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「ショートコント、人生。」

著者 毎日人間 (長女)


あらすじ


私の人生は、なぜか毎日ショートコントだ。

指を縫う空手の師範代の母親。
筋肉のためなら死ねる父親。
孫を追い回すアフロヘアーの祖母。
ミニマリスト過ぎて全て焼き尽くす祖父。
レントゲン撮影に裸エプロンで挑む長女。

普通に生きたいだけなのに、なぜか毎日事件が起きる。

人生の終わりを覚悟した日、泣きながら思い出したのは、

最高にくだらなくて、どうしようもなく愛おしい毎日だった。

恐ろしいことに実話を元にしたエッセイです。



私は赤ん坊の頃、夜泣きが激しかったらしい。

父親のあやし方は少々特殊だった。

タンクトップを脱ぎ捨てて、自慢の大胸筋を激しく動かすのである。

「ほぅら~、お父さんの右の大胸筋が動くぞ」

正気の沙汰ではない。

だが、赤ん坊の私は「キッキャッ」と大喜びだったらしい。



今思えば、私の人生は最初からコントだった。

泣きながら日記帳を捲る。


これは私が人生の終わりを覚悟した日の話だ。


日記帳の最後のページにペンを走らせる。

 《あぁ、楽しかった。最高に下らなくて最高の人生だった。》






第一話 ブラックジャック母



学校から帰って来ると母親が小さくなっていた。

見ると針と糸を持って縫い物をしている。

母にしては珍しい光景だったので何とはなしに手元を覗き込み、飛び上がった。

コ、コイツ!指縫ってやがる!


聞けば、魚を捌いた時に指をザックリ切ったらしい。

私は震えながら「ブラックジャックかよ、病院行け!」と力なく突っ込むことしか出来ない。

母は滅多なことでは病院に行かない。


「傷口には唾でも付けとけ、風邪は飯食って寝れば治る」という野生児みたいな女である。

最近になって知ったのだが、幼少期に喘息が酷かった私はヤモリを食わされていたらしい。

狂ってやがる。



ある日、弟と喧嘩した。

きっかけは友人に「弟とお風呂に入るのは変だ」と言われたからである。

「今日から一人で風呂入るから」そう言って素直に聞く小学生男児はいない。

「バカ」「ウンコ」聞くに耐えない悪口が聞こえてくるが、私は聞こえないふりをして顔を洗うのに集中した。

調子に乗った弟は今まで生きてきて学んだ最大の知識を総動員して言った。

「姉ちゃんのブス!!!」


ブスはブスと言われるのが大嫌いである。


私は激怒して風呂場の硝子戸を蹴り飛ばした。

厚みのある硝子は悲鳴みたいな音を立てて砕け散った。

私はその穴からぬっと入り込み、脱衣室に居る弟の胸ぐらを掴み上げた。

いつもなら、ここから殴り合いに発展するのだが、弟は全くやり返さない。

「姉ちゃん、ごめんなさい」

「何で泣いて……え?」


ぬるりと嫌な感触がした。

床一面が血だらけになっている。

全身から血の気が引いていく。


「姉ちゃんが死んじゃうよぉーー!」

え?死ぬの?私、死ぬの?

