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任せられないマネージャーが、優秀な人をさらに追い込んでしまう理由

優秀な人が潰れていく構造の裏側には、もう一段深い要因があります。それは、マネージャーが「任せているつもり」になっていることです。信頼しているから任せている。裁量を渡しているつもり。けれど実際には、How(やり方)を細かく指定し、途中で方向修正し、最終判断は自分が握り続けている。これでは責任だけが部下に渡り、権限は渡っていません。

特に優秀な人ほど、与えられた枠の中で最大限やろうとします。期待に応えようとする。だからこそ、裁量が曖昧なまま高い期待だけが乗ると、負荷は跳ね上がります。任せられているようで、実は信用されきっていない。この微妙なズレが、じわじわとエネルギーを奪っていきます。



■ 元・優秀なプレイヤーの罠

ここにもう一つの難しさがあります。それは優秀なプレイヤーだった人ほど、人に仕事を渡すのが難しいということ。

  • 自分はできてしまう。

  • 答えを知っている。

  • どうすればうまくいくか、感覚的に分かっている。

だからこそ、ついHowで握りたくなる。「そのやり方じゃない」「こうしたほうが早い」と口を出したくなる。

答えを知っていることは強みですが、同時に弊害にもなります。自分を基準にしてしまうと、育成はほぼ不可能になります。「自分ならもっと速くできる」「自分ならここで気づける」。

でも、思い出してみれば、自分だって最初から何でもできたわけではないはずです。誰かに任せてもらい、失敗し、修正しながら今に至っている。その事実を忘れた瞬間、部下の成長機会は奪われます。

だからこそ必要なのは、グッと踏みとどまることです。答えを言う前に一拍置く。修正したくなる衝動を抑える。「この経験は必要な遠回りかもしれない」と考えてみる。その一瞬の我慢が、人を育てる余白になります。


■ 「失敗させたくない」という善意

任せられない理由の多くは善意です。部下に失敗してほしくない。チームの成果を落としたくない。自分の評価に響かせたくない。だからこそ「ここまでは自分で見ておこう」「最後はチェックしよう」と防衛線を張る。

しかしこの善意が優秀な人の成長機会を奪い、結果的に負荷を集中させることがあります。

私が意識しているのは、「どこまで失敗させていいのか」のラインを自分で見極めることです。すべての失敗を防ぐのではなく、必要な失敗は経験させる。その代わり致命傷にならない範囲で設計する。最終アウトプットは担保しながらも、途中のプロセスには意図的に“遊び”をつくる。

これは放任ではなく、設計です。失敗したときも、咎めるのではなく問い直します。「そこから何を学べるか」「次にどうリカバリーするか」。リカバリーの機会をつくることで、失敗は単なる損失ではなく、経験値になります。優秀な人ほど、そこからの吸収が速い。だからこそ、すべてを先回りして潰してしまうのは、長期的には損失になります。


■ 任せるとは、手放すことではない

任せるとは、丸投げすることではありません。

  • 期待を言語化し、ゴールを共有する

  • どこまでの裁量を持つのかを明確にする

  • 必要なら軌道修正の支援をする

  • そのうえで、あえて失敗の余地を残す

  • 忙しいときほど対話を減らさず、工数を確認し、優先順位を一緒に整理する

  • ときには仕事を離れた雑談や食事の時間をつくり、人としての関係性を保つ

優秀な人が潰れていく組織では、「任せているつもり」のズレと、「元・優秀なプレイヤー」の無意識が重なっています。そしてそのズレは、悪意ではなく不安から生まれていることがほとんどです。


あなたは、本当に任せていますか。それとも、握り続けていますか。
「失敗させるライン」、あなたはどう決めていますか?
ぜひ教えてください。


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