日本が1945年敗戦したあと1949年に成立した中華人民共和国が抗日戦争をしたという不可解
中国共産党の歴史について大川隆法総裁先生が、香港危機に何を学ぶべきかで2020年7月に説法されています。
香港は国安法も通り50年守られるはずだった一国二制度の約束は反故にされ、踏みにじられてしまいました。
2020年の時点で語られた説法ですが、今の時点でどう受け止められるかはわかりません。
しかし、抗日戦争、対ファシズムに勝利した記念という軍事パレードを実施した中国政府が、南京の映画で反日感情を煽っている今、日本は中国共産党が樹立した中華人民共和国とは戦ってはいないということをはっきりさせておかねばならないのではないかと思います。
また、南京での虐殺の証拠とされた写真などは通州で起きた日本人の被害であったり、当時匪賊として跋扈していた盗賊集団が起こした事件であったものが、日本軍のものとされたということも以前知りました。
ただ、この問題については、
中国でのSNSや中国でも生活を通して中国人の感情についても語られたこちらを見ると冷静に話し合えるような状況ではないようです。
深く洗脳された歴史認識は、中国だけでなく世界中にあります。それに疑問を持つ人々を歴史修正主義者として嫌悪や憎しみの目で見ることがあります。自国に誇りを持ちたい人ならなおさらでしょう。
中国共産党成立の歴史
なぜ、習近平·北京政府はナチズムを勉強していないかのかということですが、
一つには、先の第二次大戦の「終戦の仕方」の問題もあったと思います。
現在の北京政府は、「自分たちが第二次大戦の戦勝国だ」と言っているわけですが、現実には、日本は1945年に、主としてアメリカに敗れています。
日本の同盟国だったドイツやイタリアのほうが先に降参していますけれども、日本は、アジアにおいては、イギリスやフランスの軍隊も蹴散らして破っていて、その後、アメリカに敗れ、1945年の夏に無条件降伏したことになってきます。そのとき、中国に負けたわけではありません。
1945年当時の中国の政権は蒋介石の国民党政権
また、そのときの中国の政権は、蒋介石率いる国民党政権で、中華民国という国でした。この蒋介石の中華民国が中国大陸をだいたい支配しており、毛沢東が率いる共産党は、戦争時代もゲリラのようなことはやっていましたが、非常に弱く、逃げてばかりいました。中国の西の内陸部の奥地のほうに逃げており、日本兵、日本軍から逃げ回っていた状態だったのです。
それが、戦争が終わったあと、「国共合作」から「国共内戦」になってきて、国民党と共産党が戦い始め、1949年、要するに、日本が敗戦してから4年後に、毛沢東のほうの共産党が内戦に勝利して中華人民共和国を建てたわけです。
そして、負けたほうの蒋介石の中華民国が、台湾のほうに逃げ込んだということです。
もともと台湾には人がいましたが、中国本土からも逃げ込んできて、中華民国という国は台湾に移りました。
ですから、「戦勝国」とは言えないけれども、少なくとも、日本から独立した国があるとすれば、それは中華民国であって、中華人民共和国ではありません。中華人民共和国は、内戦によって4年後に独立したのです。
この毛沢東がつくった共産党一党独裁の国家というのが、それから71年(2020年の説法当時)続いているわけです。
そして、「先の大戦の戦勝国だ」というようなかたちで、米中、あるいは日中が国交回復をしました。日本は田中角栄総理のときに国交回復し、そのころに、国連の常任理事も、中華民国から中華人民共和国に替わっています。そして、台湾のほうを迫害し始めて、「台湾は中国の一部である」と言って、口だけで取ろうとしている状態が続いているわけです。
現実には、台湾は防衛を強くしており、「体制が違う。台湾は自由民主主義の議会体制だ」ということで、いまだに蔡英文総統下(2020年の7月説法当時)で緊張関係にあるということです。
このあたりは、若干「歴史の皮肉」と言えば皮肉なのですが、残念だなと思うところではあります。
それから、ここが不思議なのですが、日本がドイツやイタリアと三国同盟を結んだことについて、「負けるほうと組んだから悪かった」という考えもあるけれども、それは「反共同盟」ではあったのです。
