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【episode 4‐1】 靴の劣化①


元シューフィッターとしての知識と経験を、専門的な視点からやさしく解説している「足と靴のいい関係」です。



マガジンにもまとめているシリーズ。
4回目となる今回は、
実際にあったお客様の‪ ”‬よくあるトラブル‪”‬ からお話を始めようと思います―――




非日常で起こるトラブル

ある日の開店直後、慌てて駆け込んでくる男性のお客様がいました。

「すいません💦これからお葬式なんだけど、なんかおかしいと思ったら靴底取れちゃて」
(あらら⋯)
さり気なく、その方の後ろを見ると、床には崩れて落ちた靴底が転々と残っている。

ヘンゼルとグレーテルのパンくず?って言いたくなるような、歩いて来た道筋がわかるような落し物・・・

「何年もしまってて、全然履いてないのに・・・」
恥ずかしさと、「数回しか履いてない」という憤りの入り交じった慌てた表情。

「それは大変でしたね。急いで代わりになるものをお探ししますね。こちらにどうぞ」
そう声をかけながら、代わりになるブラックフォーマルに相応しい靴を案内しました―――

冠婚葬祭や旅行などで、しまっていた靴を久しぶりに出して履いたら‪
”‬崩れた・剥がれた・取れた‪”‬
出先でこんな事態は本当に焦りますよね。

ですが、
こういった駆け込みのお客様は、月に一人くらいはいました。
だから、決して珍しいことではありません。

さて、なぜ、こんなことになったんでしょうか?


靴の劣化

この場合の原因のほとんどが ‪”‬靴底の劣化‪”‬ です。

靴底のことは、擦り減りや剥がれには気づいても、素材そのものの劣化までは意外と意識されていません。

アッパーについても、
「本革なら劣化しないでしょ?」
「合皮は強いから大丈夫でしょ?」
「スニーカーは平気でしょ?」
そう思っている方は多いと思います。昔からそう言われてきたこともあって、信じている方も少なくありません。

でも、これは少し偏った情報で、正確ではないです。

そして、靴の扱い方についても
「しまっておけば劣化しない?」
「履けば劣化しない?」
「乾燥させておけば安心?」
「乾燥させないほうが安心?」
聞く人で違う様々な認識。
⋯なんだか矛盾している感じですね。

実は、今あげたどの方法でも
“劣化する可能性があります‪”‬

これはどういうことかというと、
“靴の扱い方”を一括りにして考えるべきではない、ということです。

素材によって正しい方法は違い、ある素材には合っていても、別の素材では劣化を防げないことがあります。

では、どの素材がどのように劣化するのかご存知でしょうか

そこで、今回から2回に分けて
「靴の劣化」についてお話しようと思います。


✧• ──────────── •✧

ここからは、素材ごとに少しずつ違う“劣化の物語”を見ていきましょう。 

それぞれがどんなふうに変化していくのか、そしてどう付き合っていけばいいのかを、ゆっくり丁寧にお話ししていきますね。


✩.*˚アッパー素材編


まずは、靴のアッパーによく使われる素材についてです。

☆天然皮革
☆合成皮革(合皮)
☆ポリエステル系・綿などの布地

この3つを、ひとつずつご説明しますね。


☆天然皮革

これは動物の皮を加工した皮革です。
一般的に出回っているのは “牛革” ですね。

動物の皮は、大きく3つの層でできています。

① 銀面(ぎんめん)
 皮のいちばん表面の層。
繊維が最も細かく密で、強くて美しい。
 銀付き革はこの層を残した革で、靴のアッパーに最も向いています。

② 中間層
 銀面より繊維が少し粗くなる部分。
強度はあるが、表情は控えめ。
 革の厚み調整や加工で使われることが多い層です。

③ 床面(とこめん)
 皮の内側の層。
繊維が粗く、乾燥しやすく、劣化も早い。
 床革(スプリットレザー)はこの層を使った革で、安価な靴に多く使われます。

ざっくりいうと…

・銀面が残った革(=銀付き革)
 → 良い靴(おおよそ2万円〜)に使われる。経年に強くて長持ち。

・床面を使った革(=床革)
 → 安価な靴(おおよそ1万円以下)に多い。
スムース風に加工されることもあります。


☆合成皮革(合皮)

