料理ができるようになったんじゃない
料理ができるようになったのではない。
作りたい人ができたんだ。
私は結婚するまで、料理なんてほとんどしなかった。
母に「結婚したらできるよ」と言われ、その言葉に甘えていた。
でも、結婚して3日目。
天ぷらを揚げようとしたら、50センチの炎が上がった。
みりんが料理を甘くするものだと知ったのは、ずっと後のことだった。
そんな私が、今ではお弁当作りに夢中になっている。
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1人目の息子が離乳食のころ、外出する時はいつも手作りのごはんを持っていった。
1歳になり、自分の手で食べられるようになった息子。小さなおにぎりやおやきを作った。
息子が1歳2か月のとき、私は2人目を妊娠。
つわりがひどく、ごはんの匂いを嗅ぐのもつらかった。
息子には市販の離乳食を用意する。
でも、食べなかった。
"やっぱり、私の作ったごはんがいいのかな"
しんどいはずなのに、そう思うと少し嬉しかった。
だから、決めた。
息子のごはんは、私が作る!と。
2歳半になるまで、外では私の作ったものしか食べなかった。
けれど、ふと気づく。
"私のごはんだけでは、味や食材の幅が狭くなってしまうかもしれない"
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3歳で幼稚園に入園。
初めての給食はカレーだった。
"刺激物は、まだ与えなくてもいいかな"
そう思っていたけれど、慣れない環境で、初めての給食。
友だちや先生と楽しく食べられないのは、もっとつらいかもしれない。
前日の夜、家でもカレーを作ってみた。
息子はひとくち食べて、なんとも言えない表情をした。
もちろん、ふたくちは食べなかった。
それでも、園と協力しながら少しずつ慣れていき、今では食べられるようになった。
苦手なものも、少しずつチャレンジしていると、先生が教えてくれた。
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幼稚園のお弁当は、特別な日。
遠足や行事のとき、子どもたちはお弁当を楽しみにしている。
けれども、彩りや栄養を考えて、少しでも苦手なものを入れたくなる。
ぐっと抑えた。
初めての園でのお弁当。
息子のリクエストは「パンとりんご」だった。

帰宅すると、ピカピカのお弁当を見せてくれた。
「全部食べたよ!」
我が子の「できた!」は、こんなにも嬉しいものなんだと知った。
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好き嫌いが多いと、お弁当のレパートリーが限られる。
でも、安心して食べられることの方が大事だと気づいた。
だって、幼稚園に行くのを嫌がっていた息子が、嬉しそうに行って、嬉しそうに帰ってきて報告してくれる姿を見たから。
1日に3食あるから、1日の1回くらい、好きなものでもいい。
けれども、やっぱり栄養のことも考えたい気持ちと葛藤することもある。
息子は、便秘だったから。
「トマト、入れてもいい?」
「ブロッコリーときゅうり、どっちがいい?」
息子と相談した。
少しずつ、「入れて」だけではなく、「入れてもいいよ」と言ってくれるものが増えた。
自分で選んだものなら、ちょっと苦手でもチャレンジできる。
食べられると、自分でも嬉しい。
食の幅が広がっていった。

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「次のお弁当が、幼稚園で食べる最後のお弁当なんだよ」
そう伝えると、息子は言った。
「えー!やだー!あと5回は食べたいなぁ♪」
これまでの私へのご褒美のような言葉だった。
最後のお弁当は、息子が自ら何を入れるか考えていた。
息子の描いた絵をもとに作ることにした。

「これがウインナーで、これがゴールドマリオ!」
ひゃ〜、最後にしてなんと難しいリクエスト。
特に、金…どうしよう…。
悩んだ末に、話し合いの結果、マリオのキャラクターを詰めることに。
息子も大満足してくれた。
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前の晩。なぜか私は38℃の熱が出た。
最後のお弁当、作れないかもしれないと思った。
でも、私は作った。
作っているときに駆け寄ってきた息子の笑顔にホッとした。

お弁当には、私からの手紙も添えた。
きょうで ようちえんの おべんとうは さいごになるね。3ねんかん「おいしかったよ」っていいながら たべてくれて ありがとう。ままは とっても うれしかったよ。きょうも みんなと たのしく すごしてね♪ ままより
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帰宅後、息子はまたフタを開けて見せてくれた。
「全部食べたよ!」
お弁当箱のフタには、手紙が貼られたまま。
「読めた?」と聞くと、息子は言った。
「読んだよ。〇〇くんに読んでもらった!美味しかったよ」
そう、
どんなお弁当でも、息子は必ず「美味しかった」と言ってくれる。
何気ないその一言が、お弁当を開いた瞬間の笑顔を想像させてくれる。
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最後に息子へ作るお弁当は、いつになるだろう。高校生の卒業前かな。もしかしたら、大人になって独り立ちする朝かもしれない。
でも、どれだけ月日が経っても、「美味しかったよ」の一言で、私はきっとまたお弁当を作る。
だって、息子の喜ぶ姿が見たいから。
料理ができるようになったのではない。
作りたい人ができたんだ。
