21.レッドの作戦 閣下の作戦
「ミラーズ諸君。さてと。この危機的局面で、残念ながら君たちと私たちの利害が一致しているということがわかるかね」
ミサキちゃんが手を摺り合わせて叫んだ。
「すごーい。タカさんっ。キシュワード閣下そっくり!」
任せなさい。ダテに毎週、最低3回はミラーズを見ていません。
「バナナ・パーティーはこれにて中断して、次のフェーズに入りたいと思うが、いかがかね……」
「賛成です。閣下」
落ち着いて見えて、遊星くんはノリがいい。やっぱり、ピクニックに参加するだけの素地はもっているということだ。
「次のフェーズって……、ここから、自力で抜けるの? 救助を待つんじゃないの?」
「危機的状況ってわかる? ミニ・レッドくん」
「ミニって言うな。そのくらい分かるぞ。えっとね、閣下、危険な方向に普通でないってことだと思います」
タカシの発言は見事に的を射抜いている。うん、高学年の小学生男児の語彙力の、不均等さは見事だ。そして、中味は、ご同様の俺にとって、さっきの発言は見事に好みだ。
「危険な方向に普通でないっての、いい表現だ。以後、採用させてもらう。それで、大人たちはめちゃ忙しいんだ。手が空いてたのは暇なおじさんだけでねぇ……」
「冴えない閣下だなぁ」
レッド・タカシが呆れ声になった。
俺は釘を刺した。
「閣下の役どころは結局ミラーズの引き立てだから……。ある程度格好悪いのは、しょーがないだろ?」
ある程度の恐怖があったほうが、こいつら絶対踏ん張れる。俺はあっさりと情報開示することにした。
「テラGピクニックに来て、ゼロGエクササイズもしてるんだから、まぁ、非日常を楽しむという方向では、君たちにとってこの状況はそこまで悪くないと思わないか? どんなときでも、有効なのは遊び心だ。ここに重力がないっての、どの程度の危険な方向だと思う?」
遊星くんが真っ先に手を挙げる。学校じゃあないんだから、挙手はどーでもいいんだけどなぁ。
「はい、ミラーズ・ブルーくん」
でも、付き合いもいい俺。
「すごく危険」
倒れそうになるほど見事な直球だ。タカシも競うように手を挙げる。俺は手で促した。
「むちゃくちゃ……もう、めーっちゃくちゃな危険。バナナがジュースになれるレベル」
ミサキちゃんも負けずに挙手。俺は学校の先生か。でも、パニック回避と思えば手間でもない。俺は重々しく頷いて発言を許可する。まぁったく、君たちはキシュワード閣下に何をさせる。
「次のフェーズって具体的に何するんですか?」
これこれ。質問に質問で答えないように。
サンガとライダー・プールの接続が、原因はまだ不明だが千切れたこと。サンガはそのままの軌道を維持している。それから、推進装置を持っているから、多少のブレには強いこと。だからママたちは無事だということ。
そこを説明すると、三人の顔が露骨にホッとしたものになった。自分たちの行く末ではなく、好きな人の安全を強調して励ます作戦、まずは成功だ。
ここからが、問題。吉とでるか。凶と出るか。宇宙空間とはいえ、軌道程度に地表が近いと粒子は存在しているから、長期間では減速してしまい、やがて地球に落ちていくことになるという予測。
「プールは、推進装置を持っていない。千切れたきに軌道からズレた。だから、このままでいくと、プールが地球に落ちちゃうんだ」
「もしかして、ボクたち……地球にいけるの?」
レッド君の余りに想定外の反応。いや、この能天気さは、いっそ見事だ。俺も見習わなければなるまい……。
「それは楽観的過ぎない? 図鑑で見たライダープールの形状からいって、シャトルみたいな滑空は無理だろうから、墜落ってことじゃない?」
