子どもの不安を親が背負わなくていい理由|エピソード第1話
「見守る」と「抱え込む」の違い
子どもが、クラブを辞めました。
理由は上級生が怖いという理由です。
事実は解りません。
ですが、上級生からの視線が
できない自分に向いていて
緊張して思うようにできないという事でした。
数か月間も同じことを言い
その度に「もう少し頑張ってみる」といったのですが、
休むことが増えたので、限界と判断して辞める選択をしました。
辞めてから数日後、いつもより甘えるようになってきて、
学校の先生から
「様子がおかしいので何かあったのですか?」
と連絡をいただいたということがありました。
子どもが元気がない。
学校で何かあったのかな。
友達関係で悩んでいるのかな。
最近、甘えることが増えた気がする。
そんな姿を見ると、親は心配になります。
私もそうでした。
子どもの様子が少しでも変わると、
「どうしたんだろう」
「何かできることはないかな」
「私の関わり方が悪かったのかな」
と考えてしまう。
そして気づけば、子どもの問題なのに、
私の心まで不安でいっぱいになっていました。
子どもが不安になると、親も不安になる
親にとって子どもは大切な存在です。
だからこそ、
苦しそうな姿を見ると放っておけません。
泣いていたら心配になるし、
元気がなければ気になるし、
いつもと違う様子を見ると原因を探したくなる。
それは愛情ですよね。
決して悪いことではありませんよね。
でも私は、いつの間にか
「見守る」ではなく、
「一緒に背負う」になっていたことに気づきました。
もちろんこれが良くないと
言っているわけではなく、
「少しやりすぎた」から
私自身もしんどくなってしまった。
という事なのです。
なんとかしてあげたくなる
子どもが困っている。
苦しんでいる。
そんな時、親は無力感を感じます。
アドラー心理学でいう「課題の分離」
を知っていたとしても、
分離できないことがあります。
「課題の分離」とは
「他者の課題」と「自分の課題」を切り分け、他者の問題に不必要に介入せず、自分の人生に集中するという考え方です。
だから、
アドバイスをしたくなる。
解決策を探したくなる。
安心させたくなる。
そして、
「こうしたらいいんじゃない?」
「大丈夫だから」
「気にしなくていいよ」
と、つい何とかしようとしてしまう。
もちろん、それが必要な時もあります。
特に親の私は、
もともと自己否定が強かったので、
それを基準として子どもを見てしまいます。
「友達に何か言われたんじゃないか」
「親に言えなくて悩んでるのでは」
「自分に自信がもてないのではないか」
などです。
でも、
今回の出来事を通して気づいたことがあります。
それは、
子どもの人生を生きることはできない
ということです。
親が一緒に沈むと苦しくなる
子どもが不安。
だから私も不安。
子どもが悲しい。
だから私も悲しい。
これが続くと、
親もどんどん疲れてしまいます。
そして不思議なことに、
親が不安になるほど、
子どもも不安になることがあります。
なぜなら子どもは敏感だからです。
親の表情。
声のトーン。
空気感。
言葉にならないものまで感じ取ります。
親がオロオロしていると、
「やっぱり大変なことなんだ」
と感じてしまうこともあります。
だからこそ、
親には親の落ち着きが必要なのだと思いました。
今回私が学んだこと
今回、子どもの様子が変わった時、
私はいつもより少し距離を取って見ていました。
放置ではありません。
無関心でもありません。
ちゃんと見ている。
気にかけている。
必要なら動く。
でも、
先回りして何とかしようとはしない。
そんな感覚でした。
そして出てきた言葉が、
「ドーンと平常心」でした。
平常心とは揺れないことではない
私は以前、
平常心とは何があっても動じないことだと思っていました。
でも違いました・・・。
心配はする。
気になる。
不安にもなる。
心ではハラハラしてるし、
いつもより長く見つめてみたりもする。
親だし、当たり前ですよね。
でも、
その不安に飲み込まれない。
少し乱されても戻ってこられる。
いつもの通りを演じる。
それが平常心なのだと思います。
「あ、今私はとっても気にしてる」
そう気づいて、また自分の真ん中に戻る。
その繰り返しでした。
見守るという愛し方
私は今回、
見守ることの大切さを学びました。
いつも通り接する。
心の目で見ておく。
必要な時は手を差し伸べる。
でも、
子どもの不安まで背負わない。
子どもの感情は子どものもの。
親の感情は親のもの。
その境界線を持ちながら、
「大丈夫だよ」と見守る。
それは冷たいことではなく、
むしろ信頼なのかもしれません。
子どもには乗り越える力がある
親はつい、
子どもを守ろうとします。
傷つかないように。
失敗しないように。
苦しまないように。
でも、子どもには本来、
自分で乗り越える力があります。
私たち親にできることは、
その力を信じること。
そして、
帰ってこられる安心な場所でいること。
全部解決してあげることではなく、
「何かあったらいつでもおいで」
と言える存在でいることなのだと思います。
子育てをしていると、
心配しない日はありません。
でも、
子どもの不安を全部背負わなくても大丈夫。
オロオロしながら相手の気持ちを探り続けなくても大丈夫。
必要な時に動けるようにしながら、
まずは自分が落ち着いていること。
そんな
「ドーンと平常心」
を持てる親でいたいなと思った出来事でした。
※今回の記事は、
子どもが小学生高学年の子の話です。
まだまだ幼いお子さんなら、手も、心も話せませんものね。

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