合成皮革は、布地の上に樹脂をコーティングして作られた人工素材です。
ベースとなる布(ポリエステルやナイロンなど)の上に、
ポリウレタン(PU)や塩化ビニル(PVC)といった樹脂を重ねて、
本革のような見た目や質感を再現しています。

・見た目が本革に近い
・軽い
・価格が手に取りやすい
・色や質感のバリエーションが豊富

こういった理由から、靴のアッパー素材としてとてもよく使われています。

本革とは違い、動物の皮ではなく“布+樹脂”でできているため、
均一で扱いやすく、デザインの自由度が高いのが特徴です。


☆メッシュ・キャンバスなど布地

①メッシュ(ポリエステル・ナイロン)

細い糸を編んで作られた布地で、軽くて通気性がとても良い素材です。
足当たりが柔らかく、スポーツ系のスニーカーでよく使われています。
編み目の大きさや密度によって、見た目や強さが変わるのも特徴です。


②綿(キャンバス)

綿で織られた布地で、丈夫でカジュアルな雰囲気の素材です。
コンバースのような“布スニーカー”に使われることが多く、
通気性はありますが、水には弱いという特徴があります。


よく使われる素材は、この3種類ですね。

以上の特徴を踏まえて、一つずつの劣化の仕方対処法をご説明していきますね。


素材ごとに違う ‪”‬劣化‪”‬ と ‪”‬対処法‪”‬


 ★天然皮革


注意 : 今回は、特殊加工(エナメル・起毛革など)は除いています。

天然皮革は、先に説明した通り、層で別れます。そして、劣化の仕方も違います。

①銀つき革の劣化

銀つき革は、動物の皮のいちばん外側の層で、繊維が細かく密に詰まっています。
そのため強く、ひび割れしにくいのが特徴です。

ただし、長期間の保管で、乾燥しすぎると表面が硬くなり、シワやひび割れが起きることがあります。

逆に湿気が多すぎると、カビが発生しやすくなります。

“乾燥しすぎても、湿気が多すぎても良くない”という、
バランスが大切な素材です。

②床革(とこがわ)の劣化

床革は、銀面を削り取ったあとの下の層で、繊維が粗く、乾燥しやすい素材です。
そのため、銀面よりも劣化が早く、ひび割れや毛羽立ちが起きやすい特徴があります。

スムースに見せるために樹脂でコーティングされていることが多く、
この樹脂が劣化すると、表面がポロポロと剥がれることがあります。

“銀つき革よりもデリケートで、劣化しやすい”というのが床革の特徴です。

○対処法

①銀つき革
銀つき革は、日常的に手をかけすぎる必要はないと思います、靴クリームもつけすぎはよくありません。
水濡れ対策はした方がいいので防水スプレーをしておくといいと思います。
防汚対策にもなりますのでオススメですよ。

カビは短期間でも発生するので、カビ予防はした方がいいです。

日常頻繁に履いているなら、普段は軽く拭く、色落ちや革のくもりが気になった時に靴墨や靴クリームを塗る程度で十分で、ひび割れる心配もほぼないです。

気をつけたいのは、長期間しまいっぱなしにする場合です。


まずは、履いた後すぐにしまうのではなく、しっかり乾燥させてから、保管前のケアをします。


【 保管前ケアの流れ  】
少なくとも一晩乾燥
 ⬇
保管前ケア(汚れ落とし・靴クリーム・防カビ剤塗布)

保管(箱に入れてしまうなら乾燥剤を一緒に入れておくと良い)

