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金メダルの裏にある「人事の法則」〜りくりゅうペアに見た、運と準備の分岐点〜


ミラノ・コルティナオリンピック閉幕

ミラノ・コルティナオリンピックが日本時間の今朝、閉幕しました。

日本人選手の活躍が目立った本大会だと思いますが、個人的に、前半戦で特に感銘を受けたのは、スノーボード男子ハーフパイプの平野歩夢選手でした。

1月17日のW杯第5戦決勝で複数箇所の骨折および打撲と診断され満身創痍の状態でありながら、そこから1ヶ月経たずにオリンピックに出場したことは、「超人的」という言葉が安っぽく感じられるほど凄いことだと思います。

まだ27歳だというのに、「尊敬」という言葉しかありませんね。


もちろん、平野選手以外の全ての選手、そして選手をサポートした全ての方を讃えたいですが、今回のオリンピックで日本人の主役となると、やはり「りくりゅう」をおいて他にないのではないでしょうか。

ショートプログラムでの失敗を乗り越え金メダルを獲得した彼らの偉業に、多くの日本人が涙したと思います。


私は1970年代に活躍した渡部絵美さんを皮切りにフィギュアスケートを観るようになり、女子選手として世界初のトリプルアクセルに成功した伊藤みどりさんとは同い年、ということもあり、フィギュアスケート競技を観るのは若い頃から好きだったんですが、正直なところ、どうしても「シングル」の競技に目が行きがちで、、今回のオリンピックまで、りくりゅうペアにはそれほど注目はしていませんでした。

しかし、今回の彼らの偉業をきっかけに、彼らのことを色々と調べてみたところ、これは「下手な映画よりも惹きつけられるドラマ性がある」と思うとともに、あらためて彼らのことが好きになりました。

そして彼らのストーリーには、まさに私の現在の職務である「人事」というワードとの結びつきを感じずにはいられません。

「シングルがイマイチならペアで」 〜才能を再定義するタレントマネジメントの視点〜

りくりゅうペアの木原龍一選手は、1992年生まれの現在33歳とのことですが、元々はシングルスケーターとして活動するも、もう一歩のところで「トップ選手」までは登り詰めることはできず伸び悩んでいたようです。

そんな中、2012年、日本スケート連盟フィギュア強化部長(当時)の小林芳子さんという方が、木原選手の高い身体能力を見出してペアへの転向を促したとのこと。

当時の日本のペアは人材が極めて不足しており手詰まりになっていたが、小林さんが連盟のペア発掘担当として、木原選手に狙いを定めていたそうです。

そして、木原選手も最終的にそれを受け入れ、ペアへの転向が決まります。

「Number Web」より引用「Number Web」より引用

「人事」の世界で言うと、これは「タレントマネジメント」であったり、「捨てる神あれば拾う神あり」、ということと結びつくでしょう。

人事の世界で少なからずあるのが、ある組織や仕事で結果がでない社員に対して、それだけを以って「×印(バツ印)」の烙印を押すことです。

しかし、仮にそこで本人が最低限の努力をしていたにも関わらず結果が出ていないのだとしたら、それには何か理由があるはずです。

「上司と相性が悪い」とか「同僚の社員が皆、優秀過ぎる」とか「(営業の仕事なら)その社員の『前任者』が担当エリアで成果をあげすぎて、後任者が成果をあげられるだけの環境が残っていなかった」とか、色々な理由が考えられます。

だから、会社側は、その社員を雇った責任として、簡単にその社員に烙印を押すのではなく、その社員が、どんな仕事なら、もしくは、どんな仕事のさせ方をすれば、より力を発揮できるか、ということをしっかりと見極め、次のチャンスを与えるべきだと考えます。

また、「結果が出なくても、あるいは現在の上司から評価をされなくても、諦めず頑張っていれば誰かが見ていてくれている」(捨てる神あれば拾う神あり)というのは、私自身の仕事人生の中でも、重要な局面で複数回ありましたし、それが現在のキャリアにも繋がっています。

木原選手の場合、日本スケート連盟の小林芳子さんといった方々が、ちゃんと見ていてくれたからこそ、「シングルがダメでもペアで」、という次なる道が見つかったのでしょう。
本当に良かったですよね。


そして、トライアウトの結果、既にペア選手として活躍されていた高橋成美さんとペアを組むことが、2013年1月に正式発表されました。

また、高橋さんは、2021年に、史上最年少で日本オリンピック委員会(JOC)の理事にも選出されており、現役時代にオリンピックのメダル獲得はならなかったものの、その後、輝かしいキャリアを歩んでおられます。

まさに、これは「人事」の言葉で言えば、「キャリアステップ」に通ずるところですね。


引退寸前で手繰り寄せた奇跡 〜人事を左右する最大の要素は「運」(タイミング)〜

木原選手に話を戻すと、高橋成美さんとのペア解消後、次なる相手として、2015年から須﨑海羽さんとペアを組み、2017-2018シーズン、2018-2019シーズンと全日本選手権で連覇を果たしますが、練習で負傷した脳震盪や肩の痛みなどの影響で、その後の世界選手権などを欠場し、結果的に2019年4月、須﨑さんとのペアも解消します。

その後木原選手は、古巣のスケートリンク(現・邦和みなと スポーツ&カルチャー)で監視員などのアルバイト生活を送り、引退まで考えていたそうです。


一方、りくりゅうペアの三浦璃来選手のほうはというと、木原選手より9つ年下の2001年生まれで、元々、2015年から市橋翔哉さんとペアを組んでいましたが、2019年にペア解消。

