"風紀委員長" という口実で独り占めしようとして来る森田さん。
朝の校門前。
今日も今日とて、入り口では厳しい検問が行われていた。
ひ:ちょっとキミ。シャツ出てる。
『あ、すみません…!』
ひ:……それ、染めてるよね?明日までには黒染めね。
『は、はい……。』
次々と登校してくる生徒たちを捕まえては、冷たい声で的確に指導を入れていく小柄な女子生徒。
森田ひかる。

この学校の風紀委員長を務める彼女は、その可愛らしいルックスとは裏腹に、風紀に関しては一切の妥協を許さない、生徒たちから恐れられる存在だった。
そんな彼女を横目に、俺はあくびをしながら通り過ぎようとしていた。
第2ボタンまで開けたシャツに、緩めきったネクタイ。
そして、耳にはシルバーのピアス。
自他共に認める校則違反のフルコースみたいな格好の俺が、彼女の目を逃れられるわけもなく。
ひ:……ストップ。〇〇くん。
案の定、スッと腕を伸ばして俺の行く手を遮る森田。
〇:あー、おはよう委員長。今日も朝からご苦労なこった。
ひ:〇〇くん、ピアス。

ジト目で俺の耳元を睨みつけてくる。
ひ:何回注意させるつもり?
〇:はいはーい。明日には外してきまーす。
俺は適当に返事をしながら、ひらひらと手を振ってその場を離れようとした。
ひ:……もうっ、!
しかし、背中を向けた瞬間、俺のシャツの裾がギュッと強く引っ張られた。
〇:……いてて、引っ張るなって。
ひ:「はい」は一回!逃げないで。
ここまで冷たく接しているのに、森田は俺にだけ異常に粘着を続ける。
他の生徒なら一度注意して「明日直してきなさい」で終わるようなことでも、俺相手だと絶対にその場で引き下がろうとしないのだ。
ひ:シャツも出てるし、ネクタイもだらしない。
〇:別に誰にも迷惑かけてないだろ。
ひ:風紀委員長として、見過ごせないの。
ひ:……ほら、ちょっと屈んで。
俺が渋々少し身を屈めると、森田は俺の胸元に小さな手を伸ばし、ネクタイをキュッと締め直し始めた。
鼻先が触れそうなほどの距離。
森田から漂う、ふわっと甘いシャンプーの匂いがくすぐる。
ただの「風紀委員長と問題児」の距離感にしては、どう考えても近すぎる気がするのだが……。
…
…
俺は自分のクラスがあるフロアの廊下で、壁に寄りかかりながら腕を組んでいた。
〇:……おい、俺のクラスの前で何ウロチョロしてんだよ。
『ひぃっ! 〇〇先輩……っ! す、すみません!』
〇:邪魔。さっさと自分の教室戻れ。
『……は、はいぃっ!!』
逃げていく他学年の男子生徒を見送りながら、俺は内心で小さくガッツポーズをした。
よしよし。
今日も俺の『近寄りがたいヤバいヤツ』アピールは完璧だ。
俺がヤンチャぶって睨みを効かせておけば、"愛しの妹" に群がる害虫どもを遠ざけられるという寸法だ。
完璧な作戦に一人で満足していると。
ひ:……何が完璧なの?

〇:うおっ!?
背後から、今朝たくさん聴いた声が降ってきた。
振り返ると、バインダーを胸に抱えた森田が、冷たい目でこちらを睨んでいる。
ひ:また他の生徒を脅してたね。
〇:い、いや、脅してないって。迷子みたいだったから優しく道案内してやっただけ。
ひ:嘘つかない。
ひ:さっきから見てたけど、完全にヤンキーがカツアゲしてる図だったよ。
森田は小さくため息をつくと、距離をジリジリと詰めてきた。
ひ:授業中はいつも寝てるし、校則は破るし、おまけに他の生徒を威嚇する……。
ひ:〇〇くん、自分がどれだけ学校の風紀を乱してるか分かってるの?
〇:だから、俺には俺なりのっ……
ひ:言い訳は聞かない......って、待って。
有無を言わさないその圧に押され、壁を背にする。
すると森田は俺の目の前まで歩み寄り、逃げ場を塞ぐようにピタリと立ち止まった。
ひ:……前髪も長すぎ。目にかかってる。
そう言うと、森田の小さい指先が俺の前髪をスッと梳いた。
〇:っ……ちょ、自分で切るから……
ひ:動かない。これも風紀委員長の仕事。

顔が近い。
朝の校門前よりもさらに近い距離。
上目遣いで俺を見上げてくる森田の大きな瞳が、俺を真っ直ぐに捉えて離さない。
ひ:……全く、手のかかる問題児。
ひ:わたしがずっと監視してないと、何するかわかんないんだから。
ひ:これからもちゃんと見張ってるからね。変なことしたら、即指導だから。
ただの注意のはずなのに、なぜか森田の頬はずっとほんのり赤く染まっているように見えるのは気のせいだだったのだろうか。
…
…
そして、休み時間。
自分の席でスマホをいじっていると、廊下からバタバタと足音が近づいてきた。
天:お兄ちゃ〜ん!
〇:天...なんだよ。声でけぇよ。
勢いよく教室に飛び込んできたのは、一つ下の妹である天。
他学年の教室だというのに全く物怖じせず、俺の机の前にちょこんと立った。
天:体操着貸して! わすれたの!