「Oh my God!!anong nangyari!?」

パニックで日本語を忘れた母が青白い顔で駆けつけた。

大丈夫だ。お母さんが来た。

母の顔を見るなり安心して涙が出てきた。

姉弟大泣きしながら、お母さんお母さんと大合唱する。

良かった。これで私は死なない。

…と思いかけて、己の指を縫いつけるブラックジャック母を思い出した。


「ちゃんと医師免許を持った医者!ちゃんと医師免許を持った医者に治して欲しい!」


本当に大切なことなので二回伝えた。




第二話 師範代が教えてくれたこと


子供の頃の私は、母が恥ずかしかった。

母はフィリピン人で、見た目からして他のお母さんから浮いていた。

立ち入り禁止の場所にも平気で入っていく。

「ワタシ、ニホンゴワカラナイダカラ」

そう言えば何とかなると思っている人だった。

音楽が流れれば、場所を選ばず歌って踊る。

授業参観ではビデオカメラを回しながら、友達と一緒に大騒ぎしていた。

小学四年生の社会科では、親の出身地を調べる授業があった。

私は母の出身地を「北海道」と書いた。

北海道は、私にとって一番日本らしい場所だったのである。


そんな母は、口癖のように言っていた。


「あいしてるわ。わたしのたからもの」

思春期になっても、それは変わらなかった。

学校へ行く前になると、母は私をぎゅっと抱き締める。

「やめてよ。もう子供じゃないんだから」

照れ臭くてそう言うと、母は真顔で言った。

「こどもだよ。おかあさんのね、たいせつなむすめだよ」

私は照れ隠しに母の胸へ顔を埋めた。


中学一年生の春だった。


国語の授業で描いた絵を見て、川島という男子生徒が一言だけ言った。


「下手くそ」

私はショックを受けて呆然とした。

川島はニヤニヤと笑った。


その日から、川島は私にちょっかいを出すようになった。

足を引っかけられる。

背中を押される。

アトピーで荒れた私の手を見て笑う。


「ババアになる病気?」


「お前の母ちゃん外国人なんだろ?」


「日本から出てけよ」


「馬鹿だから、小学生からやり直せ」


体操服を踏まれた。

教科書を隠された。


鞄を蹴られた。


それでも私は朝になると制服に着替え何事もない顔をして教室へ向かった。

私は耐えた。


耐えて、耐えて、耐えて、耐え続けた。


「あいしてるわ。わたしのたからもの」


ふと、母の声が頭に浮かんだ。


「おかあさんのね、たいせつなむすめだよ」


今度は柔道着姿の母が浮かんだ。


私と弟のために空手教室へ通わせたはずが、
子供二人はすぐ辞めてしまった。

付き添いで始めたはずの母だけが才能を発揮し、気付けば師範代になっていた。

……お母さん、今の私を見たら悲しむだろうな。

川島の胸ぐらを掴んでいた。


「私が悲しむと、母が泣くんだ」


自分でも驚くほど低い声だった。


あれからクラス替えがあり、川島が私に話しかけてくることはなくなった。


たまに廊下ですれ違うと、怯えたように走って逃げていく。

後からクラスメートに聞いた話では、私は川島を殴ったらしい。

全く記憶にない。

ただ、その話には妙な尾ひれがついていて

「病院送りだったって聞いた」
「足を骨折したらしい」
「全身の骨を折られたらしい」

と、どんどん物騒になっていった。

なお、当の川島は普通に歩いていた。

中学生の噂は、たいてい信用しない方がいい。


そう言えば、母である師範代にはジャッキー・チェン並みの修行をさせられていた。


朝起きると、いきなり正拳突きが飛んでくる。

寝ぼけながらそれを受け止めて、私の一日が始まる。


「いつ、てきに、おそわれるか、わからないから。れんしゅう」


それが師範代の口癖だった。


─────


ある日、テレビドラマを見ながら何気なく言った。

「そう言えばさ、私。中学生の時に虐められてたんだよね」

画面の中では主人公の女の子が隠された教科書を必死に探していた。

なぜか、息がうまくできなかった。

母は怖い顔をして、部屋を飛び出した。

しばらくすると、見慣れた道着姿で戻って来る。


「そいつの家どこ? 教えて」


師範代、日本語すっかり上達しましたね…と感心している場合ではない。


「もう大丈夫だから!落ちついて」


「これが落ち着けるわけないでしょ!」


母は怒りで震えていた。


「何なのソイツ! 何なのソイツ… 私の大切な娘に…娘にぃ……」


抱き締めた母は泣いていた。

あんなに大きく感じた師範代は思いの外、
小さかった。

中学一年生の時、私はどんなに辛くても泣かなかった。

でも今、涙が止まらない。

「私、気付かなかった。◯◯のこと守ってやれなかった…ごめんねぇ…ごめんねぇ…」

あの時、傷付いた私を守ったのはお母さんの口癖だった。

お母さん。

あれからね、友達がいっぱい出来たんだよ。

一番の親友は優香里っていうんだ。

学校ってね、楽しい場所だったんだよ。


子供の頃の私は、母が恥ずかしかった。


でも、今なら胸を張って言える。

私は、母が誇らしい。






第三話 我が家のマッチョ


「お母さん、宜しくお願いします。」

父が母に向かって礼儀正しく頭を下げた。

なんてことはない。タンクトップが脱げないのである。

母は腕捲りをして、力ずくでタンクトップを引っ張った。

うんとこしょ、どっこいしょ。まるで絵本の大きなカブだ。

うんとこしょ、どっこいしょ。それでもマッチョは脱げません。


スポーンと抜けたマッチョと疲労困憊の母が顔を見合わせて笑った。

呆れるぐらい仲の良い夫婦だが、この二人とんでもない大喧嘩をしたことがある。


────


最近、ワンピースに主役のルフィが出ない。
こうも出ないと顔を忘れそうである。

トーストを齧りながら、私は愚痴仲間が居ないことに気付いた。

「あれ?お父さんは?」


「お父さん熱が40℃もあるのよ、起こさないであげてね」


父の居ない日曜日の朝は退屈だ。

親孝行な娘はワンピースを録画してあげることにした。


ダラダラしているうちに15時になった。

キッチンにあったポップコーンを拝借し、リビングに向かうと、窓の外をパジャマ姿の父がふらふらと歩いているのが見えた。

おでこには冷えピタが貼られていて、しっかりマスクを着けている。


あぁ、お父さん。本当に具合悪いんだ。
大丈夫かな?の前に
「何してんだアイツ」と思った。


「お母さん、お父さんが外に出たよ」


そう報告すると、母は鬼のような顔をした。


駐車場は簡易なトレーニングジムになっている。案の定、父はそこに居た。 


「お母さん、アイツよりにもよってダンベルプレスしようとしてるよ!!」


※ダンべルプレス※
仰向けに寝た状態でダンベルを上下に持ち上げる筋トレである。高熱の人間がやっていい筋トレではない。

「お父さん、何やってるの?寝てなさい!」

父は母を見て、びくりと身体を震わせたがダンベルから手を離さない。

まるでぬいぐるみを取られまいとする少女のようである。


 「お父さん、止めなよ。死んじゃうよ」


娘の言葉に父は首を横に振った。


 「お父さんが筋トレを止めたら、筋肉が死んでしまうんだよ」


