どっちとハグしますか?
そこ曲がったら、櫻坂?の収録の合間。
朝から続く長丁場の収録で、スタッフもメンバーも少しお疲れモードに入りつつある休憩時間。
そんな中、スタジオの隅にあるパイプ椅子に深く腰掛け、コーヒーを片手にようやく一息ついていた。
マネージャーという仕事は、常に周囲に気を配らなければならないため、座っていても気は休まらない。
それでも、ほんの数分でもこうして目を閉じられる時間は貴重。
……のはずだったのだが。
的:〇〇さんっ!

不意に、元気いっぱいの声が鼓膜を揺らす。
目を開けると、そこには制服を身に纏った三期生の的野美青と、その後ろからひょっこりと顔を覗かせる村山美羽が立っていた。
村:〇〇さん。村山と美羽、どっちにハグしますか?

〇:……へっ?
あまりにも唐突な二択問題。
脳が疲労しているせいか、一瞬言葉の意味が理解できなかった。
いや、冷静に考えても、その選択肢は明らかにおかしい。
的:ちょっ...! それじゃ美羽だけじゃん!
隣にいた的野が、すかさず村山の腕をバシッと叩いてツッコミを入れた。
村山は「あ、間違えた」と言わんばかりてへっとポージングを取っていた。
的:ずるい! やり直し!
的:……わたしと美羽、どっちにハグしたいですか?
的野はビシッと俺を指さして、真剣な顔で問い直してくる。
いや、問い直されたところでどっちもダメだ
ろ。
こっちは仮にもマネージャーだ。
〇:いや、どっちともハグしないけど。
的:えー! なんでですか!こんなに可愛いメンバーが両手広げてるんですよ!?
村:〇〇さん、照れてるんですか?かわいいですね。
村:私のことギュッてしたいって顔に書いてありますよ。
呆れたように返すと、二人はあからさまに不満げな声を上げた。
〇:書いてない。的野も、そんな期待した目で見るな。
言葉など全く聞いていないのか、二人はさらにジリジリと距離を詰めてくる。
パイプ椅子に座っている〇〇の前に立ちはだかる形になり、逃げ場が完全に塞がれてしまった。
的:ほら、早く選んでくださいよぉ! わたしですか?
村:美羽ちゃんですよね?ほら、腕開いて待ってますよ。
右からは、大きな瞳をキラキラさせて、少し身をかがめながら上目遣いで見つめてくる的野。

そして左からは、無表情のようでいて、明らかに期待に満ちた熱い視線を送ってくる村山。

二人ともに、こんな至近距離で見つめられるとかなり心臓に悪い。
的:〇〇さーん! 早く早く!
村:さぁ、どっち?カウントダウンしますよ。さん、にぃ……
どうやってこの場を切り抜けようか。
「仕事に戻る」と言って立ち上がるべきか、誰かに助けを呼ぶべきか……と思案していた、その時だった。
?:……ふーん。
不意に、背後から冷たいけれどどこか甘さを含んだ声が。
次の瞬間。
スッと伸びてきた細い腕が、背もたれ越しに〇〇の首元にギュッと回された。
〇:うおっ!?
的:えっ!?
村:あ……。
背中越しに漂う、甘くて落ち着く香水の匂い。
夏:……わたしでしょ?

耳元で囁かれたその声。
後ろから抱きついていたのは、二人の先輩である二期生、藤吉夏鈴だった。
〇:夏鈴...!? なんで……っ! こんなところで……っ!
夏:ハグする相手探してたんでしょ?じゃあ、わたししかいないじゃん。
周囲の目など全く気にする素振りも見せない夏鈴。
的:ちょっ、夏鈴さんずるいです!私たちがいま〇〇さんに聞いてたのに!

村:……先輩の特権の乱用。
夏:んふふ、遅かった二人が悪い。〇〇さんはわたしのものだから。
的野と村山の抗議など全くお構い無しに、夏鈴は〇〇の背中にすりすりと顔を埋め、まるで自分の所有物を自慢するかのように抱きしめている。
先輩の圧倒的な余裕と色気を見せつけられ、お預けをくらった後輩二人はぐぬぬと唸り声を上げた。
的:もう! 〇〇さんのバカ! 意気地なし!

村:……楽屋で待ってますから。絶対来てくださいね。二人きりでハグしますから。

怒りながら、それでもどこか嫉妬しながら戻っていく三期生二人。
その後ろ姿を見送りつつ、〇〇は、ホッと息を吐き出そうとしたが、背中に感じる夏鈴の強烈な柔らかさとぬくもりが。
むしろ、二人がいなくなったことで、夏鈴の密着度はさらに上がっていた。
〇:あの……助けてくれたのはありがたいんですけど……もう離して……
夏:まだ。
〇:周り...見られてるからっ...!
夏:見られたらダメなの?
夏:……〇〇さんも、本当はあの二人じゃなくて、わたしにハグされたかったんでしょ?

耳元でわざとらしく、囁かれる甘い吐息。
首筋に彼女の唇が触れそうなほどの距離。
夏:……収録終わったら、ね...?

