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#1.1 自白の擬制。不倫がめくれた日。

前回#1.0はここから


「……大事な話がしたい。」

その言葉を聞いた瞬間、妻はベッドから飛び起きるように顔を上げた。

「なに!?」

その反応を見た瞬間、私は思った。

…ああ、何かある。まだ何も聞いていない。

隠していた何かを見透かされた人間の反応。
私は静かに言った。

「とりあえずここからの話は録音するね。」

スマホの録音アプリを立ち上げる。

この時点では証拠はもちろん、確証はなかった。
私の思い過ごしかもしれない。ただの勘違いかもしれない。
もしそうなら、私は妻を深く傷つけることになる。
家族の信頼関係に亀裂を入れることになる。

だからこそ、私自身もリスクを背負って話すことを自認していた。

「旅行中のあなたの行動は明らかにおかしかった。」

娘が遊んでいる時も。食事をしている時も。お手洗いでも。

あなたはずっとスマホを見ていた。
インスタグラムのメッセージ。LINEではなく。

まさに四六時中。

「そんな相手って、相場きまってると思うんだよね。」
「だれか特別な男とやりとりしているんじゃないかと疑ってる。」

妻は黙っていた。

「友達だと言うなら見せられるよね。」
「そのメッセージ画面を見せてほしい。」


沈黙。


「……見せられないね。」

部屋が静まり返る。娘の寝息だけが聞こえていた。

「なぜ?」
「本当に友達とのやり取りなら問題ない。」

「……見せられないね。」

同じ言葉だった。

私は続けた。

「それなら、今後も家族としてやっていくことはできない可能性もでてくる。」

再び沈黙が流れる。長かった。
数秒だったのかもしれないが、私には途方もなく感じられた。


やがて妻が口を開いた。

「男の友達。」

「いろいろ話を聞いてもらってる。」
「でも、疑われているようなことはない。」

私は首を横に振った。

「だったら見せればいい。」
「おれが疑っていることがないと証明できる。」

妻は苦しそうな顔をしていた。これまで見たことのない表情。
顔の肉が重力に負けていた。たしかもうちょっと綺麗なひとだったような。

ようやく口を開く。

「……いろいろ話を聞いてくれて。」


「心がその人にいっていた。それは事実。」

認めた。

少なくとも、とりあえずそれは。
あまり驚きはなかった。

「体の関係もあるわけだね。」

間を開けずに吐き出された。

「体の関係はない。それはリスクがあるから。」

妙な言葉の違和感。

”リスクがあるから?”

そうじゃないだろう。あなたは結婚していて、子どもがいる。
だから婚外で肉体関係を持ってはいけない。
私たちが生きる社会ではそれは認められていない。

発覚するリスクがあるからでも、慰謝料のリスクがあるからでもない。
もっと手前の話。

守るべき家族がいるから、守らなくてはいけないルール。


「それで?これからどうするつもりなの?」
「心が家族の外にいってるひととは一緒にいられないよ、おれは。」

妻は答えた。

「よへとはなちゃんと、ずっと家族でいたい。」

私は言った。

「じゃあ証明しないと。」
「本当にないなら。」
「メッセージを見せることでしか、もう証明はできない。」

冷静だったな。
もうすでに私は答えに辿り着いていた。

声を荒げて怒鳴ることも、力づくでスマホを奪うことも必要なかった。


愛しい顔でねんねする娘。


「家族を続けたいなら、おれとはなの前で証明してほしい。」

「おれだって覚悟を持って、聞いてる。間違っていたらあなたを傷つけ家族に亀裂がはいるリスクを背負っている。」
「もし思い過ごしだったなら、心の底から謝る。」

しばらく待った。
そして、もう一度聞いた。

「メッセージ、見てもいいですか。」

妻は小さく答えた。

「……見せられないね。」

私はゆっくり息を吐いた。


床で口を開いたスーツケースに横たわる白い袋が目に入った。

「そのウイスキーも――」

「その人に渡すつもりだったんだよね?」

そう聞くと、そこだけは即座に返事が返ってきた。

「違う。」
「あれは本当に女の子の友達。」
「免税店で買ってきてって頼まれただけ。」

急に饒舌になる。


あ…思い出した。

帰りの空港でも、妻は免税店のウイスキー売り場で立ち止まり、棚の写真を撮っていた。

「帰りの空港でもウイスキーの写真撮ってたよね。」

妻は答えた。

「あれは、ここにも欲しいやつがあるか聞いただけ。女の子の友達の。」

なるほど。

「じゃあ、その友達とのメッセージは見せられるね。」
「友達との他愛のない会話なんだから。」


妻は黙った。

そして少ししてから、

「……見せられないね。」


続く


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