父は熱に浮かされて泣いていた。

冷えピタは中途半端に剥がれ、尋常じゃない汗をかいていた。


 「お父さんは死んでもいい。でも、筋肉だけは守りたいんだよ」


こんな形で父親の涙を見たくはなかった。


 「この馬鹿いい加減にしろ!!!」

母は空手の師範代である。

父は抵抗虚しく引っ張り出され、荒々しくベッドに叩き付けられた。


今週のワンピースより面白い。

ポップコーンを口に運びながら、これでコーラがあれば最高なのにと思った。





第四話 おじさん専用のペットカメラ


愛猫を見守るために、母がペットカメラを買ってきた。


……だが、映っているのは、大抵、猫ではない。

リビングでのんびりくつろぐ父である。

可愛い愛猫に癒やされたい私たちは仕方なく、
中年男性を見守る日々を送ることになった。


父はプロテインシェーカーをシャカシャカ振り、謎のサプリメントを飲む。

驚くほど毎日が同じだ。

しかし、長年見守り続けた結果、一つだけ分かったことがある。

普段まったく料理をしない父も、一人のときだけは、ゆで卵やインスタントラーメンを作っているのだ。


「お父さん、偉いね」

「日々、進化してるね」


別に偉くもないし、進化もしていない。

それでも、そんな小さな変化に私たちは感動した。

私がたまに見る程度なのに対し、母はほぼ毎日チェックしている。

もはやYouTuberを追いかける感覚で父を監視しているので、感動もひとしおなのだろう。

……いや、待て。

冷静に考えたら、なかなかヤバい夫婦である。


ちなみに、このペットカメラには呼びかけ機能まで付いている。


「お父さーん!」


呼びかけると、父はもう慣れたもので、戸惑うことなくカメラに向かって手を振ってくれる。

完全にファンサである。

このファンサが妙にうれしくて、私たちの「見守り」のモチベーションはますます高まっていく。


そして、たまに愛猫が画面に現れると、ようやく本来の目的を思い出す。

「あ。これ、猫を見るためのカメラじゃん」

そうして私たちは、
「なんでずっと中年男を見守っていたんだろう」と、一瞬だけ正気に戻るのであった。




第五話 我らウンコブラザーズ


弟が二人いると言うと「分かる」と妙に納得される。

「長男っぽいよね」と言われることすらある。

心外だが、私は長男だった時期がある。

一時期、次男は私を「兄ちゃん」と呼んでいた。

本人いわく、姉ちゃんと兄ちゃんの見分けがつかないという発狂しそうな理由だった。

今にして思えば、姉も兄も同じような服を着て、同じような髪型をしていたので見分けがつかないのも納得である。

おまけに声まで同じなので、次男にしてみれば混乱の極みだろう。


ある日、私達は炬燵でだらけていた。

「最悪、おしっこ出そう」

尿意を催した私が、恥も何もなく口にした。

 「行って来いよ」

煎餅を噛った長男がのんびりとそう言った。

だが、こんなにも心地の良い空間から出るぐらいなら、よもや漏らした方がマシだという心境であった。

 「次男、私の代わりにトイレ行って来て」

 「あいよう!」

元気良く立ち上がった次男がトイレに走っていく。

  「いや、何でだよ?」

長男は愛猫、チャトラの頭を撫でながら言った。


  「ふーっ!スッキリ!」

満足顔の次男が戻って来る。
だが、私の膀胱は変わらずパンパンである。
私は次男に文句を言った。

 「いや、全然駄目だわ。こちとら、全くスッキリしてねぇんだわ……はい!トイレ行って来て」

   「あいよう!」

何でだよと長男が律儀に突っ込んでいる。
チャトラが欠伸をした。可愛いので、でれでれと様子を見守る。


  「駄目だね!一滴も出ない!」

戻って来た次男ががっくりと肩を落として言った。
煎餅を渡すと嬉しそうに食べ始めたので、可愛いやつだなと思う。

  「俺、こんな姉ちゃん嫌なんだけど」

長男が真剣な面持ちでそう言った。

 「もっとしっかりした姉ちゃんが良かった。
今からでも取り替えて欲しい」

 「……オメエは言っちゃいけねぇことを言った。次男、コイツをぶん殴れ」

  「あいよう!」

元気良く返事をした次男が私の肩を叩いた。

  「何でだよ!」

次男を叩くと、次男が長男を叩き、長男が私を叩く。それを三回繰り返し、ははーん。なるほどねと私は頷いた。

  「……いや、どういうこと?」

多分、誰も分からない。
この炬燵は人間の知性を限りなく奪うらしい。

  「………やっべ、漏らしたわ」

長男と次男が慌てて炬燵から出た。

穏やかな午後だった。





第六話 パーマ代に消えた誕生日プレゼント


末の弟が泣いていた。

弟とは暇さえあれば泣いている生き物である。

 「いじめられたのか?姉ちゃんが。そいつの家の玄関にウンコしてやっからな」

そして姉という生き物は弟を泣かせた奴を決して許さない。

 「いじめられたのか?兄ちゃんが。そいつの家のリビングでウンコしてやっからからな」

そして兄という生き物も同等である。

我らウンコブラザーズはいじめっ子の家を教えろと末っ子に詰め寄った。

「おばあちゃん」

末っ子がひっくひっく泣きながら、リビングに入って来た祖母を指さした。

祖母はいつもの祖母ではなかった。

いつものパーマヘアーがアフロヘアーの如くボリュームアップしている。

ババアlevel100である。

「誕生日にゲーム買ってくれるってね。
約束したのにね、パーマ代でお金なくなったってね、買えないって言ったんだぁ」

我らウンコブラザーズは床に崩れ落ちた。

笑いすぎて過呼吸を起こしそうである。

 「あら、弟ちゃん。何で泣いてるの?」

ババア!お前のせいだよ!

「おばちゃんのアフロ!!だいっきらい!!」

「弟ちゃーーん!!」

号泣する末っ子をアフロが全力疾走で追いかける。

止めろ!狭い家で暴れんなや!

真ん丸なちゃぶ台を真ん中に、ドタドタ騒がしいったらありゃしない。

お昼寝中のチャトラが「ニャーン!」と不満そうな声を上げた。


────


「おばちゃん何で約束破ったの?ひどいよぉ…」

あれから何年も経っているのに、末っ子は仏壇の祖母に文句を言っている。

祖母は末っ子が一番好きだった。


優しい末っ子は祖母をずっと許さないだろう。


それは祖母にとって一番幸せなことかもしれない。




第七話 最強のマーミィー


私には祖母が二人いる。

一人は父の母親であるアフロ。

もう一人は母の母親であるマーミィーだ。

マーミィーはフィリピン人である。

見た目は背が小さく、目がこぼれ落ちるぐらい大きい。

その目を取り囲むように黒々とした刺青が入っている。
…つまり、見た目からして只者ではない。


悪そうな奴はだいたい友達という曲があるが、マーミィーは悪そうな奴はだいたい喧嘩相手だった。


ーーここは母の生まれ故郷フィリピンーー


バスの運転手が筋肉隆々の全身に刺青が入った
お兄さんだったので、私はマーミィーの手を強く握った。


お前、あれはアカン。殺されてまうぞ。


だが、マーミィーは行った。

マーミィーはお兄さんの服を、引きちぎる勢いで掴みながら怒鳴っていた。

出会って5分も経っていない。

何でそうなった?何がお前をそうさせる?