さすがクールビューティー・ブルーの本領発揮だ。カシスさまは黙って俺をみている。予断ではしゃべらないというスタンスでいるのなら、大したもんだ
「最悪、そうなる」俺は続けた。「でもみんな、テラGショック起こしたんだろ。どう考えても訓練も、慣らしもなしで行くとこじゃないと、俺は思うけどなぁ」
気付いてないなら摩擦で燃え尽きる可能性は、極秘だ。大気圏突入の際のほんまもんの物理とか、Gとかを知らないのは、この際、ラッキーってことだよな。
「……うん。最低だったね。あれ」
「大人の人たちは、プールが落ちないように、軌道修正をかけようと思って、いま頑張ってるんだ」
「どうやるの?」
遊星くんは凄く好奇心旺盛な子だ。クールビューティー・ブルーでよし。
「単純だよ。自分で推進装置が無いなら、プールに負けないくらいの質量のものをぶつけて押し上げようとしてるんだ。中間倉庫、ここのことだけど、ここにシャトルをぶつけたいなぁと思ったところに君たちがいるって分かっちゃったわけよ。んでもって、君たちがここにいちゃあ、邪魔だったのよ」
「邪魔って、失礼ね。私たちだって、ここにいたかったわけじゃないし」
カシス様の口調は憤慨って感じだ。ま、そりゃそうだろ。こんなところで一週間、遠隔授業はうんざりだっただろう。
「シャトル、ぶつけるの? すんげーっ」
元気な声が、カシス様の声をかき消した。タカシは単純だ。
「いくつかで突っ込んで、エンジン吹かしちゃうんだね。かっこいー」
ちょっとまって。リトル・レッド。今なんて言った?
「ちょっと待て。今、なんて言った? リトル君」
「おじさん。けんか売ってるの?」
「ゴメン。言いやすいもんで。で、なんて言った?」
「だから、シャトルのエンジン、プールの推進装置にするんでしょ。並んで一斉に、ゴグワァァって、かっこいいなぁ」
並べて、噴かす? ああ、俺は馬鹿だ。なんでそんな簡単なこと、思いつかなかったんだ。たしかに、シャトル・オービター(起動船)そのものの推進装置は普通は高度維持のためにしか使わない微弱なものだから推進力として勘定しない。その悪い習慣が思考をじゃましていた。微弱でも、推進装置があるということを思い出すべきだった。少なくとも、落下までの時間を稼ぐ役には立つ。
「そのアイデアいけるか聞いてみる」
ローンチのときと違って、宇宙空間で噴かす出力は細微だ。だからって、ないわけじゃない。有効な方法ってのは、得てして単純な考え方でできているんじゃなかったのか? 俺は金魚鉢を被った。
「加悦さん、聞こえる? 歩につなげてくれない?」
途端、耳元に大音量の叫びが響いて、仰け反りそうになった。
――タカさん! なんで、通信切ってたんです? 何考えてるんですかぁっ。みんなで死ぬほど心配したんですよ!
そりゃ、そうだ。でも、できれば怒鳴んないでほしかった。耳がキンキンする。
「加悦さんがダントツ心配してくれたよね、ゴメン。でも、歩に確認したい案が出てきた、急いで」
――どういうことです?
訝しげな加悦さんの声。今度は小さすぎるくらいだけど。
「シャトルを均等にぶつけておしまいにしない。ある程度シャトルめり込ませて待機。一斉にそいつの推進装置を噴かすってできるのか聞きたい。単に五月雨式にぶつけて、軌道修正に必要な質量限界値を待つより確実にならない? あとさ、ここに当てやすくするために来たんだけど、ここに当てないでおくことはできるかも聞きたい」
――まず、当てないで済ませたい理由を教えろ。けがでもして行動できないのか?