戦後、アメリカに「マッカーシズム」というものが流行り、「赤狩り」「共産党狩り」が非常に進んだのを見ると、やはり「共産主義の毒」というものはあったと思うのです。ですから、このあたりを善悪で分けようとしていますが、そう簡単ではない部分があって、中国もソ連も、共産党が牛耳る国になったわけです。ソ連とは長い冷戦をして、やっとゴルバチョフ大統領のとき。1989年に、東ドイツの壁が崩れました。東側ベルリンは、ソ連が押さえていて、西ベルリンは自由主義圏に属していたのですが、壁が崩れたのは1989年です。
私はそのころに講演をしていたので、よく覚えているのです。………………
それから、ソ連が支配していた共産主義の衛星国が、次々と崩壊していきました。、「経済的に敗れた」ということです。チャウシェスクという人もルーマニアの大統領をしていましたが、奥さんと共に銃殺されたりもしました。それによって「悪い国」という印象はつきました。
日本の敗戦後、朝鮮戦争やベトナム戦争でアメリカは、戦いましたが、これは共産主義国が起こした戦争です。
日本がファシズムだったと批判されているのですが、ドイツやイタリアと同盟したことは反共同盟であったことについて、まったく顧みらていないようにも見えます。その後アメリカはどう分析したのでしょうか。
1990年代のクリントン政権での中国経済の台頭と日本の凋落
それで、1990年代に入ったところで
だいたい終わったと思ったのですが、ここにアメリカの戦略に違いが出てきました。日本がバブル期でかなり大きくなり、特に1989年の東証の平均株価に約3万9千円が付いたことで、「これは日本に抜かれるのではないか」という恐怖を感じたのだと思うのです。
そこで、アメリカは、中国のほうに経済的メリットを落とすスタイルを取って、日本を干し上げる態度を取りました。特にクリントン民主党政権の八年間が大きかったと思いますこの八年間で中国は経済が大きく伸びました。
日本は、その間、「バブル崩壊」と「金融危機」の両方のダブルパンチを受けながら、中国が大きくなるのを指をくわえて見ていた状態であったのですが、アメリカは日本をそれ以上強くしたくなかったし、日本としても、「国家としてアメリカを抜くほどまで強くなるのは怖かった」という面もあったと思います。
そういうわけで、
自虐史観が甦ってきて、国内経済をかなり悲惨な状況まで陥れ、公表されている数字によれば、「30 年間で中国経済は75倍になり、日本経済は1.5倍にしかならなかった」というような、まさかの事態が起きたということです。
このように、中国経済を伸ばすのをだいぶ支えたために、「共産主義という制度が悪い」ということは少し棚上げににってしまい、分からなくなってきたのです。
中国共産党の侵略性が明らかに見えてきた時代
この間に、毛沢東以下の中国はチベットを吸収し、ダライ・ラマは国外追放というかたちになりました。ダライ・ラマがインドに亡命し、チベット政府は亡命政権となって、チベットは取られてしまったのです
また、今、もう一つ問題なのは、ウィグル自治区のところです。東トルキスタン、ウィグルはイスラム教中心の国ですが、これも取られて、今""学習洗脳"されていると言われています
活動家によれば、「百万人から三百万人」とも言われているのですが、キャンプに収用されたり、通勤·通学して洗脳教育を受けたりしていて、実質上の棄教、宗教を捨てさせられて、漢民族の文化に従うように教育されていると言われています。
それから、内モンゴルも同じ状態です。
そして、香港でも同じことをやろうとしたら、もう目についてしまい、世界から注目を受けて、ほかのところまで、「これでいいのか」ということを言われ始めています。「やっていることはナチズムと変わらないのではないか」ということを言われているのです。
AIや監視カメラのあるもっとも完成したナチズムが今の中国の体制であることを喝破された地球神の言葉
今の中国の体制を、もしヒットラー時代に持ってきたとしたら、どうなるでしょうか。ヒットラーの時代にAIがあり、ドイツ国内に監視カメラが2億台もあって、さらに顔面認証システムまであったとしたら、ユダヤ人はもっと大変なことになっていたでしょう。
当時は、教会等に匿われて逃げた者もいますし、フランスからイギリス、あるいはアメリカへ逃れていったユダヤ人もたくさんいますけれども、今の中国のような体制だったら、逃げられずに、完全に「ネズミ捕り方式」で捕らえられた可能性は高いと思います。
要するに「もっとも完成したナチズム」がここに現れているということに、まだ気づいていないのです。
ファシズムと戦った?記念の軍事パレードというのは笑止ということでしょう。