生きた心地のしない20分間。

両者は激しく怒鳴り合うも、最後には笑顔になった。


え?何?どゆこと?

外国語が分からず、母親に説明してもらったところ


「バスの料金が高すぎる。ババアだと思って倍の料金請求しやがってクソガキ!」


とマーミィーが激怒したらしい。

バスの料金は皆、平等であったのだが、お兄さんが折れて半額になったそうだ。

……恐ろしい。…コイツ、本当にババアか?


バスが目的地に到着し、乗客がわらわらと降りていく。

マーミィーと母に続いて降りようとして、バスが急に走り出した。

私は尻餅をつき、何が起きたのか分からず呆然とした。

母とマーミィーが驚いた顔で此方を見ている。

その顔がどんどん遠ざかっていく。


普段から、日本人は誘拐されやすいから気を付けろと母からしつこく言われていた。

……誘拐された?

幸いフィリピンのバス(ジプニー)にはドアがない。

一か八かだ!

私は迷うことなくバスから転がり落ちた。

ジャッキーチェン並みのアクションだったと思う。

叩き付けられた地面からスクッと身を起こし、家族の元に走った。

痛いとか、言ってる暇はねぇ!


再会した家族と抱擁し、私は泣いた。

マーミィーを見ると殺し屋の目をしていた。


マーミィーはお兄さんの服を、引きちぎる勢いで掴みながら怒鳴った。


→ 振り出しに戻る。


──────


これは、マーミィーが日本に来た時の話だ。


マーミィーと車で母を待っていると、見知らぬお兄さんが車に近寄って来た。

誰だろうと思った。

お兄さんはズボンを下ろし、立派な息子さんを引きずり出した。

おいおい、変態じゃねぇかよ。

マーミィーはご機嫌にヒューウと口笛を吹いた。


 「や、ヤバイよマーミィー……あ! 野郎、車にしょんべんかけてやがらぁ!! ポリス呼んで!! マーミィー、ポリス!!」


と叫んだがマーミィーは返事をしない。


見るとガーッと窓ガラスを開けて


「ハーイ」と挨拶した。


何してんだお前!!


「オニーサン、オッキイネ」


お兄さんは悲鳴を上げて立ち去った。


最低だよマーミィー!!


────


マーミィーもアフロも天国に行ったのか、地獄に行ったのか分からない。

だが、あの祖母達ならば天国でも地獄でも問題ばかり起こして追い出されそうである。


「お姉ちゃん、ただいま!」

「◯◯チャン、タダイマ!」


戦友みたいに肩を組んだ二人が玄関先に立っている姿が、ありありと想像できる。


……私は今日も入念に戸締まりをするのであった。





第八話 初代ミニマリスト


祖父はミニマリストである。


服も靴もあまり持たず、祖父の部屋には必要最低限な家具しかない。


そんな祖父が祖母の誕生日プレゼントを買ってきた。


鮮やかな紫色をした、蛇革のハンドバッグだった。

祖母はその紫のハンドバッグをぶん投げて
「キャー!!気持ち悪い!!」と叫んだ。


そりゃぁ、包装紙開けて蛇が入っていたら叫びたくなるのも分かる。

だが、ババア。そいつは駄目だ。


祖父は悲しげな顔をしていて、転がった紫のハンドバッグを拾い上げた。


─────


翌日、祖父が庭で何かを燃やしていたので、
私も0点のテストを持って参戦した。


祖父は暇さえあれば不要な物を燃やしている。


私の0点のテストと紫色のハンドバッグは良く燃えた。

それを見守る祖父の横顔はスッキリしていた。

おじいちゃんが悲しんでいなくて良かった。

その燃えている物の中に私が渡した手紙が入っているのだけが気に入らないが

「ちょっと、おじいちゃん。何で私のあげた手紙燃やすのさ?」

「もう、暗記するぐらい読んだからだよ」


おじいちゃんへ

世界でいちばんだいすきだよ。
おばあちゃんとりこんして、◯◯とけっこんしてね。200さいまで生きてね。  
                           
            ◯◯より

祖父は89歳まで生きた。

ミニマリストは葬儀代と優しい思い出だけを遺した。






第九話 ブラッシングは乙女のたしなみ


高校生になるまで毛を剃るという概念が無かった。

毛を剃ろうものなら、より屈強な毛が生えて来て大変な事になると母から教えられていたからだ。

綺麗好きな私は常に愛用のブラシを持ち歩いていた。

頭髪用と手足用の二本である。

ちょっと何を言ってるか分からないだろうが、
正気に戻った今、私も過去の私が分からない。

私は全校集会等の大切な集まりにも愛用のブラシを必ず持参し、その日も退屈な校長の挨拶をBGMに優雅に脚の毛を梳かし始めた。

大体、脚の毛並みが整った頃、隣に座った男子生徒がまるで化け物でも見るような顔をして私を見ているのに気付いた。


なんだコイツ。私のこと好きなのかと思った。


私に毛を剃るという概念が芽生えたのは、他ならない親友の優香里のお陰だった。

お気に入りのノースリーブのワンピースで待ち合わせ場所に到着した私は笑顔で優香里に向かって手を振った。

優香里も笑顔で手を振り返し小走りで近寄って来たのだが、距離が近付くにつれて段々と笑顔が消え鬼のような表情になっていった。

全速力で近寄った優香里がゴリラ並の力で、ぐいっと私の上げた両手を下ろした。


  「毛は、剃らなくちゃいけない」


息切れをしながら、優香里は私に真実を告げてくれた。

優香里が教えてくれなかったら私は未だに愛用のブラシを持ち歩いていたのだろう。

優香里は私の命の恩人だ。


宝くじで一億円当たったら、五千円ぐらいは渡そうと思う。



第十話 お隣さんはフランシスコ・ザビエル


皆さんの忘れられない恐怖体験は何だろうか?

