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振っても振っても、前に進まないすごろくがある

あなたは、「すごろく」をしたことがあるだろうか。

振っても振っても、コマが“前に進まない”すごろくを。


「やったー!6が出た!」
そう思ったのに、また振り出しに戻る。
前に進みたいのに、進めない。

1か月経っても、1年経っても、前に進めないと感じることがある。
でもそれは、努力が足りないとか怠けているからではない。
ただ、自分の心を思うようにコントロールできないこともある。


私自身、この一年を振り返っても、何か大きな変化があったわけではない。
「進んでいるのかな」と不安になることもある。
もしかしたら、人から見れば「1」にも満たない歩みかもしれない。
けれど、同じように感じている人はきっと少なくないだろう。


今、私は認知症の方とかかわっている。
毎日のように電話をするけれど、その人も、少し進んだと思えば、また振り出しに戻ってしまう。
たった10分前に「3」まで進んでいたのが、気づけば「0」に戻っている。
いつかはマイナスになる日も来るかもしれない。

それでも、その時間を共に過ごしたことは、確かに残っている。
本人が忘れてしまっても、周りの人が覚えていることで、その人の歩みは消えない。
私にできるのは、そのことを願い続けることくらいだ。


先日、1年ぶりに電話をくれた友人がいた。
10年も20年も、同じ悩みを抱え続けている姿に、驚きと切なさを感じた。
けれど「努力していない」わけではないのだとわかる。
止まってしまう時間も、もがきながら同じ場所にいる時間も、その人なりの歩みなのだと思う。


結局、誰のすごろくも、自分でサイコロを振るしかない。
私が代わりに振ることはできない。
でも、誰かが一人で立ち止まっているときに、隣にいることはできるのかもしれない。
「忘れないでいること」や「ただ話を聞くこと」が、その人にとって前へ進むきっかけになることもあるのだろう。

私自身もまた、思うように進めないときがある。
だからこそ、前に進めずにいる誰かの気持ちに寄り添えるかもしれない。


まだ答えは見つかっていないけれど、
悩みでも、病気でも、学びでも......
すごろくを振っても前に進めないと感じる人のそばで、「一緒に立ち止まること」に意味があると信じたい。

進むことだけが価値ではない。

立ち止まる時間も、戻ってしまう時間も、その人のすごろくの物語のひとつ。

私もそのことを忘れずに、力になれる方法を探していきたい。



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