〇:はぁ?お前またかよ。
天:いいからいいから!次の授業体育なの!お兄ちゃん今日体育ないでしょ?
文句を言いつつも、俺はカバンから自分の大きな体操着を取り出し、丁寧に畳まれた状態のまま天に手渡す。
〇:ほら。汗かいたらちゃんと洗濯カゴに入れとけよ。
天:えへへ、ありがとう!さすがお兄ちゃん!
天は俺の体操着をギュッと抱きしめると、満面の笑みを浮かべた。
天:そういえばね、また告白されちゃったの!
〇:っ......?!
さっきまでの気怠げな態度はどこへやら。
俺はガタッと音を立てて席を立ち上がり、身を乗り出した。
〇:誰だ。どこのクラスのどいつだ。
天:こわっ!言わないよ!
〇:おい、絶対やめておけよ。
〇:男なんてろくな奴いないんだから。全員下心しかない狼だぞ!
天:え〜、でも、サッカー部のレギュラーで結構イケメンだよ?

少しからかうようにニヤニヤしながら言ってくる天。
俺の心拍数は一気に跳ね上がり、脳内で「サッカー部 イケメン 後輩 」の検索がものすごいスピードでかけられる。
〇:イケメンほど性格がひん曲がってるんだよ!だいたい、天に彼氏なんて100万年早い!
天:もー、お兄ちゃんっていっつもそればっかり!ほんと過保護なんだから。
天:じゃあね! 体操着ありがと!

天はひらひらと手を振ると、再び足音を立てて自分の教室へと戻っていった。
俺は頭を抱えて机に突っ伏した。
そう。俺は超が付くほどシスコンなのだ。
一つ下の妹である天は、昔からスタイルが良くて、顔もめちゃくちゃ可愛い。
中学の頃からモテまくっていて、その度に俺は虫除けスプレーの如く男たちを追い払ってきた。
俺がシャツのボタンを開けたり、ピアスを開けてヤンチャぶって校則違反をしているのも、実は理由がある。
「あいつの兄貴、ヤバい奴だから手を出さない方がいい」
周りの男たちにそう思わせて、天に近づく男を減らすための防衛線なのだ。
全ては愛する妹を守るため。
〇:……今日の放課後、サッカー部のグラウンドに偵察行くか……。
そんな物騒な計画を立てていると、不意に背後から冷ややかな声が降ってきた。
ひ:……ふーん。そういうことだったんだ。
〇:っ......?! な、なんだよ...。
振り返ると、そこには風紀委員長の森田がいつの間にか立っていた。
〇:い……いつからそこに……。
ひ:『男なんてろくな奴いない』あたりから、バッチリ聞いてたけど。
終わった。
わざわざ校則違反までして作り上げてきた「ヤバい奴」という俺の防衛線が、風紀委員長本人にバレてしまった。
ひ:妹に近づく男を牽制するために、わざとヤンチャぶってたんだ?
〇:な……お、お前、それ誰かに……
ひ:安心しなよ。誰にも言わないから。

少し意地悪に笑うと、森田は俺の机に手をつき、グッと顔を近づけてきた。
ひ:わたしが構う理由。そういうこと。
ひ:〇〇くんが妹さんを愛でているように……
森田はそこで言葉を切ると、少しだけ頬を赤く染め、上目遣いで俺を見つめた。
ひ:わたしも、〇〇くんのこと独り占めしたくて、わざと粘着して注意してたの。
〇:えっ……
予想外の言葉に、心臓が大きく跳ねた。
風紀委員長として真面目に仕事をしているだけだと思っていたのに。
ひ:だって、〇〇くん、普通にしてたら他の女の子にモテちゃうでしょ?
ひ:だから『風紀委員長に目をつけられてるヤバい奴』ってレッテル貼って、誰も近づけないようにしてたんだから。
〇:……は?
俺が天を守るためにやっていた防衛線を、まさか森田も俺に対して張っていたなんて。
ひ:ということで。
ひ:わたしの気持ちもわかったところで……〇〇くん、放課後、指導室ね。

〇:いや、なんで指導室……
ひ:……拒否権はないから。

そこからの時間は、緊張で授業の内容が全く頭に入ってこなかった。
…
放課後の指導室。
ガチャリと鍵を閉めた森田が、ゆっくりと俺に近づいてくる。
いつもより少しだけ頬が赤く、伏し目がちになっている。
ひ:はい、じゃあ身だしなみチェックするから、ちょっと屈んで。
言われるがままに身をかがめると、小さな手が俺のネクタイの結び目を持ち、キュッと優しく締め直す。
ふわりと漂う甘いシャンプーの香り。
この前とは少し違うような香りがした。
ひ:……ピアスも、ほんとは外してほしくないなぁ。
〇:え……。
ひ:わたしが〇〇くんに話しかける口実が、なくなっちゃうから。

ポツリとこぼした本音。
上目遣いで俺を見つめるその瞳は、いつもの冷たい風紀委員長のものではなく、ただの恋する乙女の目線だった。
ひ:……でも、これからはもう、口実なんていらないよね。
そう言って、森田は少しだけ背伸びをすると、俺の頬に柔らかい唇を押し当てた。
〇:っ……!? も、森田……?
顔から火が出るほど驚く俺を見て、森田はふわりと嬉しそうに微笑む。
ひ:これからはヤンチャしないこと。
ひ:そして、『森田』じゃなくて『ひかる』と呼ぶこと。
ひ:これは、彼女からの命令です。