私の恐怖体験は学生時代まで遡る。

あの日、私は電車で誰もが知る有名人に絡まれていた。

カトリック教会の司祭であり宣教師。

かの有名なフランシスコ・ザビエルである。

空席の目立つ電車でフランシスコ・ザビエルがぴったりと私の隣に座った。

今の私だったら、
「ファンです!サインして下さい!」と
歴史の教科書を差し出すだろうが、当時の私は
麺硬め、味濃いめ、油多めを擬人化したような男がゼロ距離に居ることに動揺していた。

もしかしたら、見間違えかもしれない。

意を決して隣を見ればザビエルもこちらを見ており、まるでインフルエンザの時にみる悪夢のような状態になった。

しかもザビエルは全く瞬きをしないのである。

気持ち悪いぐらい綺麗な瞳が真っ直ぐに私を凝視している。

一層、「神を信じますか?」とカタコトの日本語で話しかけてくれれば、私だって緊張がほどけ「髪型って美容室でどうオーダーしてるんスカ?」とか気さくな質問も出来たであろう。

だが、両者全く口を開かず無言で見つめ合う時間が続いた。

怖い!このままでは恐怖で失禁する。

替えのパンツを持っていない私は足早に電車を降りた。

その時に思ったのは

「君が慕うキリストだって気を使って一席開けただろう」

だった。


学校に着くなり、友人に話したのだが、ザビエルが居るわけねぇだろとちっとも信じてもらえない。

「ほんとだもん!ほんとにザビエルいたんだもん!うそじゃないもん!」

とトトロ居たんだもんのテンションで泣きじゃくった学生時代。

今になればいい思い出です。





第十一話 レントゲン撮影で通報案件


恥を忍んで私が危うく捕まりそうになった話をしよう。

入社して初めての健康診断があった。

レントゲンを撮る前にブラジャーに金属が付属している場合は脱ぐようにと指示があった。

だが、私は学生時代より話を聞かないことで有名な生徒であった。

兎に角、服を着てたら駄目なのだなと思い、迷いなく衣類を全て脱ぎ捨てた。

更衣室には二枚の服が用意されていた。

魚屋さんみたいな防水の白いエプロンと給食当番を彷彿とさせる白い割烹着である。

どちらかを着用するように言われたが、どちらだろうかと私は悩んだ。

……素人は慣れ親しんだ割烹着を手に取るだろうが、正解はエプロンだろう。

私のイカれた脳味噌がとち狂った回答を叩き出す。

よしよしと頷いた私は己の姿を見下ろして林檎を食べたアダムのように羞恥心に襲われた。


ーーーいや、裸にエプロンじゃないか!


パニックで息をすることすらままならない。
恐らく血圧も脈も過去最高値を叩き出しているに違いない。


は、恥ずかしい!だ、無理だ、し、死ぬ……


可愛い猫ちゃんがコテンと首を傾げる映像とかを思い出しながら、何とか立ち上がる。

大丈夫。大丈夫だ。皆、通る道だ。

始まったら終わるって、「多部未華子」が言っていたじゃないか……

ーーー私は腹を括り医師の元へ向かった。

室内に悲鳴が響いたのは言うまでもない。

私ではない。医者の悲鳴だ。


あの時の医師に心からの謝罪と感謝をしたい。

通報しないでくれて、ありがとうございました。


───

この事件から数日後のことである。

人手が足りないということで、介護士の私は勤務先の老人施設のかかりつけ病院へ手伝いに行くことになった。

そう。あの裸エプロンの病院である。

初対面の看護師さんが私を見るなり、目を輝かせた。

「うわ、本物だ!」

そう言って腹を抱えて笑い始めた。

気付けば他の看護師さんまで集まって来る。

「この子?」

「そうそう、この子!」

病院中に笑いが広がった。

やったね!

私はこの病院で一番の有名人になった。

……あの医者、絶対に許さぬ!!





第十二話 蟹座は365日一位なんで


『ごめんなさい!最下位は蟹座のみなさん』


何がごめんなさいだ。心にもない癖に。

普段から星占いを徹底的に避けていたのに、テレビを点けた瞬間にこう告げられるとは思わなかった。

結果的に良くも悪くもない1日だったが、私の気分は今だかつてないほどに最悪だった。

悔しくて、悲しくて今でも鮮明に覚えている。


─────

 『今日の星占い~』


職場のテレビから不吉な言葉が聞こえたので、私は反射的に目を反らし、耳を塞いだ。


 「オメェ、どうしたんだぁ?」


声が野沢雅子そっくりなので、悟空と呼ばれているスタッフが不思議そうに私を見た。


 「自分、占い嫌いなんで!365日、蟹座は一位なんで!!」


高らかに宣言すると様子を見ていた田中さんが可笑しそうにゲラゲラと笑った。

一刻も早くテレビから離れたかった私は寝たきりのお婆ちゃんの部屋に逃げ込んだ。


「匿って下さい!やべぇ奴に追われてるんです!」


そう言うと松さんは虚ろな目をして「はい」と言った。

ありがとう救世主、愛してる!


