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【SS習作】蟹座の町娘

「……ごめんなさい。高校生が恋愛なんて……お母さんが、いい顔しないから」

なぜ、私はこんなにも、何事も諦めてしまうんだろう。
生まれて初めて好きになった男の子に告白された。それが今。
だけど、断ってしまった。好きで好きでたまらなくて、想いを寄せながら涙に枕を濡らした日もあったのに。
自分の口で丁重に断りながら、私は内心、静かに、自問自答していた。
なぜ、こんなにもすべてを諦めてしまうのか。
……しばらく考えて、行き着いた。
私には諦めることしかできなかったからだ。

これまでの人生、何を発言しても、何を提案しても、母親に必ず、却下されてきた。
身につける服、家庭科のエプロンの種類、通う塾。身の回りのことはすべて、母親に決められて育ってきた。
「ナナミちゃんは、お母さんの言うことを聞いていればいいの」
「そうすればきっと、幸せになれるから……ね?」
一度だけ、演劇部のある高校に入りたいと強く主張したことがあった。
けれど、私が母親の意図にそぐわないことは、よほど彼女の逆鱗に触れたらしい。密かに取り寄せてあった高校のパンフレットは、翌朝には静かに、ぐちゃぐちゃに丸められてゴミ箱に入っていた。
そうした経験から、私には、自分で何かをすることや、何かに期待をすることに対して諦める癖がついてしまったのだ。そしてそれは、こびりつく水垢のように頑固で、私のなかで、とても根深い。

だけど、私の『演劇』への憧れは人一倍だった。
小学生の頃。学習発表会で初めて、舞台演劇というものを知った。
生憎、私に与えられた役割はただの町娘だったけれど。……それでも、国を追放された王子様に町娘として、恐る恐るかたいパンを手渡したあのときの高揚感は、今でも忘れられない。
あの時の台詞はまだ、空で暗誦できる。
『あの……失礼ですが、身分の高いお方とお見受けいたします』
王子様が、君は?と尋ねたら、私は、町娘マリサは、うやうやしく頭を下げるの。
『私はマリサ……マリサ・ミラー。ただの町娘です』
王子様は復讐に暗い炎を燃やす。私はそんな彼の独白を黙って、でも、包むような温かさを持ってして、聴き遂げる。
『いとしい王子様。痛み入ります。私たち国民のために、有難うございます。月並みなことしかできませんが……せめて、このパンを、あなたに』
パンを手渡す。王子様がつぅ、と涙を流される。私は、頭を再び深々と下げて、ただそこに座り込む。
いつまでも。
いつまでも。
これは私の、根幹とも言える、ただ一つの思い出だ。

15になった。私は、母の言いつけ通りに、家政科のある高校に進学した。
不満などない。主張をすることは、愚かなこと。
高校生活で、教師や友人、先輩たちと関わっていく中でも、私は一度たりとも自己主張をしなかった。……今なら分かるけれど、主張をするという選択肢すら、奪われていた。
だけど、文化祭準備のある日。
私のクラスでは、『演劇』をやることになった。

「みんな演劇って、やったことある?」
「えー、なんか恥ずかしー」
「どの役が台詞少ないかな」

「……ナナミは?どの役、やりたい?」

……そう、聞いて。それだけで。
一瞬で心が、あの日の町娘に囚われた。
また違う自分になれる。違う人生を送って、その誰かが私の口を通して喋る。
あの、なにかが報われた瞬間が、また、来る。
私は雷に全身を貫かれた。雷は私を乗っ取って、もう身体は帰っては来なかった。
私は雷になった。
雷は絶えず、鳴り響く。雷は何も恐れなどしない。なぜなら、それは単なる自然現象だから。人間のちっぽけな価値観やトラウマなんてものは、自然現象の前には太刀打ちできないのだから。
身体は、躊躇わなかった。

後に、担任の先生から聞いた話では。私は、ずいぶんと『腹の決まったような』表情をしていたらしい。
そのまま迷いなく、私は挙手をして、自ら演劇の主役に立候補した。
普段、自主的に何かを求めない私の変貌に、周りはひどく驚いていたようだった。

……今回だけ。今回一度きりで、構わないから。
これからの人生、私はもう、決してなにも求めたりはしないから。
だから。

私は、主役になった。皆の拍手を受けながら、どこかで私はぼんやりしていた。
これからどうなってしまうのか、それは、きっと誰にも分からない。
文化祭は、これから。

(終)

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