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「それでも、私は踊る」——ボリショイの闇に飲み込まれた少女の実話|『JOIKA 美と狂気のバレリーナ』【ネタバレなし】

この映画の魅力を3文で

  • アメリカ人女性として初めてボリショイ・バレエ団とソリスト契約を結んだジョイ・ウーマックの実話をもとに、美と狂気が交差するバレエ界の深淵を描いた圧倒的な一作。

  • 「命を燃やす、とはここまでできることなのか」と感嘆するほどの情熱と狂気を、息をのむ映像美と迫力で体験させてくれる映画。

  • 観終わった後、「自分の人生の主導権は、いったい誰の手にあるのか」という問いが、静かに残る後味…


こんな方におすすめ

  • 誰かの評価や期待に応えるために、いつの間にか自分を見失ってしまったことがある方

  • 「ここまで来たら、もう引き返せない」と感じながら、それでも立ち止まれない経験がある方

  • バレエや芸術の世界の裏側に興味がある方

  • タリア・ライダー、ダイアン・クルーガーの圧巻の演技を体感したい方

  • アドラー心理学・自己決定・目的論に興味がある方


はじめに

 「やめたい」と思いながら、やめられなかったことがある。

 あなたにも、そんな経験があるかもしれません。

 ここまで積み上げてきたものがある。やめたら負けになる。あの人をがっかりさせたくない。

 ——気づけば、「自分がしたいからやっている」のではなく、「やめられないからやっている」状態になっていた、あの日々。

 その渦中では、自分がどこに向かっているのか、なぜそこに向かっているのかさえ、わからなくなっていく…

 今回ご紹介する映画『JOIKA 美と狂気のバレリーナ』は、その「渦中」を、圧倒的な映像美と演技で体験させてくれる作品です。

 さあ、感情の奥行きを、この映画から…


ボリショイが求めた「完璧」の代償——実話という重み

 『JOIKA 美と狂気のバレリーナ』(2023年・ニュージーランド/ポーランド/アメリカ)は、2012年にアメリカ人女性として初めてボリショイ・バレエ団とソリスト契約を結んだジョイ・ウーマックの実話をベースにした作品です。

 この「実話ベース」という事実が、映画全体の重みをまったく別のものにしています。

 スクリーンの中で起きていることは、創られたドラマではなく、実際に誰かが経験した現実なのです。


 監督・脚本はニュージーランド出身のジェームス・ネイピア・ロバートソン。

 前作『ダークホース(2014)』は世界50以上の映画祭でノミネートを受け、ホワイトハウスでも上映されたという異色の経歴を持つ俊英です。

 彼が「バレエ界の闇」というテーマに挑んだとき、そこに生まれたのは、単なるスポーツ映画でも芸術映画でもない、人間の内側を真正面から抉り取るような作品でした。


 主演のタリア・ライダーは、スティーブン・スピルバーグ監督『ウエスト・サイド・ストーリー(2021)』への出演でも知られる、ハリウッドの超新星。

 英国版VOGUEに「2021年ハリウッドの新時代をリードする6人の俳優」のひとりに選ばれた彼女が、純真な少女から狂気のバレリーナへと変貌していく様を、全身全霊で演じています。

 その変化は、セリフよりも、目の色で伝わってきます。


 伝説の教師ヴォルコワを演じるのは、ダイアン・クルーガー。

 『イングロリアス・バスターズ(2009)』『女は二度決断する(2017)』など多彩な作品に出演し、自身も英国ロイヤル・バレエ団でダンサーを目指していた経歴を持つ彼女が、脅迫的なレッスンで生徒を追い詰めるヴォルコワを演じると、その圧倒的な存在感は本物の「恐怖」として画面から伝わってきます。

