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あの日、“母”は生まれた


母になるって、産んだ瞬間だと思っていた。
時間が経てば自然になれると思っていた。

でも違った。

“自分の気持ちよりも大切なもの”に気づいたとき
人は母になるのだと知った。

あの日の私は、まだ知らなかった。




今日は、7年前のあの日と同じ日。
あなたが、夜中にわが子の笑顔を見て泣いた、あの日の夜。

「大丈夫?」
あの日のあなたにそう声をかけても、きっと「大丈夫」って答えたでしょうね。
涙をこらえて、笑おうとして。

でも今なら、あの夜の痛みも、涙も、ちゃんと意味があったんだなってわかるよ。
あの日を乗り越えたから、今の私がいる。
あの日を乗り越えたから、母になれた。

今日は、そんなあなたが「母になった日」のことを書いてみます。


あなたはちゃんと母になれたから、心配しないでね。


妊娠と出産、でもまだ

あなたはね、妊娠がわかったときも、出産を終えたときも、すでに母だったのよ。
けれど、あなたは不思議だった。
自分のお腹の中に命があることに。

息子が生まれてきたときも、泣いている夫の横で、あなたはホッとしていたよね。
寝ることもできず、食べることもできず、24時間の痛みからやっと解放されたんだもの。
よく耐えたわね。

病室に戻ると、ベッドで横になって、まだ少しふっくらしているお腹を見つめていたあなた。
でも、もうお腹は動かない。生まれてきたわが子は、あなたの隣で眠っている。
やっと会えてうれしいはずなのに。
母になった実感よりも、寂しくなって泣いていたよね。

「お母さん」と呼ばれても、違う人のことのように感じた。
「ママですよ」と言う自分の姿にも、なんだか照れくさくて、ぎこちなかった。
だって、まだ母になりきれていなかったんだもの。

そんな自分に “大丈夫かな” とも思ったよね。
“私はママなんだ” って、何度も心の中で言い聞かせていたよね。


それでも、2018年11月13日。
あの日、あなたは母になった。

右のおっぱいの傷

あのころのあなたは、毎日必死だった。
息子が生まれて1か月と少し。
右のおっぱいが、えぐれるほどの怪我をしていた。

妊娠7か月のとき、産婦人科でおっぱい外来を受けて、初めて自分の体の形を知ったんだよね。
扁平乳頭」なんだってことを。
そのことで辛い思いをするなんて、ちっとも思っていなかった。

「飲みにくい形」だと知ってから、毎晩お風呂上がりに専用クリームをつけて、マッサージを続けていた。
でも、生まれて飲ませてみたら、全然ダメだった。
飲みづらくて口をすぐに離して泣く息子。
うまく飲ませられなかった。

泣く息子を抱えて、何度も何度も角度を変える。
頭を持ってパクッとくわえさせたり、飲みやすい形にマッサージをしてから飲ませたり。

それでも、息子はうまく飲めずに泣いていた。
あなたは簡単に飲ませられるものだと思っていたから悩んだ。

看護師さんに「飲むのがちょっと下手くそだね」と言われた。
まだ生まれてたったの3日なのに、“この子は下手なんだ” と本気で思い込んだ。

けれど違った。
息子は、飲みやすい形を待っていただけだった。
ゴム製の乳頭保護器をおっぱいにつけた途端、上手に飲めた。
お互いホッとした。


退院してからは、母乳だけで育てることにした。

1時間おきの授乳が、2時間、3時間と伸びて、うれしかった。
あなたの寝られる時間が少しでも増えただけじゃなくて、たっぷり飲めているんだなって安心したから。

けれど、1か月が経ったころ、ゴム製の乳頭保護器が破れた。
あなたは「もう、飲みやすい形になっているから」と、そのまま吸わせ続けた。

それから数日後。
小さな痛みを我慢していたら、乳輪がえぐれた。
痛みで体が震えた。
30分もの間、洗濯バサミでパチンって何度もやられているような痛みだった。
なのに...

あなたはやめなかった。

母乳には息子を守る力があると信じていたから。
どんな痛みも、歯を食いしばって我慢して、あなたは息子に母乳を飲ませた。

真っ赤なガーゼと息子の笑顔

その夜。
薄暗い部屋で、いつものように授乳をしていた。
息子が飲み終え、抱き上げてゲップをさせた。
ゲボっと音がして、ガーゼに吐き戻しが落ちた。
「いつものこと」と思って見た。

真っ赤だった。

あなたは一瞬、病気かと思って息が止まった。
けれど気づいた。
あなたの血だった。
息子が血を吐いたんじゃない。
あなたの傷口からあなたの血を、息子が飲んでいた。
母乳じゃなかった。

あなたは怖くなった。
血をたくさん飲んでも大丈夫だったのだろうかと。

けれど、息子を見ると......