このように、基本的には湿気NGです。

ここで出てくる‪ ”乾燥のしすぎ‪”‬ というのは‪ 水分ではなく ”油分が抜けた状態‪”‬  のことを指します。

人間の肌でも脂‬ が抜けすぎると「乾燥してる」って言いますよね?
それと同じイメージです。

乾燥しすぎも、湿気のこもるのも、時間が経つほどに影響が出やすくなります。


長期保管の前だけは状態を整えておくと安心です。


本格的なケアが面倒に感じるなら、靴磨きをしてくれる修理屋さんや靴屋さんにおまかせするのも良いと思います。プロのケアは、やはり仕上がりの質が違います。

もちろん、ご自身でできればそれが一番ですよね。
その場合は、ひとつ注意があります。
クリーナーで汚れや靴墨を落とすとき、靴クリームで保湿する時は、力を入れすぎず、布を滑らせるように円を描きながら優しく何度も繰り返し磨くこと!

この手間で、銀つき革への負担がぐっと減り艶も出ます。


②床革

床革は銀面と同じように乾燥や湿気に弱いのですが、
素材そのものが銀面よりデリケートなため、少し注意が必要です。

乾燥しやすいので、保管前のクリームは銀面よりも気持ち多めに。
また、表面の樹脂が劣化しやすいため、強くこすったり、クリーナーを使いすぎるのは避けたほうが安心です。

水にも弱い素材なので、防水スプレーは“水染み対策” ‪”‬防汚対策‪”‬ としては有効です。

ケアの流れは銀面と変わりないのですが、銀面よりも
・日常のケアの回数を増やす。
・クリーナーは少なめ、靴クリームは少し多めにする。
これだけでも、違います。


天然皮革は、ケアのポイントさえおさえておくと、十年でもそれ以上であろうと耐えられます。

ケアを怠ると「何年かぶりに出して履いたらバリバリにヒビ割れた!」ということになったりするのです。


〈4.13追記〉



いただいたコメントに
「白い粉が吹いたようになっている」
とあったので、この現象について少し補足します。

これは革の劣化ではなく、汗に含まれる塩分が表面に浮き出る
「塩吹き(ソルトスピュー)」
と呼ばれるものです。

革は使用中に汗や湿気を吸い込みますが、その中に含まれる塩分が内部に残ることがあります。
その後、雨などで再び濡れたあとに乾く過程で、水分だけが先に蒸発し、塩分が白い結晶として表面に出てくることがあります。

対処法は難しくなく、「塩は水に溶ける」性質を利用して、水で軽く湿らせた布でやさしく拭き取れば落とせます。

拭いたあとは一晩ほどしっかり乾燥させ、最後に保湿効果のある靴クリームを薄く塗って油分を補ってください。
乾燥後に保湿をしておくと、革の状態が整い、再発の予防にもつながります。

注意!!
塩吹きだけなら落とせますが、同時にカビが生えている可能性もあります。
見分け方は『匂い』です。
カビ臭かったらこの方法はシミを作る原因にもなるので、中止し、カビ落としからしてくださいね。
⋯こうなるとなかなか手強いので、プロの手にまかせた方がいいかもです。




✩.。…………………………………………… 。.✩


★合成皮革(合皮)

さて、劣化に関して要注意なのはこの合皮です。

まず、合皮が劣化するメカニズムをご説明しますね。

合皮は、布地の上に樹脂(ポリウレタンなど)を重ねて作られた素材です。
この“樹脂”が時間とともに変化することで劣化が起こります。

特に多いのが「加水分解」という現象です。
湿気を吸うことで樹脂が分解され、ベタつき・ひび割れ・表面の剥がれが起きやすくなります。

見た目がきれいでも、内部の樹脂が劣化していることがあり、
「久しぶりに履いたら突然ボロボロ剥がれてきた。履く時は何ともなかったのに⋯」
というのは、この加水分解が原因のことが多いです。

残念ながら合皮は、時間と湿気で分解するため、ケアをしても “劣化そのもの” を止めることはできません。
これは現代の技術ではどうにもできないそうです。

ただし、汚れや水分を放置すると劣化が早まるため、表面を軽く拭く、湿気を避けるなどの最低限のケアは無駄ではありません。

合皮は「ケアで長持ちさせる素材」ではなく、「悪条件を避けて寿命をまっとうさせる素材」と考えるとわかりやすいです。


[ 合皮の劣化のスタート地点 ]

さて、合皮は経年で劣化するとお話しました。

では『劣化のスタート』はどこからだと思いますか?