歩の声が割り込んできた。加悦さんの仕事は速い。俺が歩に返事をするより早く、歩の声が続いた。
――先に一つ言わせてくれ。タカ、お前はコミュニケーションってもんをもっと大事にしてくれ。そろそろ大人だろ、頼むから。
その声がわずかに湿っている気がした。ごめん、歩ちゃん。やっぱりめちゃくちゃ心配かけちまったか。
「飛竜も呼べる? ヤツにも一緒に説明したい」
――ちょっと待ってろ。
少しの無音。それから耳元で、今度は飛竜のがなり声が聞こえた。ニ度目はきつい。
――生きてたかっ。タカ。お前んところに突っ込まなきゃならねぇかと思った。今話せてるってことは、わざとだな。何で通信切ってやがったんだ。
飛竜もかなり心配してくれたようだ。そういや、俺って愛されやすいタイプだった。俺を愛してくれるみんな、ゴメン。
「悪い。こっちの都合しか考えてなかったわ」
――お前、殺されたいか。
飛竜の声がもう一段階冷えたような気がする。まぁ、ここは茶化して、なかったことにしてしまおう。
「あゆみちゃんにならね」
――あゆむ。
俺と飛竜の痴話喧嘩(自分で言うか?)に、嫉妬深い歩が割り込んできた。
――で、話を戻そう。その感じじゃ死にかけてるってことはなさそうだな。
ふだんはおしゃべりな話題暴走男、取り締まりが必要レベルの歩だが、仕事モードになると、面白いくらい脱線しない。
――シャトルぶつけて、ついでに噴かすって? 確かに貧弱なシャトルの質量と機動力でも、量とタイミング揃えりゃ、今やってるやつより期待値は高そうだけど、実際問題としてできるかだな。それと、物理的にも、動員的にも。
「動員? 相手は飛竜みたいなのばっかりだぞ。人間助けられりゃあ、あとは焼いちまうなり、修繕するなり好きにしたらいいだろうがって、一番乗り競争しかねないヤツらしかいないぞ」
――お前ね、命かけてくれってお願いする人たちに、ド失礼なこと言うなよ。
歩の呆れ声。
いや、それに関してはタカが正しい……、多分。と、飛竜は思った。
地球のほうの霧島運輸、ライダー控え室(つまり今いるところ)では、ちょっと前まで飛竜に先立つローンチ一番手を、動体視力もよくて運動性能がいい若手がふさわしいと主張する輩と、場数なめんなよモードで譲らない、年寄りの三雲さん始め、おっさんたちとで盛大に揉めていた。
今が静かなのは、厳正なるジャンケン大会の組み合わせを決めるあみだくじが、場違いな静謐さの中で行われている最中だからだ。
プールにシャトルをぶつけていいということに、これだけ盛り上がるのには理由がある。バージシャトル・システムは、万が一にもぶつからないようにできている。血迷った運転手が思いっきりぶつけてやろうとしたところで、幾重にも張り巡らされた安全装置に阻まれ、AIアシスタントにも邪魔され、できそうでできないって相場が決まっている。ぶつけていいと言うより、ぶつけられるようにタワーがアシストしてくれるなんてことは、千載一遇を通り越して、優曇華の花か、はたまた万歳一期かレベルだ。(……歩と友達やり過ぎると、変な語彙が増えるんだよな、これが)
飛竜の妙な沈黙はきっと俺を肯定しているんだろう。飛竜がしゃべり出すのを待たずに俺は続けた。
「動員の心配は足りなくなってからしろよ。今じゃない。少しでも時間が稼げりゃ、最終的に無理でも、救助活動時間は確保できるだろ? 負傷者の数は、かなりの数になるはずだ。救出活動始める時間が遅くなれば、重傷者の生存率は落ちるぜ。さっさとやっちまおう。飛竜のお仲間は、約八千の働き盛りの人的資源を助けられるなら、多少の損失に自分をカウントするのはイヤだなんて、ガタガタ言わないっしょ」
歩ちゃん。こっちは負傷者がたくさんいる町中を、官服着て通り抜けたんだぜ。一人で、その場で助けられるかもしれない人間の叫び声、全部振り払ってなぁ。プールごと助けられるかもしれないっちゅう、果てしない楽天主義を押し通さないで、どーするってのよ。プールが落ちないことだけ請け合ってやれば、救助に動ける人間が、ちゃんと活動を開始できるんだよ。
そう叫びたくなる気持ちを冷やすように、歩が言った。
――タカ。お前の直感のみの果てしない楽観主義が羨ましいよ。でもな、重さが十分なシャトルは多分、地上組くらいだ。あとは空っぽ。でもまあ、質量頼みより、噴かすタイミングを合わせて噴かすほうに期待値を持ってくなら、話が変わってくる。
――どう、変わるんだ?
