々へ。
皆さんがいてくださるからこそ、
私はこのnoteで、
無理なく、
安心して
活動を続けられています。
本当に、ありがとうございます。 🌷
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