優しく笑っていた。



あなたはその笑顔を見て、泣いた。

反射的な笑みだとはわかっていた。

それでも、
「ぼく、大丈夫だよ」
そう言われた気がした。

あなたは笑い返すことができなかった。
息子をぎゅっと抱きしめた。
「ごめんね」って言いながら。
涙は止まらなかった。

真っ暗な中、血のついたガーゼと息子の服を洗った。

息子のもとに戻ると、今度はうんち。
オムツを開けると、真っ黒だった...。

あなたは震える手でオムツを持ち、息子を抱えて、寝ていた夫のもとへ走った。

「血を飲ませてしまったの。そしたら血を吐いて…うんちも黒いの…」

あなたは泣きながら言った。
そして続けてこう言った。

「私のせいだね。私のせい。母乳にこだわり過ぎたからだよね。美味しくもないのに、笑ってくれたんだよ。私のわがままだよね」

涙はもう、溢れて、溢れて、止まらなかった。
声が出るほど、泣いていた。

夫は戸惑っただろう。
それでも「明日、病院に行ってみよう」と静かに、優しく背中をさすってくれた。


翌日。
小児科の個室で先生が言った。
「お母さんの血を飲んだんでしょう。大丈夫ですよ」

あなたは、ホッとした。
息子も先生を見て、笑っていた。

隣にいた看護師さんも声をかけてくれた。
「私も切れたのよ。痛かったでしょ」

あなたは、「痛い」と言えなかった自分に気づいた。
痛みに耐えてきた気持ちが、涙になる瞬間だった。

看護師さんは、続けてこう言った。
「それから母乳が出にくくなっちゃってね」

“これからどうしたらいいのかな”って思っているときだった。

“もう出なくなるのかな”
“諦めなきゃいけないのかな”

不安と悲しみでいっぱいになった。
でも、涙は流さなかった。

“わがままだもんね”って、また自分を責めた。

ひとりで泣いていた日々

家に帰って、右のおっぱいを休ませることにした。
傷が治るまでの2週間。あなたは、左で授乳しながら、足りない分をミルクで補った。
そして息子が眠るたびに、あなたは台所に立った。

痛みに耐えながら血の混じった母乳を絞って、泣きながら流しに捨てた。

朝も、昼も、夜も、夜中も。
1時間おきに。
あなたはひとりで泣いていた。

母になった夜

息子が笑って、あなたが泣いた日。
あの日、“母”は生まれた。

息子が血を吐いて、それでも笑ってくれたあの日の夜。

母乳にこだわったのは、息子を想ってのこと。
けれど、その想いが“わがまま”だったと気づいた瞬間。あなたは初めて、
自分の気持ちよりも大切なものを知った。

息子は何も責めなかった。
泣いているあなたのそばで、笑って励ましてくれた。
その笑顔を見て、あなたは心の底で誓った。

自分の気持ちを押し付けちゃいけないって。
この子の心を守って生きていこうって。

あの日、あなたは母になった。
流した涙の分だけ、息子への想いが深くなった。
傷ついた身体で、抱きしめていた。


7年たった今も、あの日のあなたを思い出す。
息子の笑顔が、あなたの涙を優しいぬくもりに変えてくれたあの夜を。


ねぇ、私はあなたに伝えたい。
あのとき自分を責めてばかりだったあなたに。


痛かったね。
辛かったね。
よく頑張ったね。

あの日、あなたは母になったんだよ。
あの日のあなたがいたから、
今の私がいるんだよ。

7年後のあなたは笑っているよ。
母になってくれて、ありがとう。

私は母になれて、幸せです。

娘と息子が、初めて書いてくれた
愛情たっぷりの
「ぱぱ まま だいすき♡」


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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

noteを書きはじめて1年。
この日のことを、ずっと書こうと思っていましたが、書けずにいました。思い出すのが辛くて。
母乳に「そんなにこだわらなくてもいい」って言われるだろうとか、「そんなに無理することないでしょ」って言われるのも怖かったんです。私のわがままだって気づいたから。

でも、note公式さんの企画  #あの日母になった私へ をきっかけに、言葉にすることができました。
子育てで、一番辛かった経験です。でも、そのときが母になれた瞬間でもありました。
読みながら、辛くなってしまった方、申し訳ございません。
7年前の思いと、今の思いを、こうして言葉にでき、読んでくださる方がいて、うれしく思います。

本当にありがとうございました。


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