と、これは飛竜。歩の声が続けた。
――ローンチのインターバルを考えると霧島機は3機。粘って4機が限度だ。柏木機みたいなプランジ順番待ちで周回してるやつ、まあ、少なく見積もって10機を確保するとして、それでもいけるかは、正直、丁半博打(確率2分の1)だ。
アタマがフリーズしかけた。10機ぶつけて半分しか成功しない? 少なく見積もって? 大体、シャトルって幾らすんの? その辺に何台くらいあるもんなの?
――確率をあげるために、空のバルクコンテナに、液体でも、ドライバルク(Dry Bulk Cargo / バラ積み乾貨物)でも詰め込めって指示してたけど……。優先順位は、燃料タンク補充にするほうがいいかな。
「動くために噴かすだけじゃなく、押し上げるために噴かし続けるためにか?」
――当たり。……堂本一尉、徴収同意取り付けた機体の、燃料残量の把握と燃料チャージ手配を最優先で。荷役も可能な範囲で継続並行してくれ。
少しの間のあとは、こっちに対するものではないだろう。邪魔しないように、俺は、少しだけ黙ってから続けた。
「よく言われるよ……」
一応、楽観主義は褒め言葉として肯定しておこう。マイナス要素を数えすぎないのは現場を生き抜くためのポリシーだ。
「歩。サンガの設計にあたってみてくれ。シャトルの接触ポイント出してくれ。多分、プールが完全に引力に絡め取られて加速が始まる前なら、この作戦で何とかなると思うんだけど」
――俺もそう思う。……つまり、時間との勝負だな。で、何できっちり居住区にくっついてて期待値が高いそこに、ぶつけたくないんだ?
おいおい。まだ、情報要るのかよ、斉藤一尉どの。災害救助が時間との戦いなのは、常識でしょ。半分とゼロを天秤にかけて、これ以上迷う必要なんてあるのか?
「パンピーちゃんはうまく倉庫にくっついたの?」
美咲ちゃんバリの質問返しで、俺は続けた。
――Vビーコンもらってて、軌道計算ミスるようなコンピュータなら、とっくに永眠させてるよ。そっちはもう片付いた。空だったから、そんなに派手な影響はなかったと思うが。
トーキングディグ・モードが戻ってきた。「着いた」とか「大丈夫」で済む文字数がインフレーション起こしてる。でもね、歩ちゃん、軽い影響として、コンテナの動きが一斉に変わったせいで大変だったんだよ、俺は。でも、まあ、死んでもケガしてもいないから、軽微な影響ってのにしといてやろう。
「飛竜と、あと少なくとも2機。打ち上げ組は重量がそこそこあって、質量効果だけ期待するとして……。じゃあ、歩ちゃん、とりあえずプールの図面引っ張って接触させるターゲット決めて。1機は加悦さんがもう1つ、ビーコン外して移動。指示に従って設置する。もう1機が上がってくるまで、多分あと1時間ちょっと。その間に次のポイントにも設置。それは柏木機にしたのが使えるならいいけど、距離的に時間がかかるなら他社の桟橋のやつ、失敬しても怒られないと思う。加悦さん、聞こえてるでしょ。大変だとは思うけど、待ってる時間がもったいない。ジョーまだ飛べるよな?」
――了解。
と短く答えるのが加悦さん。
――いけますけど、優先順位は、足場作りのチューブ張りの続きで合ってますか?
ジョーが話をふってくれたので、俺は心置きなく答えることができた。
「ああ、それで」
――で、タカさんは?
