恋愛経験ゼロのボクに言い寄ってくるマドンナさん。
いきなりですが。
僕、〇〇にはこれまで人生で彼女がいたことがない。
いわゆる『恋愛経験ゼロ』というやつだ。
以後、お見知りおきを。
女子と話すだけで変に緊張してしまう僕にとって、クラスの中心にいるようなキラキラした女子は、完全に別世界の住人である。
そんな僕のクラスには、誰もが認めるマドンナがいる。
麗:あ、〇〇くん! おはようっ!
〇:えっ……あ、お、おはよう。守屋さん...。
朝、教室に入って自分の席についた僕の元へ、とびきりの笑顔で挨拶をしてくれる彼女。
守屋麗奈。

誰もが振り返るような圧倒的なルックスに、愛嬌たっぷりで誰にでも分け隔てなく接する優しい性格。
クラスの...いや、学年男子の9割は彼女に恋をしていると言っても過言ではない。
当然、恋愛経験ゼロの僕なんて、まともに目を見ることすらできない高嶺の花だ。
麗:ねぇねぇ、〇〇くん。今日の1時間目って社会だっけ?
〇:う、うん。そうだよ...。
麗:そっか! 教えてくれてありがとっ。
そう言って、守屋さんはふわりと甘い香りを残して自分の席へと戻っていく。
ただのクラスメイトとしての、何気ない日常のワンシーンのはずなのだが。
心臓に悪い。
最近、マドンナである守屋さんが、やたらと僕に絡んでくるのだ。
ただでさえ女子への免疫がない僕にとって、守屋さんのちょっとした行動や距離感がいちいち刺激が強すぎる。
恋愛経験ゼロの僕をからかって楽しんでいるのか、それとも……。
いやいや、勘違いするな。
3時間目の体育。
今日は男女合同でのドッジボールだった。
正直、運動はそこまで得意じゃない僕は、なるべく目立たないようにコートの端を逃げ回っていた。
しかし、運悪く僕の足元にボールが転がってくる。
〇:っ……!
ヤケクソで投げたボールが、なんと相手チームの男子の足元に見事ヒット。
『おぉー!』とクラスが少しだけ湧く。
麗:〇〇くーんっ! ナイスーっ!!
誰よりも大きな声を上げて駆け寄ってきたのは、守屋さんだった。
〇:えっ? あ、うん……
麗:すごいすごいっ!イェーイ!
守屋さんは満面の笑みで両手を高く掲げてくる。
これは……ハイタッチを求めているのか?
恋愛経験ゼロの僕にはハードルが高すぎるが、マドンナを空振りさせるわけにもいかない。
恐る恐る手を合わせると。
麗:やったぁっ

パチンと手を合わせた瞬間、守屋さんはそのまま僕の両手をギュッと握り込んできた。
〇:っ……!?
麗:ねぇ、今のすっごくかっこよかったよ!
〇:も、守屋さんっ……手、手が……
麗:え?あ!ごめんごめん!嬉しくなっちゃって。
そう言いながらも、守屋さんは手を離すどころか、そのまま僕の腕に自分の腕をギュッと絡ませてきた。
距離が異常に近い。
〇:ち、近い……っ、守屋さん、みんな見てるから……!
麗:えー? 気にしない気にしないっ。それより、次も〇〇くんが当ててね?

〇:いや、さっきのは本当にたまたまだから……
麗:ふふっ。じゃあ、れな、〇〇くんの後ろに隠れとこーっと。
そう言って、守屋さんは僕の背中にピタリとくっついて、シャツの裾をちょこんと掴んできた。
背中越しにダイレクトに感じる。
そして、ふわりと香る甘い匂いが。
〇:っ……、心臓もたないって...。
麗:ん? 〇〇くん、なんか言った?
〇:な、なんでもない!
麗:ふふっ。〇〇くん、れなのことしっかり守ってね?

背中に顔をすり寄せるようにしながら、耳元で囁かれる甘い声。
僕の顔は間違いなく、今すぐ爆発しそうなほど真っ赤になっているはずだ。
こんな過剰なボディタッチ、ただのクラスメイトにするものなのか?
いや、でも相手は誰にでも人懐っこいあのマドンナだ。
きっと僕だけじゃなく、誰にでもこうやって距離が近いに違いない。
だから、変な期待をしてはいけない……。
そして、待ちに待った昼休み。
ドッジボールでの心臓の酷使からようやく解放され、自分の席で一人、買ってきたパンを食べようとしていた時。
麗:〇〇くーん! お昼、一緒に食べよっ!

