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日本史短編小説集④『関ケ原の戦い』

本作は、特定の作家の作風に敬意をもって執筆した「文学的実験」です。登場人物や物語はすべてオリジナルです。

はじめに

関ケ原の戦い――それは、1600年10月21日、天下を二分した一日の戦いである。徳川家康率いる東軍と、石田三成を中心とする西軍が、美濃国関ケ原で激突し、わずか数時間で決着がついた。勝者は家康、そして江戸幕府の礎が築かれた。だが、そこに至るまでの裏切り、迷い、そして人間くさい葛藤の数々は、歴史の教科書では淡々と記されているだけだ。

今回は、その関ケ原を舞台に、太宰治風――つまり、自嘲と諦観、そして人間の弱さを直視する語り口でお届けする。
読者よ、笑うがいい。あるいは、呆れるがいい。戦国の英雄たちもまた、私やあなたと変わらぬ、どうしようもない生き物だったのである。


関ケ原の戦いについて


歴史の本は、つくづく残酷だと思う。紙の上では、関ケ原はたった一行か二行で片づけられてしまう。十月二十一日、徳川家康の東軍が勝ち、石田三成の西軍が敗れた。以上。それだけのこと。だが、そこに至るまで、どれほどの人間が、どれほど情けなく、惨めで、愚かで、そして愛すべき小さな夢を抱いていたことか。


三成は正義を信じた。しかし、その正義が他人には鬱陶しく映ることも知らず、孤立していった。家康は勝つために手段を選ばなかった。裏切りも甘言も、全部呑み込んで笑っていた。戦国の名将たちは、誰もが胸の奥で「自分だけは生き残りたい」と思っていた。いや、あなたもそうでしょう? 私も、そうなのです。


関ケ原の霧の朝、陣羽織を握る手は冷たく湿っていたに違いない。勝敗のゆくえよりも、自分の首の重さばかりが気になったはずだ。人間は、立派な戦の名前の下で、今日もみっともなく震えている。

恋愛短編「霧の前夜」太宰風


あの戦いの前夜、私は彼に会いに行った。陣の外れ、小川のほとり。水音が、やけに優しく響いていた。彼は東軍に、私は西軍に属していた。顔を合わせれば、どちらかが死ぬはずの相手。笑ってしまうほど、馬鹿げた関係だった。


「明日は、敵ですよ」

そう言った私に、彼は目を細めた。

「敵だろうと、味方だろうと、おまえはおまえだ」

その言葉は、甘くもなく、熱くもなく、ただ妙に哀しかった。


夜は冷えた。草の匂いと、焚き火の煙が衣にしみた。私は彼の肩に寄りかかった。戦の朝が来れば、全てが終わる。だからせめて今だけは、人間らしくいたかった。


翌日、霧の中で、私は彼を探した。叫び声と馬の嘶きと、鉄の匂いが渦を巻いていた。彼の姿は、もうどこにもなかった。いや、そもそもあの夜、本当に彼はそこにいたのだろうか。私は今も、あの言葉の温度を疑っている。


ファンタジー短編「霧を渡る声」太宰風


関ケ原の朝は、世界が白く閉ざされていた。霧はただの霧ではなく、声を孕んでいた。東も西もない、死者も生者も隔てぬ声。私の名を呼ぶその響きに、私は足を止めた。


声の主は、あの人だった。前夜、小川のほとりで別れたはずの。いや、もうこの世の人ではないかもしれぬ。霧の向こう、影が手招きをした。


「こっちへ」

そう囁かれた瞬間、私は戦場の音を忘れた。馬の蹄も、槍の衝突も、遠くの鐘のように霞んでいく。


もし踏み出せば、二度と戻れない気がした。けれど私は、一歩を選んだ。白い世界の中、彼の姿は少しずつ輪郭を持ち、微笑みを浮かべた。


その瞬間、霧が裂け、銃声が落ちた。視界が戻った時、そこには誰もいなかった。私はただ、掌に残る温もりだけを抱きしめ、戦の中へ戻っていった。


ホラー短編「黒い旗の下」太宰風


戦場の土は、まだ夜の冷たさを抱いていた。足元には黒い旗が落ちていて、風もないのに端がふるえていた。私はそれを拾い上げた。濡れている。血だろうか。いや、もっと冷たい、井戸の底の水の匂いがした。