 「おい、◯◯!蟹座の運勢だけどな」


バァーン!無情にもドアが開き、悟空と田中さんが入って来やがった。


 「や、止めろ…そんなモン聞きたくねぇ」


  「いや、落ち着けって」


じりじりと二人が近付いて来る。

ふざけんな!どいつもこいつも狂ってやがる!

私は耳を塞ぎ床に座り込む。何なら泣いていた。


  「蟹座の運勢な」


  「あーーーー!!!」


  「ヤバイ、コイツ正気じゃねぇ」


  「いや、落ち着けってまじで」


  「あーーー!!!」


怯えきった私の背中を暖かいものが触れた。


気付けば悟空に抱き締められていた。


  「蟹座の運勢な、一位だったぞ」


だから知らせに来たのにと田中さんが呆れたように笑った。

え?一位だったの?蟹座一位だったの?


  「ラッキーカラーはピンクだったぞ」


柔らかく笑った悟空はピンク色のエプロンを着ていた。





第十三話 勘違いにもほどがある


「何を考えているか分からない」と言われる。

私自身、さっき何を考えていたかと問われても思い出せないので、これは納得だ。


「何歳なのか分からない」と言われる。

女性の年齢は分かりづらいので、これも分かる。


「どこの国の人?」と言われる。ハーフなので、これも分かる。


「性別が分からない」と言われる。


それは流石に分かれよと思う。


────

場所は古着屋


 「◯◯に似合いそうな服見付けたよ」


と友人の優香里が話しかけたのは黒いタンクトップ姿のおじさんだった。

因みに私が着ているのはノースリーブの黒いワンピースである。

ラブリーなワンピースを薦められたおじさんも、話しかけた優香里も困惑している。

なんだこれ地獄か?


 「◯◯、こっちやで」


そう言うと、おじさんは私をしげしげと見つめ、納得した様子で頷いた。


うん。迷惑かけてごめんだけど、こっちは納得してないんだわ。


「いや~、ごめん!後ろ姿そっくりでさ」


 「待って、どこら辺が?」


髭生えてたぞ、まごうことなくおじさんだったぞ。


 「髪型とか同じじゃん」


おじさんはサラッサラの黒髪ロングヘアーだった。


 「ほんまや」


私もサラッサラの黒髪ロングヘアーである。
…ってなるかい!ショックのあまり関西弁が止まらない。


 「◯◯に似合うワンピース見付けたよ」


 「おじさんに薦めたワンピース横流し止めて下さい」


好みど真ん中のワンピースだったが、私は断固拒否した。


着る度におじさんが脳裏に過るとか地獄じゃねぇか




第十四話 ボーダー恐怖症


「11時30分に予約した◯◯です」


そう伝えるとお姉さんの営業スマイルが崩れた。


ちょっとすみませんと、お姉さんは年配のスタッフの元に駆けていき、二人で何やら話している。

とてつもなく、嫌な予感がした。


 「当店では予約が存在しません」


まるで、医師から

「残念ですが、手の施しようがありません。」

と告げられたような衝撃だった。


  「え?…なら、アッシはどこに予約したってんだい?」


人ってパニックになると江戸っ子になるらしい。

  「私はずっとここで食べたかったんです!本当は此処なんです!大人三名です!食べても良いですか?」


  「勿論です。お席にご案内しますね」

こんな不審者にも優しく接してくれるお姉さんに感謝し、席に座る。

よし、まだ待ち合わせより少し早いから本でも読むかな…

単行本を取り出した所で私は思い出した。

どこに予約したんだろうか?

じわじわと嫌な汗をかく。

店員さんに断りを入れて、一旦店を出る。

間違えて予約した店に謝らないと…


 「え?……何だこの店!?」


今しがた出てきた店を見ると全く縁もゆかりもない場所だった。

隣には見慣れた店が立っている。

そうだ。私が予約した店は隣だ。


 「すみません!11時30分に予約した◯◯です!」


入り口に立っていた店員のお兄さんは「お待ちしておりました」と営業スマイルで私を出迎えた。


 「やらかしてしまいまして、お隣さんに謝ってからまた戻って来ます!」


何いってんだコイツ?

