真っ白な産着がそのまま白装束になる悲しみの前に立って|ハン・ガン「すべての、白いものたちの(흰)」 | 読書健康手帳007
どうしようもない胸の痛みが心臓をぐっと掴み、息がしづらくなるような悲しみを感じることがありますか。
私には兄がいましたが、私が家族との連絡を絶っていた3年間で、亡くなってしまったようです。ときどき「兄弟はいますか?」と聞かれたとき、正直な私はつい「あー兄がいますよ~」と嘘をついてしまいます。兄はかつて存在しましたが、今はもういません。しかし、「兄がいたけど、亡くなりました」と正直に答えると、その場の空気が凍ってしまうだろうと思います。
正確に言えば、何が正しい答え方なのか自分でもわかりません。「いない」と言えば、兄を否定してしまうようで、「いる」と言えば、その不在という事実を認識させるだけです。当の本人が淡々と話したとしても、場の空気を変えてしまうのは避けられません。正直に話してその場を気まずくさせるか、嘘をついて和らげるかという二択の中で、私は嘘をつくことを選びます。それが私なりの思いやりだからです。
だから、兄が生きていたら、こうだったのではないか?という虚像のイメージを語ることもあります。その中での兄の姿はとてもかっこよく、それは私がなりたい姿でもあります。そして、こんな兄がいてくれたらよかった、兄が生きていたならこうであって幸せでいてほしい、という私の願いがそこには込められています。
この個人的な思いが、作家ハン・ガンの作品「すべての、白いものたちの(흰)」の主題と重なり心が救われました。本のあらすじは、作家のハン・ガンが「白」のモノ、そのモノにまつわる記憶を紡いだエッセイです。ただし、なぜ突然、個人的な兄の記憶を書いたかといえば、ハン・ガンさん自身が自分が生まれる前に、会ったことのない姉を失った記憶があるからです。
わずか2時間の命を抱いた姉
내 어머니가 낳은 첫 아기는 태어난 지 두 시간만에 죽었다고 했다.
달떡처럼 흰 여자아이였다고 했다. 여덟 달 만의 조산이라 몸이 아주 작았지만 눈코잎이 또렷하고 예뻤다고 했다. 까만 눈을 뜨고 어머니의 얼굴 쪽을 바라보던 순간을 잊을 수 없다고 했다.
私の母が産んだ最初の赤ちゃんは、生まれてわずか2時間で亡くなったという。白玉餅のように白い女の子だったそうだ。8か月での早産だったため、体はとても小さかったが、目鼻立ちははっきりしていて美しかったそうだ。母は、その黒い目を開けて自分の顔を見つめていた瞬間を忘れられないと言っていた。
・・・
스물세 살 난 여자가 혼자 방에 누워 있다. 첫 서리가 녹지 않은 토요일 아침. 스물여설 살 난 남편은 어제 태어났던 아기를 묻으로 삽을 들고 뒷산으로 갔다.
二十三歳の女性が一人、部屋に横たわっている。初霜がまだ溶けない土曜日の朝。二十三歳の夫は、昨日生まれた赤ちゃんを埋めるためにスコップを持って裏山へ向かった。
人里離れた家で、一人で産まれた姉は、母の「しなないで」という祈りも虚しく、わずか2時間で短い人生を終えました。血の滲んだ白い産着は、そのまま姉の白装束に。

そのように語り継がれた記憶を胸に、ハン・ガンはポーランドでの半年間の滞在中、ナチスによって完全に破壊されながらも、根気強くワルシャワの街を再建した人々の姿に触れます。その経験を通じて、自分の心の内に深く向き合い、亡き姉の気配を感じながら、もし姉が生きていたら自分は存在しなかっただろうという問いに向き合いました。そして、彼女は自身の魂と体を通じて姉をこの世に呼び寄せるかのように感じたのです。
「すべての、白いものたちの(흰)」というモチーフが重要な役割を果たします。降り積もる雪、洗い立ての寝具、寒い日の息。そうした白いものは、不在の記憶と深く結びつき、かつて姉の真っ白な顔に象徴される清らかさを想起させます。母が語った姉の「白い顔」の記憶は、何にも汚されない純粋さを象徴しており、白いものを見るたびに私たちの内側から心を揺さぶるのです。
この断片的な文章や写真を通じて、ハン・ガンは死者を悼み、死者と共に生きることを静かに問いかけます。たとえば、亡き母のために、森の岩の上で真っ白なチマとチョゴリを燃やし、青い煙が空に消えていく挿話も印象的です。「あんなふうに白い衣装が空に沁み込んでいけば魂がそれを着てくれると、私たちはほんとうに信じているだろうか?」と彼女は問いかけます。
信じているかどうかは問題ではありません。ただ、私たちは静かに、そうだと知っているのです。白いものが私たちに語りかける感情に心が掴まれ、眠れない夜がありました。
ハン・ガンという作家についての背景説明