当時、木原選手がアルバイトしていたスケートリンク(現・邦和みなと スポーツ&カルチャー)では、フィギュアの「ペア教室」が開催されており、木原選手はその”お手伝い”にも駆り出されていたそうです。

そして、同じタイミングで、そのスケートリンクでは、三浦璃来・市橋翔哉組の合宿も、行われていたとのこと。

また、その時の「ペア教室」には、通常はいないはずの、(後にりくりゅうペアを指導することになる)ブルーノ・マルコットさんも日本スケート連盟から招かれ参加していたそうです。
(ちなみにこのマルコットコーチ、ジョージ・クルーニー似のイケおじであるだけでなく(笑)、インタビューを拝見する限り、人柄も大変魅力的な方のようですね)

当時、三浦選手と市橋さんの関係は、ぎくしゃくしており、マルコット・コーチを交えて深刻な話し合いが行われているすぐそばで、木原選手はその日のアルバイトを終え、帰ろうとしていたtころ、マルコットコーチから「リュウイチ、靴をはけ!」と急遽声がかかり、木原選手と三浦選手は、初めていくつかの技を試したそうです。

後日改めてトライアウトが行われ、三浦選手のオファーを受けた木原選手は引退を撤回。りくりゅうペアが誕生した瞬間でした。

「Number Web」より引用「Number Web」より引用


ここでまた、「人事」ということに絡めて話をしますと、人の人事(異動や転勤、昇進、転職など)が決まるうえで、どんな要素が関わるか、ということで言えば、

  • (その人の)成果

  • (その人の)仕事への向き合い方 = 行動

  • (その人の)希望 = どんな仕事をしたいか・どんな部署で働きたいか

  • (その人の)家庭事情

  • 会社側の意思や事情

などが挙げられると思いますが、私自身、最も影響する要素は、

  • 「運」(タイミング)

だと思っています。

というのも、「何点取れば必ず合格(定員無し)」みたいな試験でもない限り、人の人事というものは、少なくとも、「その人だけの希望」では決まらないことがほとんどです。

誰かを動かそう(異動させよう)と思っても、受け入れ側の席に空きがないと動かすことはできない、というケースのほうが経験上、圧倒的に多いです。

どんなに優秀な社員で、会社側もその社員を「社内の筆頭部署に異動させよう」とか「昇進させてあげよう」と思っていたとしても、「タイミング」が合わなければ、長期間、冷や飯を食う、というようなことも少なからずあるでしょう。

一人の社員の人事異動一つ取っても、様々な要素がバチっと噛み合わないと、そう簡単に異動させることはできません。

逆に言えば、本来、その部署(仕事)に見合うだけの実力までは持っていない人であっても、タイミング次第で、「やむを得ず、その人をそこに異動させるしかない」みたいな人事もあります(特に人材難の中小企業は)。


そういう意味で、この「りくりゅうペア」は、共にペアを解消または解消しつつあるような状態にあったことや、トライアウトの場に二人がたまたま別の理由なのに一緒にいたことや、そこにマルコットコーチがいたことなどなど、、、木原選手ご本人も下記インタビューでおっしゃっているとおり、「様々な運(タイミング)が奇跡的に噛み合った」ことで生まれたペアなんだと思います。

「日テレNEWS」より引用


また、木原選手にとっては、またしてもここで「捨てる神あれば拾う神あり」ということが起きています。

引退も考えるほど大きくモチベーションが低下していた木原選手を、マルコットコーチの声がけをきっかけとして、三浦選手がアプローチし、木原選手のモチベーションに再び火を灯しました。


もちろん、そういう、奇跡的な偶然が重なって「りくりゅうペア」が生まれたとしても、それはあくまでも「始まり」であって、その後、成功するかどうかは、本人達の頑張り(努力)に懸かっているわけですが、この「りくりゅうペア」の誕生にまつわる話は、「人事」の世界と、非常にリンクするものを感じます。(リンクという言葉は、「スケートリンク」にも掛けています(笑))

いつ「靴を履け!」と言われてもいいように 〜チャンスを掴むための「準備」〜

今回のミラノ・コルティナオリンピックのフィギュアスケートは、坂本花織選手の最後のオリンピック舞台、ということもあり、また、”あざとポーズ”の中井選手という新たなヒロインも誕生したり、そして男子も鍵山選手が銀、佐藤選手が銅という、エキシビションの最後の最後まで、本当に楽しくて感動的なものとなりました。

そして、りくりゅうペアにとっては、これが最後のオリンピックになると思いますが、今回、彼らを見ていてあらためて思うのは、どれほどの才能も「運」がなければ開花せず、逆に「運」が巡ってきても「準備」がなければ掴み取れないという法則めいたものです。木原選手が引退を考えながらもリンクで靴磨きなどのアルバイトを続け、靴を履く準備を怠らなかったからこそ、あの偶然のトライアウトは今回の金メダルへと昇華されましたのだと思います。

人生という名のスケートリンクにおいて、私たちはいつ「靴を履け!」と声がかかるか分かりません。

特に、この記事を読んでくださっている若い皆さんは、いつやって来るか分からない「その時」に向けて、頑張っていただきたいな、と思います。

ちなみに、私は、というと、、、私はもう歳ですし、これまでの努力の量も”人並み以下”みたいな感じなので、常に「準備」ができているのは、新発売のガジェットをポチる指先くらいでしょうか(笑)

以上、お読みいただきありがとうございました。



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