他人の団地内の公園を梯子して娘を遊ばせる週末。旦那も私も家大好き人間なので、これでも頑張って外に出ているとお互い満足感を覚えるw (年表①)
Noteを機に自分の年表を書いてみました。
1986年: 韓国ソウルで誕生。両親も共々韓国人。時々聞かれるんですよねw
1987年: 父の仕事の関係で日本の東京に駐在。日本の保育園に通う。日本語が第一言語になり、何なら自分は名前がちょっと変わった日本人だと思い込んでいたw
1992年: 父の駐在期間が終了し、韓国のソウルに戻る。韓国の公立小学校に通う。この時は、韓国語をある程度聞いて理解はするものの、書けないし喋れない。最初のイジメにあうのもこの時。
1993年: 父が「俺は歩いて会社に出勤したい」とソウル内の別エリアに引っ越し。小学校を転校。
1995年: 同じエリア内で他のマンションに引っ越し。小学校も転校。ここで二度目のイジメにあう。
1997年: 小学校を卒業。卒業した小学校の横にある公立の中学校に入学。結構ダークな三年間。女子同士のイジメあいにうんざりして、私の性格はシニカルさを極めるものに。
2000年: 父親が退職。博士号を取ると言い出して、論文とか書き始めて、家の中が慌ただしくなる。リビングルームが書斎と化した印象。
2001年: 中学校卒業。進学校の高校に合格し、進学。当初は一般入試を準備していたが、たった一枠の日本語特記生の試験をダメ元で記念に受けたら合格し、そちらで進学。父親が博士号を取得、でもその過程で一回倒れたりしてたので、博士号取得後、療養がてら米国の叔父宅に旅行に行く。父親の旅行中、9/11発生(叔父宅はバージニア州にあったので、直接の影響はなし。)。父親の旅行中、私は韓国の全国日本語コンテストで一位を取る。米国の公立教育の環境に刺激を受けていた矢先にこれを米国で聞いた父親、韓国に帰宅後、私に留学を提案。この時既に秋頃だったため、短い期間で米国の私立高校入試を準備することに。
2002年: アプライした学校の中で2校程(あんまり覚えてないw)合格を受け、3月に一週間だけ高校2年生を過ごし、自主退学。4月21日(この日付は覚えているw)に渡米。5月から8月まではノースキャロライナ州のELSにホームステイしながら通い、9月にバージニア州の私立の女子校スタート。10学年から始めたので、一年ダブっている。
2005年: 米国の高校卒業。私の人生の中で一番頑張った3年である。大学はバージニア州立大学に進学。 Liberal Arts Schoolなので入学時から決まった専攻はなく、3年生の時に経営学を専攻、そして日本語をダブル専攻しました。まあ、日本語の方は点数稼ぎですねw
こうやって書いていると長いですなあw ここで一旦一区切りにしようと思います。前半戦ということに勝手にさせてください。