ハン・ガンは1970年生まれの韓国の作家で、作家を父に持つ家庭で育ち、早熟な知性を備えた人物です。彼女は光州事件が起きた1980年には10歳、盧泰愚が民主化宣言を行った1987年には17歳という年齢でした。このような激動の時代に青春期を過ごし、時代の嵐にももまれてきました。
彼女の作家としてのデビューは20代の初めからで、韓国の社会的・歴史的な傷を背景にした作品を数多く執筆してきました。中には個人の経験に限らず、光州事件のようなトラウマ、抑圧の歴史といった世代的な傷や歴史的な痛みが深く刻まれています。不在からくる感情、喪失感に深く注目している点では、村上春樹に似ているように見えつつも、彼女が感じる不在の悲しみや深い喪失感、そのすべてを失った上で、どう立ち直るか、という光の描き方は、全く異なる点のようにも感じられます。
「すべての、白いものたちの(흰)」と重なる歴史的トラウマ
作品の中の一部はポーランドにいる間執筆されたもの。1944年のワルシャワ蜂起が壊滅した後にナチスドイツによる徹底的な破壊を受けました。戦後に再建された都市には、破壊の証が残り続け、建物には「古い部分と新しい部分の境界線」が刻まれています。ハン・ガンはその都市を歩きながら、「一度死んで、破壊され、粘り強く復元された」人々の運命に自らを重ね、その経験を描こうと試みます。
その上で、作中では、特に「生後2時間で死んだ姉」が重要な存在として語られます。この「一度死んで破壊された人」というモチーフは、姉だけでなく、光州事件や戦争による被害者たち、さらには普遍的な意味で傷を抱えながら恢復を目指すすべての人々を象徴しています。「白」という色が持つ清廉さや喪失感は、これらの人々の運命を象徴し、再生と記憶の物語として作品全体を貫いています。
「白」は、純粋な色であり、死と生の寂しさをはらんだ色
ハン・ガンはこの作品のあとがきにあたる「作家の言葉」で、韓国語には「白」を意味する二つの言葉があると述べています。
「ハヤン(하얀)」 - ひたすら清潔な白を意味する。
「ヒン(흰)」 - 生と死の寂しさをこもごもたたえた白を意味する。
この作品では、後者の「ヒン」が中心となります。「ヒン」は、壊滅的な過去から再生された都市や人々を象徴する色であり、純粋さではなく、痛みや喪失、再生をも含む複雑な色として描かれています。
白いものの目録
作中で語られる「白いもの」は、雪、ミルク、米、紙、そしてガーゼなど、様々な具体的な事物が挙げられます。それらは、一見して日常的で穏やかなイメージを与えますが、同時に痛みや死、喪失といった背景を持つものとしても描かれています。例えば、都市の瓦礫が「雪景色」のように見えるという表現では、破壊と白のイメージが重ね合わされます。
また、「白いガーゼ」は、語り手の傷を覆う象徴として登場します。この「目録をつくる」という行為自体が、作家にとって過去の傷と向き合い、言葉を通して癒しを求める試みとして捉えられます。
ある種、「白」の捉え方そのものに「韓国らしさ」といった感性が表れており、日本における「白」の捉え方とは異なる視点を与えてくれるのではないでしょうか。
知られていない「韓国らしさ」を探して
ノーベル文学賞受賞者の20代の頃の旅は、どのような感性だったのでしょうか。彼女が27歳の頃に訪れた麗水(ヨス)の旅は、実は映像として残されています。YouTubeの設定で字幕を日本語に切り替えると、ある程度意味が読み取れるので、ぜひご覧いただきたいと思います。1990年代の韓国は、現在のコンテンツで触れる韓国とは異なり、「韓国らしさ」を感じられる一方で、どこか日本の港町の風景と重なる部分も見受けられます。
また、韓国の現代史を勉強するのであれば、「国際市場で逢いましょう」という映画をおすすめします。ちなみに、筆者はこの映画を5~6回観たことがありますが、なぜか毎回号泣してしまいます。その理由は自分でもはっきりとはわかりません。ただ、個人的には国家的なアイデンティティから逃れ、放浪し続けているはずなのですが、そこにある感情は、悲しみを乗り越えてきた人々の物語に対する共感に近いような気がしています。
私は、こういう「韓国らしさ(한국스러움)」も、もっと広げたいのです…
以上が読書の感想文です。以下に、読書中に重なった記憶や思い出が詰まった一枚のフィルム写真を掲載しています。記事の購入は執筆活動の励みとなりますので、よろしければ引き続き応援をよろしくお願いいたします。
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この先も、最終着地点はラブとピースを目指し頑張ります。
