裁判所で初めて「抽選による傍聴」を経験しました
先日、霞が関にある東京裁判所へ行ってきました。 東京裁判所へ足を運ぶのは今回で3回目です。少しずつ雰囲気には慣れてきましたが、まだまだ知らないことも多くあります。
今回、初めて経験したのは「抽選による傍聴」でした。 裁判員裁判は事件の重大性から傍聴希望者が多く集まることがあります。テレビなどで大きく報じられた事件では、傍聴席の数を希望者が上回るため、抽選が行われるのです。
今回、僕が傍聴したのも、メディアで大きく取り上げられていた事件(アメ横の夫婦殺害事件)でした。 ただ、僕は最初から「あの事件だ」と分かって並んだわけではありませんでした。
裁判所の事件検索画面に表示されるのは、刑事事件であること、開始時刻、法廷番号、担当部署(刑事10部など)、罪名、被告人の氏名です。 被告人の名前だけで事件が分かる方もいるかもしれませんが、僕にはそこから「あの事件だ」と結び付けることはできませんでした。 それでも、抽選になるほど注目を集める裁判なら、それだけ社会的な関心が高いのだろうと思い、列に並んでみることにしました。
「14時20分で抽選を締め切ります」 案内にはそう書かれていました。 僕は20分ほど前に裁判所の正面玄関を出て、指定された場所へ向かいました。 そこで整理券を受け取ります。 僕の整理番号は75番。 その後も次々と人が集まり、目算ですが180人前後はいたように思います。
当選して法廷へ入る自分と、外れてそのまま帰る自分。 両方の可能性を想像しながら、静かに待っていました。
14時20分。 抽選が締め切られると、係員の方からアナウンスがありました。
「当選番号をホワイトボードに掲示します。当選された方は左の列へ、外れた方は右側からお帰りください。」
この瞬間は、受験の合格発表で自分の番号を探すときのような感覚に少し似ています。 ボードに張り出された番号を確認すると、そこには75番がありました。 約4分の1という確率を引き当てることができたのです。
抽選による傍聴は、最後は運に左右されます。 今回は運よく法廷へ入ることができましたが、今後も裁判の傍聴を続けるなら、外れることも前提に予定を立てる必要があると感じました。
開廷10分前。 傍聴席への入場が始まりました。 法廷に入ると、裁判官、検察官、弁護人はすでに着席しています。
そして開廷時刻。 民間から選ばれた裁判員の方々が入廷し、その後、被告人である2人の男性が入ってきました。 その際、静かな法廷に手錠が外される音だけが響きました。 見たところ、まだ若い2人でした。
裁判官から判決が言い渡されます。 2人とも、懲役30年。
彼らは直接手を下したわけではありませんでしたが、道具の準備、車の手配、証拠の隠滅、そして死体遺棄に関与したと認定されています。 懲役30年は、有期刑としては最も重い刑です。
今回は判決公判だったため、傍聴時間は20分ほどで終わりました。 個人的には、裁判を傍聴する意義は初公判で事件の全体像が明らかになる場面や、証人尋問・被告人質問で交わされる言葉にあると感じています。 そのため、手続きが淡々と進む判決公判は、時間も短く感じられました。 それでも、「懲役30年」という言葉が法廷で告げられた瞬間の空気には、独特の重みがありました。
今回判決を受けたのは、事件の首謀者でも実行犯でもなく、その仲介役とされる人物です。 今回の事件では複数の関係者がおり、それぞれ関与の度合いや主張も異なっています。 だからこそ、この事件は多くの人の関心を集め、傍聴希望者も多かったのだと思います。
今回、改めて感じたことがあります。 裁判所へ行けば、いつでも注目事件を傍聴できるわけではありません。
また、裁判所のホームページに掲載される抽選に関する情報は、具体的な事件名がないだけでなく、被告人の名前すら伏せられているため、それだけでは何の事件の抽選なのかを判断することができません。メディアの公判に関する情報と、裁判所のホームページの抽選に関する情報の両方を見比べる必要があります。
東京裁判所の建物内の検索画面には、事件名がなくとも、被告人の名前が掲載されるので、そこでなんの事件かぴんとくる人もいるかもしれませんが、東京裁判所ホームページの抽選に関する情報では被告人の名前も伏せられているため、事前の段階ではますます見当がつかなくなっています。
また、世間的注目度の高い裁判員裁判では抽選という運もあります。
法廷を通して社会の構造を観察しようと思えば、日頃からニュースに目を向け、裁判所の情報と照らし合わせ、そして抽選を突破する運も必要です。 今回の経験を通して、裁判を傍聴することは、法廷に入る前の情報収集も含めた一つの学びなのだと実感しました。
