「保育園を立ち上げない?」突然の分岐点が見せてくれた景色
「ねぇ、保育園を立ち上げたいんだけど、一緒にしない?」
夢を叶えてくれたようだった。
声をかけてくれたのは、幼稚園で一緒に働いていた上司。30年以上の経験を持つ大ベテランの先生だった。
私はそのころ、保育士として3年間勤め、大学に編入してから再び同じ園に戻ってきたところだった。しかも、その園は私自身が卒園した母園。長い時間を過ごしてきた大切な場所。
それでも、私は迷わず答えた。
「あ、はい!したいです!」
ただ同時に、「なぜ私なんだろう?」という思いもあった。先生のようなベテランではない。経験の浅い私をパートナーに選んでくれたことが、うれしくも不思議でならなかった。
ワクワクの始まり
まだ夏のころ。園長先生には退職のことも、新しい園のことも伝えていなかった。
私たちは、園庭でこっそりと未来の話をした。枝で地面に校舎の絵を描きながら、上司は楽しそうに語った。
「ここが保育室で、ここが園庭で…」
その姿に、私の胸もワクワクした気持ちでいっぱいになった。
新しい理事長夫婦に会い、土地を見に行き、必要なものを話し合う。園の名前も一緒に考えた。ネットで検索し、ほかとかぶらないように工夫した。後輩も仲間に加わり、外観の色や絨毯の種類、安全面やおもちゃの選定まで、少しずつ整えていった。
退職、そして新しい一歩
3学期に入って、園長先生に退職を伝えた。何度も断られたけれど、最後にはうなずいてくれた。
退職を知った在園児や卒園児たちは、別れを惜しんでくれた。
出勤日に合わせて会いに来てくれた女の子が「また会えるよね?」と走り去った姿は、今も忘れられない。
そして私は退職。
春、新しい園のチラシを手に近所を回った。初めてのチラシ配りに戸惑いながらも、たくさん配った。「まだチラシいります!」と追加をお願いした。広報にも掲載してもらい、少しずつ園の存在を知ってもらった。
最初にやってきたのは、生後3か月の未熟児で生まれた赤ちゃん。まだ3000gもなかった。軽いはずなのに、命の重さを強く感じた。
幸せな時間と、学び
やがて子どもたちが増え、私の膝の上には次々と園児が座ってきた。
「バスにのって、ゆられてる、ゴーゴー♪」
歌いながら、たくさんの子を揺らした。
0歳児の授乳と睡眠のリズムを管理しながら、抱っこしたまま離乳食を準備したこともあった。
地震が来たとき、とっさに赤ちゃんを抱きかかえたこともある。
抱っこしたときに私のエプロンをギュッと握ったまま眠る子を見ていると、忙しくても、かわいくて、愛おしい時間だった。
以前の園では、子どもを想う保護者の強い気持ちに押しつぶされそうになったこともあった。
今思えば、私が保護者の気持ちをわかっておらず、ただ不安と恐怖に押しつぶされそうになっていただけなのだけれど...。
親の視線を意識してしまう自分がいやだった。たくさん葛藤した。
けれども、一から園をつくる経験は、私に大切な気づきを与えてくれた。
“やっぱり私は、子どもの気持ちを一番に考えたい”
環境を変えることは、自分の軸を見直すきっかけになる。
もちろん、お金の問題で理事長とぶつかることもあった。けれど、子どもと保護者にとって大事なのは「安心して預け、安心して過ごせる場所であること」。私は守り続けた。
10年経って思うこと
私は主任という立場でかかわっていたが、結婚のため退職した。
けれど、あの園で過ごした日々は今も私の財産だ。
退職後、ふとしたきっかけで、私と一緒に写った写真を見た2歳だった元園児が「わたし、この人に会いたい」と言ってくれたと知った。もう中学生になっている。お母さんには再会できたけれど、たとえ辞めても、あの子にとって私は「先生」で、私にとっても大切な子ども。
心のつながりを持ちながら、わが子とは違う感情が膨らむ。ずっと見守っていきたい。
キャリアの分岐点で得た気づき
私は保護者の目を気にしながら保育するのが、嫌だったんだ。本当に大切にすべきことや、子どものことを一番に考えたいという思いにどうすればいいのか悩んでいた。
そんなときたまたま「一緒にしない?」と声をかけられて踏み出した一歩。それがなければ、私は深く「子どもに寄り添う保育」ができずに、大切な何かを見失っていただろう。
キャリアの分岐点は、いつも突然訪れる。
「やってみたい」と心が動いたなら、それはきっと、自分の考えをあらためるチャンス。
新しい環境に飛び込むことは、怖さもある。うまくいくなんてわからない。でも、ワクワクした気持ちで飛び込んだ。
大変だったよ。苦しいこともあった。子どもの前で泣きたくなることもあったけど、子どもの笑顔を見たら泣くことはできなかった。自分の役割に責任を感じた。
でもね、その道の先には、あのとき選ばなければ出会えなかった人や時間が待っている。
園児の笑顔
保護者との信頼関係
仲間と一緒に形にした園舎。
そして「先生に会いたい」と言ってくれる子どもたちの声。
あのとき「一緒にしない?」という一言に迷わず答えた私は、気づけば子どもたちに一番近い場所に立ち続けていた。
保護者の目線でもなく、先生の都合でもなく、ただ子どもの心に寄り添うこと。
それこそが、私が一番大切にしたかったことだった。
挑戦の先には、思いがけない景色がある。
けれどその景色は、誰かに与えられるものではない。
自分で選んだからこそ見える景色だと、今は思う。

子どもが大好きな気持ちだけは変わらなかったよ