お兄さんは全裸の不審者でも見るような顔をした。

困惑の極みのお兄さんを残し、先程の店に走る。


  「誠に申し訳ありません!私、此処では食べないです!」


店員のお姉さんは素晴らしかった。

分かってましたよというように優しく微笑んだのである。


  「承知しました。また機会があれば、お待ちしております。」


─────

無事に友人達と合流し、たらふく食べたのでお洒落な輸入雑貨のお店をブラブラしていた。

帰りに明日の弁当を買いたいが、このデパートに入っているスーパーは庶民の私には敷居が高い。


 「後で他のスーパー行かない?私、アイスが安いとこ知ってるんだ。」


 「行かないよ」


ズバッと返されて空気が凍った。

何だかいつもの友人じゃないみたいだ。泣きそうになって隣を見ると全く知らない人だった。


  「え?あ?す、すいません!一緒にスーパー行かないです!ナンパじゃないんです!」


その人はボーダーを着ていたし、友人は白いシャツだった。

強いて言うなら二足歩行しか共通点がなかった。


────


 「……私、ちょっと疲れた。座ってるね」


友人達に断りを入れて、近くのベンチに腰を下ろす。


何をやっても上手く行かない一日だった。


私は本当に人間にむいてない……


シルバーカーを押したお婆ちゃんが前を横切った。

ボーダーだった。

私は「ひッ」と腰を浮かした。




第十五話 ブラボーと言ったらビンタされた


「唐辛子は何処にありますか?」


店員に尋ねるとハテナをいっぱい浮かべた顔をされた。


此処はタイの食品を取り扱う食品店だ。


友人から貰った唐辛子が底をついたので、購入したという店に来てみたのだが全く日本語が通じないのである。


 「え~と…スパイシー!スパイシー!え~と、ウォーター!ウォータープリィーズ!」


彼女は花が咲いたように笑い、ミネラルウォーターを差し出した。


違う。そうだけど、そうじゃない。


私は泣きそうになって、ジタバタした。


店員は真剣に頷いている。


彼女にはきちんと通じたのだ。

私が英語を全く話せないこと。
その癖、伝わるまで引き下がらないことを。


 「レッド!スパイシー!ウォーター!デリーシャス!ホット!」


どの単語が彼女に響いたのかは分からない。

しかし、彼女はしっかりと唐辛子を持って来てくれた。

立派な赤々とした唐辛子だった。


惜しい!だが、確実に正解に近付いている。


 「コナゴーナ!!え~と、パウダー!!」


私はまたジタバタした。


────


夜勤明けでタイの食品店に行くのは自殺行為だったのだ。


私は漸く手に入れた愛しのコナゴーナ(唐辛子)を赤ん坊のように胸に抱いた。


よ~し、よ~し、家に帰ったらスープに入れてあげまちゅからね


体力を消耗したので、可愛い猫の写真集でも見てHPを回復しよう。


そう思い、近くの本屋に足を踏み入れた。


猫、猫は何処にいる?


血眼になって探していると椅子が並んでいるのが見えた。


座ろう。今は猫より椅子だ。


よろよろと弱った身体を椅子に預ける。


あぁ、パトラッシュ。僕はもう疲れたよ…

気付いたら眠りに落ちていた。


────

どの位経っただろうか。


美しい音色に顔を上げると天使ではなく、三人のおじさんが居た。

おじさん達は手に楽器を持っている。

その美しい音色に誘われて、わらわらと人が集まって来る。

隣に座ったボヘミアンな格好のお姉さんがリズムに合わせて身体を揺らしている。

気付けば私もゆらゆら揺れていた。


ブラボー!良く分からんが、素晴らしいよおじさん!

私は拍手をし、夜勤明けで可笑しくなっていたので感動して泣いたりもした。


涙が引っ込んだのは、おじさんが

 「さぁ、お姉さんも一緒に演奏しましょう!
ステージに上がってください!」


と私に向かって言って来たからである。


周囲からは温かい拍手が巻き起こった。


なんだこれ?夢なら醒めろ


嫌過ぎた私は隣に座ったボヘミアンな格好のお姉さんを身代わりにした。


  「さぁ、皆さん!お姉さんに大きな拍手を!」


鳴り止まぬ拍手。お姉さんの困惑した瞳には明確な殺意が芽生えていた。


「ブラボー!」


私は誰よりも大きな声で歓声を送った。


良かった。良かった。一件落着である。

お姉さんは演奏を終えると、ダダダッと此方に走って来て私の頬をビンタした。

「すみませんでしたー!!!」





第十六話 「私達、親友よね?」


初めて入った服屋で見知らぬお婆ちゃんにこう言われた。

  「私達、親友よね?」


私は人生の殆どをノリで生きてきた。
「親友ですとも」と返した。

お婆ちゃんの名前はトキちゃん。御歳83歳になるらしい。

トキちゃんは服選びに難航しているらしく、自分に似合う服を見付けるのを手伝って欲しいとの事だった。

親友の頼みなら断れない。

私は真剣に服を吟味しトキちゃんに差し出した。

だが、その度に
「これは色が派手だから」
「丈が短いから」
「私は太ってるから、ちょっと」と理由を付けては返品される。

「いや、試しに試着だけしてみなって」

「いやあよ、私お婆ちゃんだもの」

お婆ちゃんだから何だってんだよ!!

トキちゃん可愛いって、自信持ちなって!!

私はそう叫びたくて堪らなかった。

だが、ぐっと堪えた。

不覚にも泣きそうになっていた。

「これ可愛いと思わない?いいわよね?」

トキちゃんは可愛いとは対極にある切り株みたいな長袖シャツを掲げて来た。

 「え~かわいくな」 

 「可愛いわよね」

 「かわいくな」

「私も可愛いと思ってたの~!買っちゃおう」


うふふとトキちゃんが切り株を買い物カゴに放り込んだ。


コイツ、人の話を聞かねぇ!!!


その後にトキちゃんが持って来た服は

《パツパツのスパッツみたいなズボン》


「いや、太ってるからとか言ってたけどそれはいいのかよ!!」

《英字新聞柄のシャツ》


「いや、派手だからのレベルじゃねぇぞ!!」

私の意見は全て無視された。

トキちゃんは私の意見なんか求めていない。

ただイエスと言って欲しかっただけなのだ。


  お前とは絶交だ!!!


