水郷ネットワーク論 序章‼️「名古屋市中村区出身の元システム屋が、身近な地形から読み解く[墨俣の出会い]不要論」*秀吉と蜂須賀小六の出会に感じる違和感。
現在放送中の大河ドラマ『豊臣兄弟』は、今までにない視点から戦国時代を描いており、毎回楽しんで視聴しています。しかし、私にはどうしても、秀吉と蜂須賀小六が「墨俣の一夜城築城」の時点で初めて出会ったとする通説に、以前より違和感を覚えていました。
なぜなら、戦国時代の尾張中村は、低地で水郷地帯と呼べる場所であったと考えられるからです。これは伊勢湾台風や9.11東海豪雨の浸水域を見ても明らかですが、名古屋駅から西側約700メートルに立地する私の実家で井戸を掘った際、地表から約10メートルほどが「泥混じりの砂」であったという実体験からも、有力な仮説として置いて良いと考えています。
以下の切り口で、「墨俣での出会いが出世の糸口となった」とする通説を崩し、その後の歴史を「構造論」で解析してみたいと思います。
【連載予定のロードマップ】
1. プロローグ
• 秀吉の育った環境とは。
• 秀吉の特異点とは。
• 秀吉とは何者か。
2. 尾張中村が水郷と陸の接点であったことがもたらしたもの
• 蜂須賀小六との自然な出会い。
• 水郷の標準インフラとは何か。
• 標準インフラがもたらす価値。
3. 信長と秀吉の出会い
• 地形から読み解くアクセスポイント。
• 信長は秀吉の何を見いだしたか。
• 秀吉が信長にもたらしたもの。
4. 墨俣の一夜城とは
• 『信長公記』に記述がない城。
• 稲葉山城攻略に本当に必要だったのか。
• 墨俣の一夜城が定説化した理由。
5. なぜ秀吉は異例の出世をしたか
• 最も重要な「手柄」の正体。
• 替えのきかない「秀吉という機能」。
6. 水郷ネットワークとは
7. 水郷ネットワークの拡張
8. 秀吉の人材登用の特徴
9. 水郷ネットワークを受け継いだ者
10. 外伝的補足
• 関ヶ原の戦いにおける「通信プロトコル」。
• 石川数正のハルシネーション(幻覚)。
• 家康による通信プロトコルの「HULFT化」。
11. 「構造論」による解析とは
本業の合間に、不定期でこの「歴史のデバッグ作業」を公開していこうと思います。
まずは次回、「1. プロローグ」にて秀吉とは何者かを解析します。
