『終わりの音を聴いた少年⑥』
第6章 閉じられた教室
「次の扉は、“記憶の中”にある」
ミユの言葉が頭から離れなかった。
それは比喩じゃない。僕の中の“なにか”が、確かに反応していた。
その夜、僕は夢を見た。
――古い教室。
机とイスがバラバラに並び、窓にはカーテンもない。
床の隅に、埃をかぶったランドセルがひとつだけ転がっていた。
僕は知っている。この教室を。
ここは――僕が閉じ込めた記憶の場所だ。
「ここに、第三の扉がある」
誰かが、背後でそう囁いた。
振り返ると、そこには幼い僕自身が立っていた。
6歳くらい。泣いている。でも、声は出ていない。
「……あのときの……」
その瞬間、教室の壁に、黒い線が浮かび上がった。
カチ……カチ……
音が教室全体に広がっていく。
そして、壁の真ん中に――“ドア”が現れた。
僕は一歩、近づいた。
ドアの前には、鍵がひとつだけ吊るされていた。
でも、その鍵に手を伸ばそうとしたとき――
幼い僕が、僕の手を握って、首を振った。
「開けちゃダメ。
ここを開けたら……あの時の“声”が、また来ちゃう……」
僕は動けなかった。
でも、ドアの向こうから――“あの音”が、確かに聞こえていた。
――カチ、カチ、ゴリ……カリ……
第三の扉は、僕の記憶の奥底にあった。
幼い僕は、僕の手を掴んだまま、小さく震えていた。
「……開けたら、また、来るんだよ……」
「“あの声”って……何?」
僕が問いかけても、幼い僕は何も言わない。
ただ、涙を浮かべて、壁のドアを睨んでいる。
そのとき、僕の中で、ひとつの記憶が“音”としてよみがえった。
放課後の教室。
誰もいないはずなのに、誰かの声がした。
「なんで来なかったの?」
「約束、したのに」
「わたし、一人で、ずっと待ってたんだよ」
誰の声か、思い出せない。
でもその声が、僕の中の“何か”を壊してしまったのは、覚えている。
僕はその日以来、誰かに期待されるのが怖くなった。
約束を守れないのも、守ってもらえないのも、どちらも怖かった。
「……その声が、また来るの?」
幼い僕は、コクンとうなずいた。
「でも、あの子は――“閉じ込められてる”んじゃないの?」
僕が問いかけると、幼い僕は、少しだけ顔を上げた。
「……たぶん、そうかも」
「じゃあ、開けなきゃ」
「でも、怖いよ」
「うん。怖いね。でも……」
僕は鍵に手を伸ばした。
「もう一人じゃない。今は、ミユも、アキラもいる」
僕が鍵を握った瞬間、
幼い僕は、小さくうなずいて、少しだけ微笑んだ。
そして――消えた。
僕が鍵をドアに差し込むと、音が鳴った。
カチ……ガチャ……ゴゴ……
ドアが、重たい音を立てて開いた。
その奥にあったのは――
黒板のような空間。
そこには、何も書かれていない。
でも、真ん中にだけ、一言だけ浮かんでいた。
「待ってたよ」
その瞬間、どこかで第三の鐘が鳴った。
――ゴォォォォォン……
世界が、また少し傾いた。
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