ふわりと甘い香りを漂わせながら、守屋さんが僕の前の席にちょこんと座ってきた。
しかも、わざわざ自分の椅子を僕の席の前まで移動させて。
〇:っ……!?も、守屋さん!? なんで僕と……
男子たちの「なんであいつがマドンナと……」という視線が一斉に刺さる。
麗:えー?だめ?さっきドッジボールで守ってくれたお礼も兼ねて、一緒にお話ししたいなーって思って。
〇:い、いや、ダメじゃないけど……その、距離近くない?
麗:そうかな?普通だよっ。
全然普通じゃない。
守屋さんが少し身を乗り出すたびに、机の下で僕の膝と守屋さんの膝がコツンと当たる。
その度にビクッと肩が跳ねてしまう僕を見て、守屋さんは楽しそうにくすくすと笑った。
麗:あ、〇〇くん、それ購買の新作パンだよね?美味しそう〜!
〇:あ、うん。食べる?一口なら……
麗:ほんとっ!? やったぁ! じゃあ……はい、あーんっ。
守屋さんはこちらに口を開け、なにかを待っている様子。
〇:えっ……!?ちょ、自分で......。
麗:えー?恥ずかしがってるの?かーわいいっ。
〇:か、可愛くない......!
恋愛経験ゼロの僕にとってキャパシティは、とっくに限界を突破していた。
麗:じゃあ、パンは自分で食べるとして……れなのお弁当のおかず、一口あーんしてあげる!
〇:はいっ!?
麗:はいっ、〇〇くんのお口に……あーんっ♡
守屋さんは自分のお弁当箱から卵焼きを箸でつまむと、僕の唇にちょんちょんと当ててきた。
〇:っ……。
麗:ふふっ、顔真っ赤。ほら、お口開けて?
〇:あ、あ、あのっ! ごめん!
麗:えっ?
耐えきれなくなった僕は、ガタッと大きな音を立てて席を立ち上がった。
〇:ぼ、僕、急にお腹痛くなってきた!トイレ!トイレ行ってくる!!
麗:えっ!? ちょ、〇〇くん!パンまだ一口も食べてないよ!?
〇:あとで食べるから!じゃあ!
これ以上あの距離にいたら、絶対に心臓が爆発するか、周りの男子から嫉妬で消されるかのどちらかだ。
僕はパンを机に放置したまま、教室から逃げ出した。
麗:......むぅ。

...
...
放課後。
誰もいなくなった教室で、僕は一人残って今日の数学の課題を進めていた。
本当ならさっさと帰りたいところだが、昼休みの一件で完全に集中力を切らしてしまい、授業内容が全く頭に入っていなかったのだ。
〇:……はぁ。僕のバカ。せっかくマドンナと一緒にご飯食べるチャンスだったのに。
今更ながらに自分のチキンっぷりを後悔し、ため息をついた、その時だった。
麗:あ、みーっけ。

〇:えっ!? も、守屋さん!?
教室の後ろのドアからひょっこりと顔を出したのは、まさかの守屋さんだった。
彼女は僕の姿を見つけると、ツカツカと足音を立てて僕の席まで歩いてくる。
その顔は、ほんの少しだけ頬を膨らませて、怒っているようだった。
麗:……〇〇くん。お昼、れなのこと置いて逃げたでしょ?
〇:あ、いや! あれは本当に急にお腹が……
麗:うそ。絶対、れなから逃げたんでしょ。
麗:……ひどい。

上目遣いでジトッと睨まれる。
......かわいい。
〇:ご、ごめん……。
麗:……ふーん。まぁ、いいけどねっ。
すると守屋さんは、怒った表情から一転、小悪魔のような笑みを浮かべて、またしても僕の隣の席に座ってきた。
そして、机の上に広げた僕のノートを至近距離で覗き込んでくる。
麗:なにやってるの?あ、数学の課題だ。
〇:う、うん。ちょっと分からなくて……
麗:もー、仕方ないなぁ。れなが教えてあげるよ〜。
そう言うと、守屋さんは自分の椅子をさらに僕の方へ引き寄せた。
守屋さん、おバカって聞くけど......大丈夫かな...?
麗:ここはね、この公式を当てはめて……そう。で、ここを計算して……
〇:こ、こう……?
麗:ここは......そうそう!
〇:あっ、解けた……。
麗:んふふっ、えらいね〜。
僕が答えを書き込むと、守屋さんは嬉しそうに笑って、僕の頭を優しく撫で始めた。
ヨシヨシと。
まるで小さな子供を褒めるかのように。
〇:っ……!!
ただでさえ距離が近くて頭がおかしくなりそうなのに、頭なんて撫でられたら、僕のなけなしの理性は本当に吹き飛んでしまう。
誰にでも優しいマドンナだからって、こんなことまで普通するのか...?
いや、いくらなんでもおかしい。
〇:……守屋さん、ちょっと待って。
麗:えっ?
僕が震える声でそう言うと、守屋さんの手がピタッと止まる。
〇:……守屋さん、そんなことされると...勘違いしちゃうから...。
必死に絞り出した本音。
僕はただの地味なクラスメイトで、君はみんなのマドンナ。
からかっているだけなら、これ以上優しくしないでほしい。
僕みたいな恋愛経験ゼロの男なんて、すぐに本気になってしまうから。
麗:……勘違いして、いいんだよ?

〇:……へっ?
耳元で、吐息が掛かるほどの距離で囁かれたその言葉。
麗:れなはね、誰にでもこんなにくっついたりしないよ?
〇:えっ……それって……。
麗:〇〇くんはもう、れなから逃げられないからねっ。
守屋さんは僕の頭から手を離すと、今度は頬を両手で優しく包み込み、さらに自分の顔を近づける。
麗:……〇〇くんの『初めて』、れなが全部、もらっちゃうんだから……♡

守屋さんより、僕の方がおバカだったみたいです...。
