『終わりの音を聴いた少年④』
第4章 二人と一人
次の日。
空は晴れていたけれど、僕の中にはずっと靄のようなものが残っていた。
昨日の“影”のことが、心のどこかにひっかかっていたのだ。
学校では誰も気づかない。
笑って、話して、走って、怒られて……
何も知らない日常が、いつも通り繰り返されている。
それが、少しだけ怖かった。
“本当に世界が終わるなんて、僕たち以外は誰も知らない”
昨日の出来事が幻だったんじゃないかとすら思うほど、
周囲の空気は“無事”そのものだった。
でも僕のポケットには、あの譜面がある。
『終わりの音 第1楽章』
埃だらけの音楽室で、少女の祈りと共に残されていた楽譜。
それが現実だった証明だ。
「おはよう、ルイくん」
突然、横に現れたミユの声で、思考が途切れた。
「……昨日のこと、誰にも話してないよね?」
「もちろん」
彼女は、小さく頷いた。
「昨日の“鍵”を開けたことで、ちょっとだけ流れが変わった。次の鐘まで、まだ二日。今日は情報を集める」
「情報って……どこで?」
「“他に聞こえている人”を、探すの」
ミユは、教室の廊下の向こうを見つめた。
「必ず、どこかにいる。音を聞いてるのに、黙ってる子。……気づいてるのに、動けない子」
「どうやって分かるの?」
「“目”だよ。音を聞いてる人の目は、普通の子とちょっとだけ違う。……あの日の私みたいにね」
そう言って、ミユは自分のまつげをいじりながら笑った。
その笑みには、どこか痛みが混ざっていた。
昼休み。
僕とミユは校舎の中を、目的もなく歩いた。
昇降口、図書室、理科準備室、体育館の裏。
「……ねえ、あの子。見たことある?」
ミユが小声で言った。
見れば、1年下の子だった。
壁際のベンチに座り、一人でお弁当も食べず、ただ窓の外をじっと見ている。
「誰?」
「名前は知らない。でも……音を、聴いてる顔だよ」
僕らは近づいた。
彼は小柄で、手足も細い。
でも目だけは、異様に大きく、暗く澄んでいた。
「こんにちは」
ミユが優しく声をかけた。
「……」
彼は、こちらを一瞥したあと、また窓の外を見た。
「君も、聞こえてるよね。……あの音」
「……“カチカチの音”?」
答えが返ってきた。
「昨日、すごく大きな鐘の音が聞こえたんだ。でも、誰も気づいてなかった。あれ、なんだったの?」
僕とミユは目を合わせた。
「……やっぱり」
ミユが小さく頷く。
「君の名前、聞いてもいい?」
「アキラ」
「アキラくん。私たちも、その音を聞いてる。……たぶん、同じものを」
アキラの目が少しだけ揺れた。
「……本当に?」
「うん。だから、もしよかったら、力を貸してほしい。私たちと、一緒に来てくれない?」
「……でも、僕、怖いんだ」
その言葉に、僕の胸がちくりと痛んだ。
「昨日、見ちゃった。ピアノの部屋で、黒い影がうごめいてるのを」
「えっ」
ミユが息をのんだ。
「見たの? あの“影”を?」
アキラはうつむいたまま、頷いた。
「僕、音楽室に忘れ物しちゃって。誰もいないはずなのに、ピアノが勝手に鳴ってた。怖くなって逃げた。でも、足元から影が伸びてきて、僕の靴の端まで……」
「……噛まれた?」
「うん」
彼は、そっと靴下をめくった。
そこには、黒く染みのような痕が残っていた。
「これは、たぶん、“呪い”の一部だよ」
ミユが、震える声で言った。
「影は、“音を聴く者”にしか見えない。
でも、見たってことは、アキラくんは“選ばれた”ってこと。……もう、巻き込まれてる」
アキラの手が小刻みに震えた。
僕は、その手に、そっと自分の手を重ねた。
「大丈夫。僕も、怖かった。でも、一人じゃない」
「……うん」
アキラは、少しだけ笑った。
「じゃあ……僕も、行くよ」
その瞬間だった。
――ゴォォォォン……
二度目の鐘が、鳴った。
頭の奥に響くような、重い音。
「早すぎる……!」
ミユが叫ぶ。
「まだ一日あるはずだった! なのに、なんで――」
アキラが顔を上げた。
「“急がないと、間に合わない”って声がした。……誰かの声で」
次の扉が、開こうとしている。
しかも今回は、“予定より早く”。
そして、きっと――もっと“強い影”が待っている。
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