バレーボールと女
あれは確か私が30才になった年の夏にある高校の体育館に恩師を訪問した際の事。
バレーボールの指導をやっていた女のコーチの方が、凄まじいスパイクを打っていた姿に思わず見入ってしまった。
見事と言うしかない。
スピード、パワー、高さ、どれをとっても素晴らしいお手なみの人で、その彼女が休憩したタイミングで、思わず話しかけてみたを。
[凄いね何処でやっていたの?]と聞いてみたら、当時インターハイの常連校のエースアタッカーだったと言われた時、びっくりしました。
[高校の体育の教師をしています。]と言われて2度びっくりしました。
身長1メートル78センチで垂直跳び1メートル強で主にオープン攻撃、A、B攻撃、セミから打つアタック等どれを取っても1級品でした。
私は彼女に[チームを作って試合に出てみないか?]と話掛けました。
彼女も 「面白そうですね。
やってみましょうか?」
突然の話ですが彼女も乗り気になり、急遽メンバーを集める事にししたのですが、そのメンバーの集め方が凄いのです。
彼女が大学4年の時ユニバーシアードで海外に行ったメンバー3人に声をかけて、高校時代インターハイに出た時のメンバー3人合計7人でチームを作りました。
バレーボールはまるで素人の私が監督をやり、
女房がマネージャーになって急造チーム「未来」を作り、日本バレーボール協会に所属して、大会に出る様になりました。
一般の全日本選手権に10年連続出場した。
会場は関西地方の持ち回りで開催され、毎年夏に行われる為メンバーが夏休みを取り参加した。
なので毎年夏休みとバレーボールと旅行が重なった感じでした。
毎回国体の県予選に出るのですが、チーム結成2年目に決勝戦まで進出したことがあります。
当時は女子のバレーボールの日本リーグが盛んになった時で、決勝で富士フイルムにぶつかりました。
完敗でした。
何といっても現役バリバリの日本リーガーですねー。
飲み物も食べ物もベンチに沢山置いてあって、
何だか物量で負けた気がした。
あと一歩で県代表で国体に出れるチャンスを逃した事もあった。
県代表になればジャージとかユニホームとか支給されるし、憧れていました。
このバレーボールの10年間が私の人生で最も輝かしい10年でした。