靴を使い始めてから?
……実は違います。
合皮の劣化は『素材を作った瞬間』から始まっています。

素材が作られ、靴として加工され、店頭に並び、購入され、履かれる。
このすべての時間が、すでに“経年劣化”の“経年”に含まれているのです。

―――ここから少し余談ですが⋯

実は、ここで  “空白の時間” が生まれる商品があるのです。

靴の多くは、工場でまとめて生産され、メーカー・問屋の倉庫で保管されたあと、小売店へ納品されます。
小売店から注文が入ってから作るのではなく、あらかじめ作っておいた在庫から順に出荷される仕組みです。

つまり、注文が入らなければ、靴はメーカー倉庫あるいは問屋の倉庫⋯
そこで静かに眠ったまま。
それが数ヶ月のこともあれば、数年ということもあります。

そして、小売店に納められても、すぐにお客様の手に渡るとは限りません。
店頭に並んでからもしばらく売れずに過ごす靴もあります。

そのため、製造されてから実際に履かれるまでに、
数年が経っていることも珍しくありません。

どの場面でも保管方法自体は適切だと思いますが、
先にお話した通り、合皮は“時間”によって劣化が進む素材です。

どれだけ丁寧に扱っていても、年月が経っていれば、
それだけ寿命に近づいているということになります。

そして、その状態になりやすいのが “定番品” です。
詳しい説明はここでは省きますが、ひとつだけ言えるのは、
「いつ製造されたものなのか、小売店では知る術がない」ということです。

だからこそ、合皮の靴は “しまい込まずに履いて楽しむ” のがいちばんの正解です。
時間とともに劣化が進む素材だからこそ、購入したらぜひ日常でたくさん活躍させてあげてください。


★メッシュ・キャンバスなど布地

布地の劣化に関しては、目で見てわかりやすく、気づきやすいので今回は省略します。



✿*: 特別な靴こそ、天然皮革を

ここまでのお話を踏まえて、私が特にお伝えしたいのは、
ケアが面倒に感じたとしても、出番の少ない【ブラックフォーマル】だけは
素材選びに少しこだわってほしいということです。

アッパーは天然皮革、内側は天然皮革または布ライニング、
ソールは革底・ゴム底といった、
“経年劣化しにくい素材” を使った靴を選ぶのがおすすめです。



これはよくあることなのですが――

天然皮革(銀面)を使っている靴でも、中敷(中地)に合皮が使われている商品は多くあります。
そのため
「高い靴だったのに、中がボロボロになった」
というケースも珍しくありません。

ただし、合皮を採用するのには理由があるんです。

中地(中敷)に合皮が使われるのは、コストが安いという理由に加えて、
「厚みや強度が均一で扱いやすい」「伸びにくく型崩れしにくい」
「色を揃えやすい」「汗や湿気に強い」といった特徴があり、
量産靴ではとても合理的な素材だからです。

特に、中間価格帯のビジネスシューズやパンプスに多く見られます。

【ブラックフォーマル】用を探している場合は、
「中地に合皮が使われていないか」を確認しておくと安心です。


✧• ──── まとめ ───── •✧


今回は、アッパーによく使われる素材の“劣化”についてお話ししました。

・天然皮革は、きちんとケアをすれば長く履ける素材。
・合皮は、日頃からたくさん履いて活躍させるのがいちばん。
・普段使いしない靴(ブラックフォーマル・季節のブーツなど)は、
 経年劣化しやすい素材を避けて選ぶことが大切です。


冒頭のお客様のように、久しぶりに出したブラックフォーマルが、思わぬ形で壊れてしまうことは珍しくありません。

ですが、靴の素材の性質を知っていれば、嫌な思いはせずに済みます。


今回はアッパーの素材についてお話ししましたが、次回は “靴底の劣化” そして ‪
‪”‬劣化のサイン‪”‬ について、もう少し深く触れていきます。





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