言い出しっぺの約束は必ず守る
「海!」「河川敷!」
この言葉に彼はとても敏感だ。
耳がピクッと動き、目が真ん丸になる。
犬は200ほどの単語を覚えるとも言われているが、きっと彼なりに知っている言葉だけを拾い集めて、都合よく解釈しているのだろう。
そこへ追い打ちをかけるように、
「お散歩!」
と続ければ、もう確定だ。
鼻先で私の腕をこじ開け、「ほら、撫でて」と言わんばかりに頭を差し出してくる。
そのあと部屋の奥へスタスタと歩いて行き、お気に入りのボールをくわえて戻って来れば、
「早く行こうぜ!」
という催促なのだ。
こうして盛り上がってしまった気持ちは、できるだけ裏切りたくない。
少し時間が空いたとしても、言葉にした以上は必ず散歩へ出掛けるようにしている。
彼との約束だからだ。
なかでも車で出掛ける散歩がお気に入りらしい。
助手席から顔を覗かせ、大きく舌を出しながら全身で風を楽しんでいる。
その姿を見ていると、こちらまで嬉しくなる。
少し可愛らしい癖もある。
外の景色に満足したのか、それとも顔を出し続けて疲れたのか。
しばらくすると運転中の私の膝に顎を乗せ、そのまま静かに景色を眺めている。
海までは少し距離があるので頻繁には行けない。
その代わり、河川敷なら散歩の時間を含めても1時間半ほどで戻って来られる。
誰もいない海辺とは違い、河川敷ではリードを外して自由に走り回れるわけではない。
それでも目的地が近づくにつれ、クゥンクゥンと鼻を鳴らし始める。
待ちきれないほど嬉しいらしい。
その様子がなんとも可笑しくて、つい笑ってしまう。
6月の日差しは思いのほか強い。
遊歩道のアスファルトに手のひらを当てて温度を確かめると、すでに注意が必要な熱さになっていた。
彼もそれをよく分かっているのだろう。
いつもの半分ほど歩いたところで、素直にUターン。
車に戻ると同時に、用意していたペットボトルの水を勢いよく飲み始めた。
「河川敷!」
「お散歩!」
私が言い出した約束は、今日も無事に果たされた。
外の空気を胸いっぱいに吸い込み、心地よい疲労感に包まれながら帰路につく。
満足そうな横顔を見ていると、約束を守るというのは案外こういうことなのかもしれないと思う。
大げさなものではない。
相手が信じて待っていることを、きちんと叶えてあげること。
そんな小さな積み重ねの中に、信頼や絆は育っていくのだろう。
今日もまた、助手席には満足そうな相棒がいる。
それだけで十分に幸せな帰り道だった。
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