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雪の日の革靴


小学校二年の冬だった。
いつも通り、誰もいないはずの家に帰った。

玄関を開けた瞬間、見慣れない大きな黒い革靴があった。
その違和感だけは、今もはっきり覚えている。
子どもの僕には、それがとても不自然で、怖かった。
胸の奥がざわついて、そのまま二階へ上がった。
部屋を覗いた瞬間、見えた。

下着姿の母。
そして、背を向けた、知らないおじさん。
僕は何も言えなかった。

そのまま玄関へ戻って、外へ飛び出した。
雪を両手いっぱいに掴んで、黒い革靴の中に詰め込んだ。
あれが何だったのか、今になってもよくわからない。
怒りだったのか、悲しみだったのか、怖さだったのか。
でも、たぶん幼いなりの抗議だったのだと思う。

しばらくして母が降りてきた。
何か言われた気がする。
でも、そのときの母の顔は、今でもうまく思い出せない。

そのあと外へ走っていった記憶はある。
でも、その先はもう途切れている。


そのおじさんの記憶は、もう一つだけある。
僕は巨人ファンだった。
そのおじさんが、バックネット裏のチケットを取ってくれたのだ。

王さんが目の前にいて、僕は興奮していた。
でも、隣に座っていたおじさんと、どんな会話をしたのかは全く覚えていない。
たぶん、ほとんど喋らなかったのだと思う。
人見知りだったし、そもそも心を開けていなかった。

僕の中でその人はずっと、「雪の日の革靴」とセットのまま残っていた。

それから何十年も経った。
今になって振り返ると、若い頃の僕は、どこかで他人の愛情や親密さに嫉妬していた。
不倫や略奪みたいな恋愛に惹かれることが多かったのも、今なら少しわかる気がする。

きっと僕は、誰かを奪いたかったのだ。
あの日、自分から何かを奪ったように見えた存在に対して、
ずっと見えない反撃を続けていたのかもしれない。

大学生の頃、姉が教えてくれた。
あのおじさんは地元では有名な医師で、裕福な人だったらしい。
父を早くに亡くした母が、子ども四人を育てていく中で、支えになってくれていた人だったという。
そして、その関係は僕が大学二年の頃に終わったと聞いた。

母が亡くなったあと、遺品整理をしていて、
僕はとうとう、その人の痕跡と向き合うことになった。

二人の写真。
記念品。
そして、大量の手紙。

全部読むつもりだった。でも、一通で止まった。
そこには、ただの恋愛では片づけられないものがあった。
深い愛情と、葛藤と、支え合いの記録があった。
――一通で、十分だった。

おじさんが亡くなったときの新聞記事の切り抜きまで、母は大切にしまっていた。

母は、生涯一度もその人のことを僕たちに語らなかった。

でも、今ならわかる。
その沈黙こそが、母の優しさだったのだと思う。
僕らに余計な戸惑いを背負わせないために、
母は全部、自分の胸の中にしまって生きていたのだ。

あの日、雪を詰めた革靴に向かって、僕はきっと「来るな」と言いたかったのだと思う。

でも今は、違う。
あの人がいたことの意味を、ようやく受け取れるようになった。

母を支えてくれていたこと。
僕たち兄妹が飢えずに育ち、教育を受けられたこと。

それは、母ひとりの力だけではなかった。
もちろん母が頑張った。
でも、その陰には確かに、あのおじさんもいた。

子どもの僕には見えなかったものが、何十年も経って、ようやく見えた。

雪の日の革靴に込めた幼い抗議は、
今、静かにほどけていく。



あとがき

引っ越しのために遺品整理をしていたら、母宛に送られた手紙がたくさん出てきました。

その中の一通を読んだとき、止まっていたものが少し動いた気がしました。

だから、この話をもう一度書いています。

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