「俺は、ミラーズ諸君と、バナナ・パーティーの続きだな。そっちのカタがついてから、お迎えたのむわ。歩、ママたちに伝言頼む。お尻叩く準備をして待っててくれってね」
しばし、歩が絶句したのがわかった。無重力の固定されてないコンテナの倉庫に閉じ込められた子供が、全員無事なのか?ってことだろうな。奴も、ミンチを想像してた俺と同じく、コイツらが生きてる可能性はほぼゼロに近いと思っていたクチだろう。
――生きて……? 諸君って……つまり、全員無事なのか?
俺は見えるわけがないと思いつつ、おもいっきり頷いた。よくぞそこを聞いてくれました。予断で動いちゃぁいけないのよ。事実確認までは、どんなに絶望できそうでも可能性はゼロでないのだ。期待していい余白はいつだってあるのだ。ないとしか見えなくても、確かめる前にあきらめちゃあいけない。
「実はさぁ、俺、無謀にもミラーズ諸君と決死の脱出作戦を決行するつもりでいたんよ。この新しい作戦をリトル・レッド君が思いついてくれるまでね。で、生きてるって分かった直後に失敗したら、ママたちしばらく立ち直れないだろうし、ミラーズ諸君がママ・ママモード入っちまうのも、新米教師にはつらいしね。トークショーなんかでママたちの声が入ったら怖いんで、通信切っといたの。それにしても、必要最低限の道具も無いのに、先生になって、宇宙遊泳するのかと思ったら、怖いぜ。ホント、マジで年貢の納め時かと思ったくらいなんだ。本当に柔軟なリトル・レッドくんに感謝しよう」
――タカ。噴かすってのはお前のアイデアじゃなくて、子供の意見なのか? それ。
歩の呆れ声。お前さんたちだったら、ガキのアイデアなんか取り合わない? でもさ、単純ってのは、結構効果が高い保証でもあるのさ。誰が思いついても、使えるものは使う。これだって大事なことだ。大人のプライドなんかに忖度して、危険をとるなんてのは、断じてお洒落じゃぁないね。
「うん。思いつきって点で、子供には敵わないな。俺なんか、シャトルにエンジンあるってこと、うっかり忘れてたし……。どうせローンチのとき以外は、出力ってほぼないしな。」
――そうだな。俺もうっかり忘れてた。ぶつけるところまで思いついたのになぁ。タカ、お互いに、惜しかったな。
こういう歩の言い方は俺は好きだ。思いつきだけの俺は、これからのこの安全そうなコンテナ内に、もっと安全に子供たちを固定して、速やかに現場復帰。ファストエイドとか、避難誘導とかに人手がいるところに向かう。こんな感じでいいだろう。
それにしても歩は大変だ。避難誘導の指示と、管制との連携。軌道計算とかでマザー・コンピュータとのやり取り。ママたちへの伝言まで頼んじゃったし。
――タカ。子供たちは、本当に無事なのか? ご両親に期待させても、いいんだな。
「多分な。ここにぶつけないでいられるなら、コンテナシェルターにして、蓑虫にしてから固定しておくよ。ぶつけるなら、この中間倉庫ごとジョーに外させる。今、子どもたちがもともと避難してたコンテナの出入り口には、シール素材で防御ネットが張ってあるんだけど、そっちも何重か補強できると思うから。まず大丈夫だろ」
――コンテナの中に避難して、救援を待ってたのか? すごい良い判断だな。その子たち。
歩の声にも純粋な称賛の響きがある。俺にずっと寄り添っているミサキちゃんが、ちょっとあくびを噛み殺すのが見えた。
「そろそろ眠くなってきてるみたいだから、蓑虫にいい頃合だろ」
――でも、蓑虫に防護ネット設置って、そんなもん、できるのか? ほぼ道具もないだろ? マジシャン。
「俺じゃないんだよね、それが。俺が持ってきたのはシーツとゴミ袋くらい。こいつらさぁ、コンテナに避難してるだけじゃないの。バナナ使って脱出シミュレーションするわ、荷物固定用のストレッチフィルム使って防護ネット作るわ、固定用のヒートガン持ってるわ、すんげーのよ、もう」
少しの間のあと、歩が声を立てて笑った。これ聞くの久しぶりだ。いつぶりだ?