 さらに、世界的バレリーナのナタリア・オシポワが本人役で登場。

 現役のダンサーたちが参加したことで、舞台の上の映像美には本物の重力を感じる作品となっています。


美と狂気が交差する、息をのむ舞台裏

 15歳でロシアに単身渡ったジョイを待ち構えていたのは、世界最高峰の舞台と、その裏側に潜む過酷な現実でした。

 ヴォルコワのレッスンは、「指導」という言葉では到底収まらないものです。

 過激な減量を強いられ、日々罵詈雑言を浴びせられ、ライバルとの蹴落とし合いが常態化しています。

 「完璧なプリマになること」という目標が、いつしか「生き残ること」と同義になっていく…


 本作のみどころは、その過程が「なぜ続けてしまうのか」をリアルに描いているところにあります。

 ジョイは弱くない。むしろ強い。

 その強さが、彼女を深みへと引きずり込んでいきます。

 「ここまで来た自分が負けるわけにはいかない」「あの人に認められたい」「プリマになることが、自分の存在証明だ」

 ——そういった感情が絡み合いながら、行動はエスカレートしていく…


 映像は終始、圧倒的な美しさ。

 舞台の照明、衣装の質感、身体の動きそれらひとつひとつも。

 その美しさの中に、じわじわと滲んでくる狂気。

 「美と狂気」という言葉が、これほど自然に同居している映画はそうそうないでしょう。


 そして同時に——これは「命を燃やす」物語でもあります。

 ジョイがバレエに注ぎ込むものは、時間でも努力でもなく、もっと根本的な何かです。

 自分の身体、感情、判断、誇り——それらすべてを、ひとつの夢のために差し出していく。

 その姿に、「ここまでできるのか」という感嘆と、「なぜそこまで」という問いが、同時に湧いてきます。

 情熱、とは、美しいものと思っていました。でもこの映画を観ると、情熱は時に、自分自身を焼き尽くす炎でもあると気づかされます。

 そして観ていると気づきます。ジョイの物語は、バレエ界だけの話ではない、と。


アドラーレンズの視点①:創造的自己——最終決定権は、あなたにある

 ここで少し立ち止まって、心理学者アルフレッド・アドラーの視点からこの映画を見てみましょう。

 アドラー心理学には「創造的自己」という概念があります。

 人は、遺伝や環境によって人生を完全に決定されるのではなく、与えられた条件をどう使うかを、自分自身のあらゆることは自分自身で決めている——という考え方です。

 ジョイは、過酷な環境に置かれています。

 拒否権がないように見える状況の中で、彼女は毎日選択し続けています。

 耐えるか、立ち向かうか、逃げるか、別の道を探すか。

 「状況がそうさせた」のではなく、その状況の中で「自分がどう動くかを決めているのは自分」——アドラーはそう指摘しています。

 これは、ある側面から見れば、残酷な言葉に聞こえるかもしれません。

 「あなたにも選べたはずだ」という言葉は、追い詰められた人間には重すぎることも…

 でも、アドラーの意図はそこにはありません。

 彼が伝えたいのは、「責任」ではなく「可能性」です。

 どれほど過酷な状況であっても、自分の中に最終決定権があるという事実は、同時に「自分の意志で、選択することができる」という可能性でもあります。

 ジョイが何かを選ぶ瞬間——その選択の前後で、彼女の目が変わります。

 その変化を見ているとき、「創造的自己」という言葉が、概念ではなく、生きた現実として伝わってきます。


アドラーレンズの視点②:目的論と対人関係——「誰のための踊り」か

 アドラーのもうひとつの重要な視点は「目的論」です。

 人の行動には、例外なく、すべて目的があります。

 「過去の原因によって動かされている」のではなく、「未来の目的に向かって動く」という考え方です。

 ジョイはなぜ、あれほど追い詰められながらも踊り続けるのか。

 「プリマになりたいから」——それは目的のひとつです。

 でも、もう少し深く見ると、別の目的が見えてきます。

 「ヴォルコワに認められたい」「ライバルに勝ちたい」「ここまで来た自分を無駄にしたくない」——それらはすべて、「誰か」との関係に紐づいた目的です。

 アドラーはこうも言っています。

「すべての課題は、対人関係の課題である」

 ジョイの苦しみの多くは、バレエそのものではなく、「誰かによい評価をされたい」「誰かに負けたくない」という対人関係の課題から来ています。

 特定の相手によい評価をしてもらうために行動するのか。

 あるいは、その相手によい評価をされないとわかっていても、自分を貫くのか。

 私たちは常に、その選択をしています。

 ジョイが踊るとき、「誰のための踊り」なのかが、少しずつ変化していきます。

 その変化が、この映画の核心です。


あなたは今、誰のために動いていますか

 少し、きかせてください。

 今あなたが続けていること——仕事でも、関係でも、習慣でも——それは「自分がしたいからしている」のか、「やめられないからしている」のか、振り返ったことは、あるでしょうか。

 もしそこに「やめたら負け」という感覚があるとしたら、それはは、誰から来ていますか?

 自分の内側からか、それとも誰かの目線からか…

 その問いを持つこと自体が、すでに「創造的自己」を使っています。

 問いを持てる人間は、答えも持てます。(仮説、ともいえます。)

 ジョイの物語は極限の状況です。これはよいお手本になります。

 また、「誰かの期待のために動き続け、気がつけば自分が見えなくなっていた」という感覚は、日常のどこかにも静かに潜んでいます。

 この映画を観るとき、ジョイに自分を重ねる瞬間があるとしたら——その瞬間が、あなた自身への問いかけになるでしょう。


おわりに:幕は、自分で下ろせる

 舞台の幕は、開く。そして、下りる。

 誰かに強いられて踊り続けた舞台の幕を、自分の手で下ろすことができるとしたら。

 あるいは、新しい舞台の幕を、自分で開けることができるとしたら。

 それが「創造的自己」であり、アドラーが伝えてくれていることです。

 ジョイが最終的にどう選んだか——物語のクライマックス。

 それを観届けたとき、「闇に飲み込まれた少女の悲劇」という感想には、きっとならないでしょう。

 命を完全燃焼させるほどの情熱を持って生きた人間の物語は、たとえどんな結末であっても、何かの光を残します。

 たとえ、燃え尽きた後の灰の中であっても。

 この映画が最後に残すのは、破滅でも勝利でもなく、もっと静かで、もっと深い何かです。

 圧倒的な映像美の中に、圧倒的な問いが込められた一本。

 ぜひ、体感してみてください。


作品概要

原題:JOIKA
制作年:2023年
制作国:ニュージーランド/ポーランド/アメリカ
監督・脚本:ジェームス・ネイピア・ロバートソン
出演:タリア・ライダー(ジョイ)、ダイアン・クルーガー(ヴォルコワ)、オレグ・イヴェンコ(ニコライ)、ナタリア・オシポワ(本人役)
原案:ジョイ・ウーマックの実話

関連作品 『ブラック・スワン(2010)』『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー(2018)』『パーフェクト・ブルー(1997)』『リトル・ダンサー(2000)』


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 そして、あなたの「誰かの期待のために動き続けていた、あの時期」のこと、あるいは「自分のために踏み出せた、あの瞬間」のことを——ご無理のない範囲でコメントくださると、嬉しいです。

また次の記事でお会いしましょう。

メンタルコーチ 中村常楽



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