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『感情の国ーシロとエモノスたちー⑩』

第10話 封印の扉と、失われた名前

 

僕の手の中に残ったナミの涙は、まるで心臓の鼓動のように、かすかに震えていた。
それはまるで、“次へ進め”と鼓舞しているようだった。

 

僕は歩き出した。
風に導かれ、ナミの涙を胸に、感情を失った人々の中を抜けて。

 

そして、たどり着いたのは――「封印の扉」。

 

古い遺跡のような場所に、ぽつんと佇む巨大な扉。
その表面には、無数の“名前のない子どもたち”の影が刻まれていた。

 

扉の前に立つと、風が強く吹いた。
僕の中の“感情たち”がざわめき始めた。

喜び、悲しみ、怒り、恐れ、孤独、希望。
それぞれが「ここに来た意味」を思い出そうとしていた。

 

そのとき、扉の脇に、小さな石碑があるのに気づいた。
そこには、古い文字でこう刻まれていた。

 

「名前を忘れた子どもたちよ。
感情を取り戻すことで、扉は開かれる。
だが、開けるたびに“代償”を支払わねばならぬ」

 

僕は躊躇した。

代償――それは何だろう。
自分の命? 記憶?
それとも、また“誰か”を傷つけること?

 

そのとき、ナミの涙が再び光った。
まるで「大丈夫」と囁くように、僕の心に語りかけてきた。

 

「……行こう」

僕はそう言って、扉に手を伸ばした。

すると、扉がゆっくりと開いていった。

きぃぃ……という音とともに、冷たい風が吹き抜ける。

 

中には、“名前のない子どもたち”がいた。

彼らは静かに座り、誰とも目を合わせず、ただ下を向いていた。

顔はある。でも、表情がない。
それはまるで、“生きている人形”のようだった。

 

僕は一歩ずつ近づいていった。

その中のひとりの前に立ち、声をかけた。

 

「君の名前……知ってる気がする」

 

すると、その子の肩がかすかに震えた。
僕は、胸の中の“感情の記憶”をたぐり寄せながら、ゆっくりと言った。

 

「ユウト……君は、僕と遊んだことがある。
 砂場で、笑って、転んで、泣いて……それでも、“楽しかった”って言ってくれた」

 

少年は顔を上げた。

そして――目から、涙がひとすじ、こぼれた。

 

その瞬間、彼の身体がうっすらと色づいていく。

無色だった髪に、淡い茶色が戻り、瞳に光が宿る。

 

「ぼく……ユウト、なの?」

「うん。君は、ちゃんと君だよ」

 

そう言った瞬間、ユウトの胸からも、小さな“光のしずく”が生まれた。

それは、ナミの涙と同じ“感情の結晶”。

 

僕はそれをそっと受け取った。

そして、確信した。

 

――名前は、感情とともにある。
――感情があるから、人は人になれる。

 

封印の扉の向こうには、まだ多くの“名前を失った子”たちがいる。

この旅は、まだ終わらない。

 

でも、確かに前へ進んでいる。

 

風がまた、背中を押してくれていた。

 

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