――全く、ただもんじゃないな。敬意を表しますって、伝えといてくれ。じゃ、子供たちの安全確保は、確実にしといてくれ。意地でもそこにはぶつけないようにする。で、お前はそこ抜けて手伝いに来い。人手がいるんだよ。一人で先に寛ごうっなんて、思ってないだろうけどな。
うへぇ。斉藤一尉どのは人使いが荒いですなぁ。
* * *
会話が聞こえていたのだろう。子供たちが不安そうな顔になる。
「行っちゃうの?」
ミサキちゃんの問いかけに俺は答えた。
「もうちょっと後でね。諸君の安全強度確保しないとな。ここから落ちないように、固定しちまうけど、虐待されたなんて後で言わないでね」
「迎えに……来てくれる? その、他の大人の人じゃなくて、タカさんがいい」
「了解。誰かと来るかも知れないけど、絶対に来るって約束するよ……」
ミサキちゃんに微笑んで見せてから、全員に向かって言った。
「今から蓑虫繭玉大作戦を決行する。ああ、閣下じゃなくて、ミラーズ戦隊総司令カタオカだからね。そこ、間違えないように」
「カタオカ司令にしては、重々しさが足りないよ」
と、またしてもレッド君は、容赦がない。
「わーかった。閣下に戻る。カタオカ司令になるのは10年くらい我慢する」
そのとき、カシスさまが小声でささやくように言った。
「あのね……タカさん」
「何?」
ミサキちゃんの目が、真剣になっている。
「ママの上手な困らせ方……知ってたら教えてくれる?」
「なんで?」
「ママね……圭太が生まれてから……私のこと、どーでもいいみたい」
人生相談に乗るのは後にしたいんだけど、まぁ、仕方ない。
「ケイタってミサキちゃんの弟?」
「ふにゃふにゃで、泣いてばっかでウルサくて、ホントに面倒なんだよ。なのに、ママってば圭太ばっかり……」
「仕方ないね。だってさ、哺乳動物ってのは手間かかるのよ。特に人間はパンダほどじゃないけど生理的早産な生き物だからね。生理的早産って分かる? 一人で動けない、立って走ったりできないくらい未成熟で生まれてくるって事だけど」
ミサキちゃんの寂しさの原因の一つはこれか。なるほどね。
「立って走れる状態で生まれるのって変じゃない?」
「草食動物なんか殆ど生まれて直ぐ立てないと死んじゃうね。でもさ、人間なんか早く生まれすぎるから、ホントに手間かかるのよ。子育てってホントに大変だからさ、そうでない動物だってさ、次の子を育てるときには、先に生まれた子を追い出す場合が多いのね。だけど人間ってさ、成長して一人立ちするまでにも、めっちゃ時間がかかるわけ。成熟度が高い方を、突き放しがちになるのは、まぁ、しゃーないね」
「しゃーないね……って……」
ミサキちゃんが俺の説明に絶句する。全く、そんな当たり前のことを、二、三歳児ならもかく、分別のある子供に教えないから、ものごとやっかいになるのだ。
「でもさ、手間がかかる方に手をかけるのはしゃーないとして、満遍なく愛してるって言わなくても分かってくれるはずだって思い込むのは、手抜きだってのも事実だね。それに気付いてないママにも困りもんだ。そりぁ、困らせてやるのは当然だね。だけど、困り果てるほど苛めたくないのね」
子供は絶対にママが好きなものだ。俺がそういうと、ミサキちゃんは思いっきり頭を上下にふって同意を示した。
「ミサキちゃんは本当に優しいね……」
俺は親指を突き立てた。グローブ越しだとあんまりかっこよく見えないが。
「とっておきのがあるよ」
「あるの?」
大・小レッドの反応もめっちゃ早かった。こいつらは、お仕置きされた後のことを、もう企んでやがるな。自分たちの無謀を棚上げして、いい根性だ。
