「こんなの読む人いるのかな」に揺れながら、初めて“ファン”ができた夜
「こんなの、読む人いるのかな」
気づけば、noteを書き続けるうちに、私にはある“癖”が自分の中に根づいていました。
▪️文章が長くなってしまって、「こんなの読む人いるのかな」と投稿後、不安になる
▪️SNSでは短くて映える言葉が好まれるけれど、それでも私は言葉にしたくなる
今日は、そんな「書くこと」と向き合う中で見えてきた、自分の気持ちを綴ります。
その先で、思いがけず「ファン」という言葉をもらった、忘れられない夜のことも。
・書くことに向き合っている人
・日々の出来事を、丁寧に言葉にしてみたいと思っている人
・少しだけ、「自分の言葉」に迷っている人
そんなあなたへ。
読んでくださるあなたが、ほんの少しでも「自分の書く癖」を愛おしく思えるような時間になればうれしいです。
たくさんの発信のなかで、noteは“自分の居場所”
私はnote以外にも、Facebook、Instagram、Threads、Xを使っている。
FacebookとInstagramは連携して投稿していて、子どものころから好きだったハンドメイドやお弁当、工作などを載せている。わが子のエピソードも少し添えて、幸せな日々を綴っている。学生時代からの友人が多く利用していて、その繋がりを大切にしたくて、育児共有のような場として使っている。
Threadsは、なんとなくで去年から登録していた。Instagramと連携していて、偏食のわが子へのお弁当投稿だけに絞って使っている。
身近に住む人の情報がすぐ目に入るのは便利だけど、「友だちになってください」とか、批判的なコメントも多い。ちょっと怖くて、ほとんど触れていない。
Xでは、私の日常でふと思うことを。子育てのことや自然植物のことを140文字に詰めている。
noteでは、ありのままの自分の気持ちを言葉にしている。
多くの収益を望んでいるわけでもなく、ただ書くことが好きで、ふと誰かのnoteを開くのも楽しみになっている。
でも、noteに集中しすぎると、他のものにあまり手をつけられなくなってしまう。
「書く」って、楽しいだけではなく、自分の気持ちを言葉にすることでストレスが発散される。
そのため、いくつも書く場所はいらない。というか、いくつもは書けない。書き続けている育児日記と、もうひとつあれば、本当は十分。
noteだけに書いていると、今まで大切にしてきたFacebookやInstagramへの投稿が滞ってしまう。友人との情報共有も減り、少し寂しくなることもある。
noteを書かない日は、FacebookやInstagramに投稿するようにしていた。けれど、どうしても文章が長くなってしまう。
Facebookは、長文投稿も多いけれど、Instagramは写真がメイン。
昨日も投稿したあと、「ああ、文章が長くなっちゃったな」と思って。
noteで1500〜2000文字くらい書いているせいか、1000文字に抑えたつもりでも、長く感じてしまう。
投稿したあと、「こんなの読む人いるのかな」と不安になる。もともと周りには、読むのが苦手な人が多いし、Instagramでは“かわいい写真”が求められている。
それでも、読んでくれる人はいて、コメントをくれる人もいる。
“ファン”と言われた夜、自分を許すことができた
昨日、子どもたちを寝かしつけたあと、コメントをくれた友人に「今日は夫もいなくてひとりなんだ〜」と伝えると、
「こんな時、一緒にお酒飲みながら、おしゃべりしたいね♪」なんて言ってくれた。
そのため、ふとつぶやいてみた。
(伊予弁丸出しのメッセージ、そのまま載せます)
最近、文章書いてたら、いろいろ細かいこと考える癖がついてしまって。イライラとかではなく、嬉しい気持ちがほとんどなんやけど、他人からしたらどーでもいいよなーって、小さなことに目を向ける自分がめんどくさいなぁ、と思うんだよね〜。悩みです。
今日もインスタ書きすぎて、欲張りやなーと。
インスタって写真メインやったのに、note書いてたら癖でたくさん書いてしまうようになって。
