大変だった経験を「私だけのもの」にしない【子育てエッセイ】
最近、一般的に大変だと言われる日々が愛しく感じるようになった。
私はちょうど1年前の2024年の6月、フリーランスになった。家庭の事情で保育士という安定した仕事を手放した。当時、旦那さんの花屋も経営不振。我が家は、住民税非課税世帯まで転がり落ちた。毎日生きるのに必死だった。
経済的な大変さ。
第二子くんがアナフィラキシーショックで意識を失った。初めて「子どもの死」を意識し、数週間ほど神経質に食品成分とにらめっこ。夜眠れなくなった。
精神的な大変さ。
一般的に言うと、「大変さ」にもいろいろある。
ちょっと前までは、ただ「しんどかった出来事」としか思えなかった。
でも、今は大丈夫。
だって、そんな大変だった私の人生の1ページが、誰かにとっての役に立つものになっていると気づいたから。
自分の中に保管し続けていたら、きっと今も大変だった過去でしかなかった。それ以上でも、それ以下でもなかった。
でも、私にはひとつだけ辞めないと決めていたことがあった。「noteを書くこと」だ。
当時の私は、余裕がなくて、それを人に知られるのが怖かった。恥ずかしかった。「ちゃんとした自分」でいなきゃと思っていた。
大変だった日々から、noteに書いても恥ずかしくないエピソードを指先でつまむように拾い上げて、書いた。
そんなnoteをたくさんの人が読んでくれたけれど、ふいに、noteにしんどさや大変さをありのままを書いたこともあった。
そしたら、
「わかります」
「読んで、ちょっと泣きました」
「元気出ました」
コメントやXからDMをもらったこともあった。
当時はありがたいな〜と思っていたくらいだったけど、今はわかる。私が向き合ってきた大変さやしんどさは、誰かの役に立つんだということに。
大変だったことは、言葉にしてnoteに書けば誰かのヒントになる。
たとえその出来事がつらくても、
うまく乗り越えられなくても、
完璧なアドバイスにはならなくても、
「私もそうだったよ」と言えることがあるだけで、誰かの孤独が、ほんの少しだけやわらぐかもしれない。
そしてそれは、過去の自分自身にも向けられる言葉になる。
私はこれからも、子育てのありのままをnoteに書いていく。いいところだけを切り取ったりは、もうしない。
「大変だった経験を、“私だけのもの”にしない」ために。
書くことで救われた自分がいる。
書くことで救われた誰かが、もしかしたらいるかもしれない。
せっかくネットの海にもぐれば、つながれる世界があるんだから。私は子育てしている同世代の人たちに役に立ちたい。
明日も、いい1日になりますように。
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