「お手伝い大作戦。『今度のことでは心配かけてごめんなさい』って気持ちを込めて、日頃していないお手伝いをするって宣言するだろ? それで、ママたちが忙しそうにしてるときに、お手伝いをしてあげちゃうの。特に料理作りとか、洗濯ものたたみとか有効だと思うね」
ミサキちゃんが怪訝な顔になる。
「……お手伝いって……役に立っちゃうんじゃ……ない?」
俺は指を人指し指に変えて左右に降った。
「日頃してないお手伝いが上手にできるわけないだろ。少なくともママたちがやるより下手だし時間もかかる。だろ? でも、子供がお手伝いをするのは『いいこと』だから、否定も拒否もできない。せいぜいが『今日はママがやるわ』程度のはずね。そこを『やります』と宣言してですね、ホントに手伝っちゃうの……。いい? コツは、投げたくなっても最後まで頑張っちゃうってのと、くれぐれも毎日ってこと。そこ、忘れんなよ。早く支度したいからママは困るし、一生懸命手伝ってンだから怒れないし。一石二鳥」
遊星くんが、ちょっと小首をかしげる。
「上手くなっちゃわない? 毎日してたら」
「それな。そこでとっておきの嫌がらせ第二弾。上手くなって、ママから『お願い』って言葉を引っ張りだせたら、何か理由をつけて『今日は無理』ってやるの。『今日は』っての忘れちゃダメよ。怒られちゃうから……」
狐につままれたみたいな子供たちをシーツでくるんで、俺はコンテナののっぺりした内壁に苦労して子供たちを固定した。ミサキちゃんが寂しいのはママが十分に自分を見ていてくれるという確信が揺らいでいるからだ。だったら悪戯や家出で注目をされるより、迷惑な押しかけお手伝いを続けて、ママと話す時間が増えればいいのだ。多分だけど、手っとり早くは、コミュニケーションの機会を毎日に組み込めばいいのだ。
コミュニケーションの機会が増えても、親子関係が改善されないことも、もちろんあり得る。人間同士、親子だって、反りの合う・合わないは、厳然と存在する。だけど、お手伝い大作戦なら、家事能力が上昇するのだから少なくともミサキちゃんの将来の財産になる。俺ってアタマ良い。これが本当の一石二鳥だ。
「なかなか……よさそうね……」
「でしょ? まぁ、ダメもとで一度は試してみな……」
俺はミサキちゃんだけじゃぁ、イヤらしい中年男の誹りを免れないだろうから、ちゃんと大・小レッドにもお休みのキスをしてから、金魚鉢に手を伸ばした。子供は十分頑張った。大人はもう一仕事やっつけてこよう。
「キシュワード閣下……」
そう呼んできたのはタカシくんだ。
「何だね、ミラーズ諸君?」
「気をつけて……ね」
「心配は無用である。今のワタシには、バナナ・パワーが満タンなのだ」
俺は金魚鉢を両手で持つ。もう一度、流氷の海に挑むべく、体の方向を変えた。バナナ・パワーは本当だし。
「やっぱり、タカさんの閣下、うまいなぁ」
今回のアイデア賞リトル・レッドに褒められて、俺はちょっと嬉しかった。
「ミラーズ諸君。また、近い内に会おう」
これは、ミラーズにやり込められたときの閣下の常套句。それから金魚鉢にアタマを押し込む。子供たちの笑い声に送られて、俺は安全な場所から飛び出した。
避けながら考える。次に来るときは、このコンテナをどうにかしなきゃならない。ジョーを連れ来てもいいかもだ。ウチのミラーズ狂、五歳の男の子ジョーと、タカシくん、遊星くんあたりは、めっちゃ話しが合いそうだ。方法は今は思い付かないけど、まぁ、あとでゆっくり考えよう。
俺は、慎重にして繊細な動きができるように、自分の体と動き回るコンテナに意識を合わせた。逆の手順で戻らなくても、今度のネクスト・ミッションは、人がいるところで猫の手、頭数になればいいだけなのだ。無理にザキさんの部屋に帰らなくてもいいだろう。普通に繋がっているほうのカプセルシューターに辿り着きさえすればドーナツに帰るのは一瞬だ。ほんと、来るときとは大違いだ。
