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池袋雑居ビル     ロードレーサーで見た日本④八甲田山 ― 「ここで終わるのかと思った日」(前編)

ロードレーサーで見た日本④
八甲田山 ― 「ここで終わるのかと思った日」(前編)


朝4時、私は岩手県平泉を出発した。
前日に1人だとどこも泊めてくれず、困り果てていた私に、駐在さんの真摯な対応と交渉で、泊めていただくことができた。

私は、ひたすら北を目指した。

あの駐在さんには本当に感謝している。

途中、空港の脇を通る頃には降り出した雨がかなり強くなっていた。

泥よけのない私のロードレーサーは、後輪がはね上げた泥水を遠慮なく私の背中へ浴びせかける。

自転車を降りて休憩した時、初めて背中がとんでもないことになっているのに気が付いた。

岩手県は本当に大きい。
北へ向かっても向かっても、追い抜いていく車のナンバーは延々と岩手ナンバーのままだった。

「まだ青森に入れないのか」
と思いながらペダルを踏んでいたあの気持ちは今でも昨日の事のように、よみがえってくる。

青森県に入り、途中で十和田湖方面へ左折しようと思っていた。

しかし、その日のうちに青森駅へ着くのは時間的に無理だと悟り、そのまま直進して青森県の野辺地に宿泊することにした。

国道を折れ、小さな踏切を越えると野辺地の駅があった。

降雪対策のため、足が付いて高くなっている灯油缶が外にある光景を初めてその時に見た。


翌朝、しばらく国道を逆戻りし、右折して十和田湖を目指した。
十和田湖までは、微妙な上り坂が延々と続く。

これは自転車だからこそ感じ取れる非常に精神的につらい坂道だと思った。

私はこういう坂があまり好きではない。

急な坂なら、その先に気持ちの良い下り坂が待っている。
風を切ってくだることのできる下り坂が待っている。

だが、だらだら続く坂は苦労のわりに報われない。
いつの間にか下っている。

何となく人生模様を感じてもいた。

やっとの思いで十和田湖へ到着した私は、奥入瀬川で顔を洗った。

観光客で賑わう湖畔で少し休憩しながら、小学生の頃、伝記を読んであこがれた、ヒメマスを十和田湖へ何度も放流した和井内貞行のことを思い浮かべた。

一度ここに来たかった。

そして、来た道を戻り、焼山という分岐点にたどり着いた。

そこで私は大いに迷うことになる。

青森市内へ抜けるには、直線距離では、八甲田山を越えるのが圧倒的に近い。

ちょうどそこへ青森大学の自転車部員の人たちがやって来た。

話をすると、皆が口を揃えて言った。
「やめた方がいいですよ。」
しかし、結局私は、その道を選んだ。

少し走ってすぐ後悔した。
私を追い抜いていったバスが、一番力のあるギアで

「ウーッ、ウーッ」

とうなりながら苦しそうに登っていったのである。

バスでさえあの状態なのだ。
私が楽に登れるはずがない。

やがて私は自転車を降り、しばらく、ロードレーサーを押しながら歩いていた。

真夏の日差しが容赦なく照りつける。

再び乗ってこぎ始めても、なかなか前へ進まない。

そのうち、自分の頭の周りを何匹もの虫がぐるぐる飛び回っていることに気が付いた。

汗の臭いに引き寄せられていたのだろうか。
それとも何かを自然の力が感じ取ったのであろうかと嫌な想いが私をよぎる。

本気で、
「もしかしてここで自分は終わるのだろうか」

と思っていた。

途中、右へ折れると有名な酸ヶ湯温泉へ何キロという案内板が見えた。

行ってみたい気持ちはあった。
だが往復する体力など残っていない。

私はそのまま前へ進んだ。

そして――。
もう本当に無理かもしれないと思った時、突然視界が開けた。

そこには素晴らしい景色が広がっていた。

傍らには、
「十和田八幡平国立公園」
の看板。

どうやら私は八甲田山を登り切ったらしい。

その時、気づくと一台の軽自動車がやって来た。

アイスキャンディを売るおじさんだった。

そういえば昔、テレビで
「運動直後にアイスを食べると余計に喉が渇く」

という話を聞いたことがある。
だから本当はやめようと思った。

だが水分と共通する期待感もあり、我慢できなかった。

一本買って食べた。

すると大変なことになった。
冷たいはずのアイスなのに、喉から食道にかけて焼けるような熱さが走ったのである。

「やばいぞ、これは」

私はしばらくその場から動くことができなかった。

八甲田山での試練は、まだ終わっていなかった。

この先、私は八甲田山の歴史を象徴する「あの銅像」と出会うことになる。

(後編へ続く)

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