忙しくて、本読む人も減ってる中、こんなのどうでもいいやんって、書いて自分に突っ込んでた🥲言葉にしたくなるんよねー。
すると、友人からこんな言葉が返ってきた。
文章書くって私からしたら凄いことで、頭では思っててもさらさらーっと手に降りてくるって普段からそうしてるからだよなぁって。
私がすると時間かかって疲れて結局何書きたいかわからん文章になるから〜
カハリーちゃんの文章は分かりやすいしその時の情景がめっちゃ浮かぶんよ。〇〇くんや〇〇ちゃんの表情とか…どんどん読んじゃうからあっという間に😆やから私は楽しく読ませてもらっててファンみたいな✨️新しい投稿見たら新刊や😍って嬉しくなる感じ😂このまま続けてください☺️
直接「ファンです」なんて言われたのは初めてだった。
彼女は、私の第一号のファンになってくれた。
そのあとのやり取りでも、私の“そのとき”の気持ちを読むのが楽しいとか、私が彼女に宛てた言葉も、よく覚えていて話してくれた。
最後に私はこう伝えた。
わぁ〜ん😭ただの自己満の自己中の思いぶつけまくりの文章を覚えててくれてるなんて嬉しすぎる😭ありがと〜😭
それでも、私は語彙力はないからさ、本が読みたいんよね。全然読めないんだけど、これも信じてもらえなかったりする🥲noteは書くと同時に読む訓練も兼ねててね。もっと思考を深めて、芯をもって人の役に立ちたいんだよね〜。なんとなくじゃ、信じてもらえないから😂もっと努力しよ。あ、独り言です🙇♀️
嬉しい言葉をありがとね。
〇〇ちゃんは、子どもたちが繋いでいるママ友じゃなくて、私の友だちって感じです。これからもよろしくお願いします🙇♀️
すると、また届いた。優しい言葉。
向上心が凄い😆
これからの文章も楽しみにしてる☺️
カハリーちゃんの文は人の心惹きつけると思う。お世辞でなくほんとに!
こうやっていつも私の心を動かしてる!前向きにさせてくれてありがとう😌
こちらこそ、これからもよろしくお願いします✨🥰
友人の励ましてくれるような言葉。救われた。
私は友だちに「ファン」って言われた昨夜、少しだけ自分を許せた気がした。
自信のなさと、それでも書きたい気持ち
私は「書く」ことに自信がない。
小学校のころから、なんだかんだ日記を書いてきた。
高校では弁論大会で2度優勝。卒業式では答辞も読んだ。
保育士になると、毎日A4用紙に5mm文字びっしり。
月案・週案とその反省はA1サイズ両面にびっしり。
保護者との連絡帳を毎日20〜30人分。
「書くこと」や「言葉で伝えること」を、ずっと訓練されてきた。
それでも自信がないのは、学校での成績。
「国語力なんて関係ない」と言われても、落ち込んだ記憶は、簡単には消えない。
本当は、消したい。でも、なかなかできない。
読書も苦手。
noteを書いている人の中には、読書が好きで、作家になりたいという夢を持つ人が多くてキラキラして見える。
私はそれを見るたびに、隠れたくなる。
そういう夢、持ったこともなかったから。
尊敬しちゃう。
でも、noteを書いていると、自然と他の人のnoteを読むようになった。
何万字は読めなくても、500文字、1000文字、2000文字……少しずつ、読めるようになってきている自分にふと気づいた。
noteは、私にとって「書く楽しみ」であると同時に、「読む訓練」にもなっていた。
読んでいるうちに、楽しくなって、本を読むことは苦手だけど「好きになりたい」と思うようになった。
得意にならなくてもいい。好きで十分。
私の言葉だけでは、やっぱり人の心に届けるのは難しいと思っている。
本も読んで、もっと思考を深めて、芯をもって言葉を届けたい。
長い道のりかもしれないけれど、「書くこと」は手放さないように。
あなたにも、そっと見守ってもらえたらうれしいです。
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ここまでで今日は、約3000字です。
それでも読んでくださる方がいるというのは、本当にうれしいこと。
ありがとうございました。
