母のお弁当は世界一!今だから伝えたい心からのありがとう
あなたは、お母さんが作ってくれたお弁当を覚えていますか?
茶色ばかりのお弁当だった。
いつも同じ内容のお弁当だった。
フルーツいっぱい入れてくれてた!
塩加減のちょうどいいシャケおにぎりが美味しかった!!
当時は、
もっと色鮮やかなお弁当が良かった。
〇〇ちゃんのお弁当がうらやましかった。
嫌いなものは入れてほしくなかった。
そんな気持ちにもなっていたかもしれない。
でも、どのお弁当も、あなたのお母さんが、あなたのために作ったお弁当。
どんな想いで作ってくれていたのでしょうね。
私が保育士をしているとき、勤めていた園は毎日お弁当だった。
子どもたちが食べ始めると同時に、子どもたちの笑顔とそれぞれのお母さんの想いが詰まったお弁当がテーブルに並んでいた。
子どもにとってはちょっと食べにくいけど、ご飯は麦ご飯。身体に良い食材を詰めたお弁当。
フルーツが大好きな子には、ご飯よりもフルーツたっぷりのお弁当。
好き嫌いが多くて、「カハリー先生、何作ったら良いのかわからないんです」と相談されてきたお母さんは、いつも同じ内容のお弁当から、1つ新しいおかずに挑戦していた。
クリスマスには、うずら卵で作ったかわいいサンタクロースが入っている子もいた。
「せんせい!この柿、変な味がする」っていうから食べてみると、渋柿だったり。
「せんせ〜い、食べれん、、、イカがこっち見てる」と。お母さんも仕事で忙しい方だったから、夜ご飯の残りだったのかな?ちょっと大人のお弁当だったり。
一人ひとり、人が違うのと同じように、お弁当の内容も人それぞれ。
お母さんの苦労や想いが感じられるお弁当だった。
今、私は息子や娘にお弁当を作っている。
早起きして作るの、大変だなと思うこともある。
何日か前から何を入れるか、そのためには何を買うかも考える。
好き嫌いもあったり、栄養も考えたりする。
母がしてくれていたことを、自分がする立場になって、母親の苦労を知った。
いや、母は私以上の苦労をしていたと思う。
母は、私が幼稚園から小中のぞいて、毎日約20年間結婚するまでお弁当を作ってくれた。
私が小学校3年生から仕事にも行くようになったため、大変だったと思う。
でも、母の作ってくれたお弁当は、誰もの記憶に残るものだった。
幼稚園のとにきに作ってくれたお弁当で、私がよく覚えているものは、キティちゃんのお子様プレートに入れていたり、イクラを入れてくれていたりしたことだ。
母が先生から聞いた話で、クラスの友だちが私のお弁当のおかずを欲しがって、1つずつあげていたこともあるらしい。
当時担任だった先生からは、同じ職場で働いたとき「カハリーのお弁当で、お店でも出たばかりのパプリカを初めて見てねー。1つ食べさせてもらったんよ!」と。
最近やりとりした友だちからは「小学校のとき、カハリーのお弁当がかわいくて、うらやましかったの覚えてるよ。人参をお花型にしてあってさ〜、私のお母さんのは茶色だったよ〜」とか。
私が社会人になっても母は早起きしてお弁当を作ってくれていた。
保育士をしていたときは、保護者にも「食べるのもったいない!」って、言われた。
お母さんや子どもたちが、敷物をぴょんぴょん超えて、私のところまでお弁当を見に来てくれていた。
中でも、よく覚えているのは、一つ一つ具材の違うものを小さな丸いおにぎりの上にのせて、細く切った海苔で巻いた手毬寿司弁当。
本当に色鮮やかで、きれいで、今思えば、写真撮っておくんだったなぁと思う。
もう、私の記憶でふんわりとしか覚えてない。
母のお弁当は、
とっても美味しかった。
とっても嬉しかった。
とっても、かわいくて、美しかった。
私は周りの友だちがどんなお弁当だったか、全く覚えていない。
2歳からのたくさんの記憶があるにもかかわらず覚えていないのは、それほど母のお弁当が嬉しかったからだと思う。
私の自慢のお弁当。
私にだけ作ってくれた母のお弁当。
嬉しさいっぱい口に入れて、心も身体も満たしてくれていた。
あぁ〜、母になんて伝えようかなって思いながら書いていたら、また食べたくなってきちゃったな。
結婚してからは、母のお弁当と私の作ったお弁当の写真をそれぞれ撮って、姉を通してLINEで毎日送り合っていた。
約1年半。
このnoteを書くのにLINEを見返してみたら、私に子どもができ、仕事を退職し、挙式をあげる2日前で、そのやりとりは終わっていた。
これが、その時の母のお弁当。


写真に残していなくて残念。
もうすぐ姉も結婚する。
きっと娘が2人いなくなるのって、寂しいと思う。何もいわないけど。
お弁当を作る機会も、あと、家にいる父や兄だけ。
末っ子の私に1番お弁当に手間暇かけて作ってくれていたから、楽にはなったけど、誰かに喜んでもらえるお弁当は、母にとっても嬉しかったと思う。
私は今、子どもたちにお弁当を作っている。
でも、いつまで作ることができるのかなとふと思う。そのうち面倒になってしまうのかもしれないけれど。
母はどんな思いで作ってくれていたんだろうと母の気持ちを思いながら作っている。
今しかできないことを、子どもたちが食べる姿を想像しながら。
お弁当作るのって、大変だよ。
ご飯作るの得意じゃないし。なんなら結婚してから作りはじめたから、お料理の経験も7、8年。
でも、母がしてくれたことだから、できるんだよ。
もちろん、子どものためでもあるけど。
母親って娘にとって、いつまでも目標の人なんだよね。
やるからには、私は楽しみながらやっているよ。
なんでも、子どもと過ごす中での楽しさを見つけて過ごしてる。
だから、お弁当作り大変だけど、とっても楽しい。
最後に、結婚式で伝えたけど改めて。
ママへ。
20年間、栄養満点で、とっても美味しく、とっても美しいお弁当を作ってくれて、本当にありがとう。
ママのお弁当は娘にとって自慢のお弁当だったよ。
ママが作ってくれたお弁当に負けないくらい、私も母としてもっともっとがんばる!
ママのお弁当は世界一!たくさんお花が咲いた幸せいーっぱいのお弁当だったよ。ありがとう。
ママ。今度一緒にお弁当作ろうよ。
ママのお弁当、ずっとずーっと食べていたくてね。
だって、ママのお弁当、大好きだから。
忘れたくないんだよ。
今度は写真、撮らせてよね。
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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
母親がどんな想いでお弁当を作っていたのかはわかりませんが、作ってもらっていた子としての思いを書きました。
このnoteを読んだからといって、お弁当を作るのが楽にはなりません。
でも、食べる側になったときの感謝の気持ちを、私は大切にしたいなと思っています。
今日のお弁当を作ってくれたのが、母親、彼女、友だち、たとえ自分であっても、スーパーで買ってきたとしても、あなたのために作られたお弁当です。
「いただきます(ありがとう)」という気持ちで食べると、より一つ一つの味が美味しく感じられます。
ここにあるお弁当は、誰からかの愛情が、詰まっているんです。