ふと、耳元で笑い声がした。女の声だった。背筋がこわばる。振り返ると、そこには誰もいなかった。ただ、旗の布が、私の耳に沿って滑り、囁いたのだ。


「おまえも、こっちへ」


心臓が一度、大きく跳ねた。旗を捨てようとしたが、指が開かない。布が手首に巻きつき、脈を吸い上げるように締めつける。視界の端に、何十もの影が立っていた。甲冑も顔もない、ただ黒い影ばかり。


その中央で、旗がゆっくりと立ち上がった。私の手首を引きながら。

「もう、帰れないよ」


土の冷えが脚から胸へと這い上がる。私は叫んだが、声は出なかった。代わりに、旗がはためく音だけが戦場を覆い、朝はまだ来なかった。


お仕事短編「軍議の机」太宰風


机の上には、地図と酒と、そして、誰も口にしない沈黙があった。

私は小姓として、その机の端に座らされている。殿は地図を指でなぞり、時折、ため息をつく。その指の動きは、まるで川の流れを逆に戻そうとしているようだった。


「西軍はここを押さえる。……だが、味方が信じられぬ」

殿はそう言って、盃を傾けた。私には戦のことなどわからない。ただ、殿の眉間の皺の深さだけが、すべてを物語っているように見えた。


私は筆を取り、命令書を書き写す。けれど、筆先が震える。墨が滲むたびに、心臓がひとつ脈打つ。これは命令ではない、誰かの死刑文なのだ。


「おまえも、書くのが辛いか」

殿の声は静かで、そして妙に優しかった。私は笑って首を振った。だがその瞬間、胸の奥で何かが崩れた。書いた文字が、紙の上で血のように広がっていく。


外では太鼓が鳴り始めた。軍議は終わり、戦が始まる。机の上の沈黙だけが、最後まで動かなかった。


ミステリー短編「裏切りの矢」太宰風


戦場の朝は、どうしてこんなに白々しいのだろう。霧が濃くて、矢が飛んできても見えはしない。いや、そもそも矢は敵から来るものだと、なぜ信じていたのか。


小姓仲間の庄吉が倒れていた。背中に一本の矢。だが、私はすぐに気づいた。この矢羽は、うちの部隊のものだ。形も色も、見慣れたものだった。


「殿、敵の仕業ではありません」

そう口に出すと、殿はひどく疲れた目をした。まるで、すでにその答えを知っていたかのように。


私は陣幕の中で、弓を整える兵たちを見回した。誰も視線を合わせない。酒の匂いが鼻を刺す。昨夜の酒盛り、誰かが口を滑らせた。「明日には…邪魔がいなくなる」と。私は笑って受け流した。それが、笑うべきことではなかったのだ。


犯人は突き止められなかった。いや、突き止めようとしなかったのだ。戦は続き、庄吉の死も、霧の中で溶けていった。


霧が晴れる頃には、もう私も、真実など要らないと思っていた。戦場では、裏切りもまた、ただの戦術なのだから。


あとがき(太宰風)


どうも、私はいつも、こうして自分の書いたものを振り返ると、ひどく気恥ずかしくなるのです。いや、正確には、これは私が書いたのではなく、誰かの手を借りて紡がれた言葉たちで、それなのに妙に自分の弱さや滑稽さが透けて見えてしまう。


関ケ原の戦いなど、歴史書の中では勇ましい話ばかり並んでいるけれど、人間の内側は、そんなに立派なものではありません。嫉妬も、怠け心も、裏切りも、みんな当たり前のように混ざっている。私が描きたかったのは、旗や槍の影でひっそりとうずくまっている、そういう情けない人間の姿です。


もし、これらの短い物語の中に、ひとつでもあなたの胸をざわつかせる影が潜んでいたなら、それはきっと、歴史の中の「彼ら」ではなく、あなた自身の中にいる「私」なのです。


どうぞ笑ってください。笑われることは、私にとって唯一の救いですから。



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