私は頭に来て店を飛び出した。

ちょっと泣いていた。

その後、トキちゃんとは二度と会っていない。

親友だった期間は三十分だった。





十七話 お世話になった自動車教習所


教習所始まって以来の出来の悪い生徒であった自信がある。と言うのも

初めて教習車に乗った時に私は迷わず助手席に座ったのである。


「よし、何か映画でも観に行こうか?」


教官に言われて私は「やったー!」と心から喜んだ。

観たい映画は沢山ある。

何を観ようかと考えている私の隣で教官は頭を抱えていた。


 「……今のは冗談です。映画には行きません」


私はがっかりして、上げた手を下ろした。


教官は大きく深呼吸をした。

何かと必死に戦っているような顔をしていた。


「運転をする人は運転席に座らなくてはいけません」


 「はい!分かりました!」


私はいつも持ち歩いているノートに
「助手席✕ 運転席◯」と書きこんだ。


恐らく、運転席に座らなくてはならないと教えたのは教官人生で初めてだったに違いない。

教官は終始、途方に暮れた顔をしていた。


「………はい、質問です。」


漸く、走り出した途端に教官が重々しく口を開く。


 「何故、中央線の真ん中を走行しているのですか?」


 心底、分からないといった感じだったので私は分かりやすく説明した。


「線の真ん中を丁度良い感じで走っています!右側と左側を半分半分ですね!」


 「はんぶんはんぶん……」


教官は恐らく泣きそうになっていたのだと思う。

うん。分かった。大丈夫、大丈夫と言っていたが、あれば自分に言い聞かせていたのだろう。


 「……ちょっとごめんね、やっぱり助手席に座って下さい」


 「はい!分かりました!」


 「返事はいいんだよなぁ」


ハンドルを握らせるのに恐怖を覚えたのだろう。

私はノートをハンドルに見立ててと言われた。

教官の言い付けを守り、ノートを必死に回していると教官が小刻みに震え出した。


 「これで大丈夫ですか?」


ノートをクイックイッと回してみせる。


 「ぶははははははははははは!!!!!」


教官が笑い出した。

あの時は何故、教官がいきなり笑い出したのか分からなかったが今なら分かる。

大丈夫です。これ、笑っていいやつです。


因みに教習所を卒業するまで随分とかかりました。






第十八話 「ショートコント、人生。」

(最終話)


蕁麻疹を治しに太陽病院に行くはずが、気づいたら「さくらんぼ病院」に来ていた。


ちょっと何を言っているか分からないだろうが、私が重度の方向音痴(ステージ4)だと知れば納得してくれると思う。

盲信していたナビに途中で見放され、絶望した私の前にさくらんぼ病院が現れたのだ。


「もう、ここでいい」と判断するのに、一秒もかからなかった。

診察室に入るなり医者はカッと目を見開いた。


「この子、異常に黄色くないか?」


パーソナルカラー・イエベの私を医者と看護師が取り囲む。


「はい、黄色いです。」「本当に黄色いですね」


——そんな四方八方からの“イエベ・ハラスメント”に、ただ事てはないと冷や汗が出る。

「肝臓にダメージが出ている可能性があります。念のためですが、覚悟はしておいた方がいいです。」

急遽、血液検査をすることになり、「命に関わるので、しばらく仕事を休むように」と告げられた。

震える手で上司に電話し、ドクターストップが出て出勤できないことを伝えると、自然と涙が出てきた。

「大丈夫。◯◯ちゃんなら、すぐ元気になるよ」

上司はそう言ってくれたが、その声は明らかに動揺していた。

ふらふらと会計を済ませたところで、見知らぬ女性が声をかけてくれた。

「大丈夫よ、気を確かに持ちなさい」

その女性に抱擁され、大泣きしながら帰宅した。


─────

「お母さん、ありがとうね」


「あんた、何で泣いてるの?」


出迎えた母とも抱擁し、医者の診断を話した。


シャワーも浴びず、ふらふらとベッドに倒れこむ。

私がこのまま死んだとして、両親は悲しむだろう。

憎まれ口をきいている弟達も泣くに違いない。

そりゃそうだ。あいつらお姉ちゃん大好きだもんな。

あぁ、日記。書かないとな…

よろよろと本棚に近付く。

本棚の一角には、小学生の頃から書き溜めてきた大学ノートがずらりと並んでいた。

ペラペラと捲ると下手くそな字が踊るように並んでいる。

誤字が凄まじい。漢字ぐらい、漢字で書けよ。

「はははは……あ、あぁ…これ、私、死んだらさ。捨てるわけ?ははははぁ…嫌だなぁ……」


ーーこの日記でしか会えない、あの日の私達がいるんだよ。

写真には残らない日常があったんだよ。



放課後にいつもの三人で立ち寄ったマクドナルド。

優香里と警察に追われてキャーキャー言って逃げ回った帰り道。

一生懸命作って結果、ウンコみたいになったバレンタインのチョコレート。

悟空と些細なことで喧嘩して、三日後、泣きながらハグした。

バイト代が全て追試代に消えて、瞳におごって貰ったラーメン。

おじいちゃんとお揃いのカラコンを買いに行ったドン・キホーテ。

当たり前に7人家族だった。

この日記の中では、取るに足らない日常が今も続いている。


あぁ、馬鹿みたいだな、私。

身体を焼かれることより、このノートを捨てられる方が怖かった。




『7月25日 教習所に通い始めた。』

あぁ、懐かしいな。

殴り書きされたその文字をなぞる。


『道路の真ん中を走っちゃ駄目だと注意された。』

何やってんだ私!!!

【反省】

・助手席✕ 運転席◯
・道路の真ん中を走らない。
・左右の確認をすること

夕飯はハンバーグだった。
チーズがいっぱいかかってて旨かった。

コイツ…馬鹿だけど、一生懸命じゃんか

私は当時の自分に酷く胸を打たれて泣いた。

そうだ。私はいつだって必死だった。

人より覚えが悪く、何をやっても失敗ばかりする。

だから何でもかんでもメモをしたんだ。

自分を小さな妹みたいに叱って、励まして。

私は何とか生きてきたのだ。


最後のページを開く。これだけは出来るだけ綺麗な字で書きたい。

《あぁ、楽しかった。最高に下らなくて最高の人生だった。》





ーー夕方、母に起こされた。ーー


「病院から電話があったよ。全然、大丈夫だって。良かったね」

検査結果は拍子抜けするほど“問題なし”。

むしろ「健康そのものですね」と言われたそうだ。


「そもそも、あんた蕁麻疹で病院に行ったんじゃなかったの?」


黄色いと言われ、血を抜かれ、泣きながら上司に電話して、見知らぬ女性と抱擁して……。


『もぅ、ええわ!!ありがとうございました。』


私の中の漫才師がお辞儀をして舞台袖に消える。

何て滅茶苦茶な人生だ。

ショートコント、人生。

次回公演はすぐである。

お楽しみに。

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