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『終わりの音を聴いた少年③』

第3章 音の中の祈り


古い音楽室――そこはもう、学校の中でも“誰も近づかない場所”になっていた。

廊下の蛍光灯はところどころ切れていて、窓のガラスもヒビが入っている。
「誰かが夜中にピアノを弾いている」なんて、怪談みたいな噂もあった。
でも今は昼間。校庭ではまだ部活の声が聞こえていた。

なのに――

その扉の前に立った瞬間、僕の肌が粟立った。

「……空気が、止まってる」

「うん。ここが、“最初の扉”の内側」

ミユは何の躊躇もなく、ドアノブに手をかけた。

ギィィ……

開いた扉の向こうには、想像よりずっと広い空間があった。
グランドピアノ、折りたたまれた椅子の列、黒板、譜面台。
でも、どれも埃をかぶり、時間が止まったままだった。

「……鍵は、この中にあるの?」

「鍵っていっても、たぶん、目に見える形じゃないと思う」

「じゃあ、どうやって見つけるの?」

「“聴く”の。音の中に、記憶が眠ってる」

ミユはまっすぐピアノへ向かった。

僕は戸惑いながらも後を追った。
ピアノの鍵盤は黄ばんでいたけれど、どこか神聖な雰囲気があった。

「……誰かが、ここで、祈ったのよ。世界が終わらないように」

ミユがそう言った瞬間、部屋全体の空気が変わった。

窓の外の音が、すっと消えた。

そして、誰も触れていないピアノが――
ひとりでに、鳴った。

ポロン……
ポロロロン……

まるで“誰かの手”が鍵盤を撫でているようだった。
旋律というより、誰かの記憶が、音になって浮かび上がってくるような感覚。

「……聞こえる?」

「うん」

僕は目を閉じた。

すると――世界が、溶けた。

音の中に、景色が広がっていく。
白黒の教室。女の子が一人、ピアノの前に座っていた。

小さな背中。肩を震わせながら、何度も、何度も同じメロディを弾いている。

「お願い……世界を、連れていかないで……」

彼女の声が、音に混ざって響く。

「神さまじゃなくてもいい。誰かが……誰かが、気づいてくれますように」

その旋律は、悲しみと希望が混ざり合っていて――
僕の胸を、ぎゅっと締めつけた。

「この子が……“祈った”のか?」

ミユが言った。

「鍵は、“誰かの願い”の中に隠されてる。
その願いを、誰かが“受け取る”ことで、鍵になるの」

「じゃあ……僕が、この子の願いを、受け取る?」

「そう。あなたが、それを“引き受ける”覚悟をすれば――鍵は、開く」

景色が、すっと引いていく。
僕の目の前には、再び現実の音楽室があった。

ピアノは静かに沈黙していた。

「……やる」

僕は、ミユの方を見ずに言った。

「この願いを、僕が……受け取る」

すると、ピアノの中から――一枚の譜面が、風もないのにひらりと床に落ちた。

それは、さっきの女の子が何度も弾いていた、あの旋律だった。

表紙には、手書きの文字が残っていた。

『終わりの音 第1楽章』

僕の指が、その紙に触れた瞬間――

世界が、強く“揺れた”。

目の前がぐらりと傾き、床が波のように歪んだ。
教室が、まるごと異空間に飲み込まれたように、空気が反転する。

「扉が……固定された!」

ミユが叫んだ。

「間に合ったんだ! 第一の扉が、“開いたまま”になった!」

でも、そこに安心する暇はなかった。

ピアノの下から、**“黒い影”**がゆっくりと、滲むように広がりはじめていた。

「……なに、これ」

「“終わり”の本体。たぶん、これはまだ“前触れ”……だけど、はっきりしたね」

ミユが睨みつけるように言った。

「この世界を飲み込もうとしている“存在”が、本当にいるってこと」

影の中から、またあの“カチカチ”が聞こえてくる。

でも、今回は違う。

カチ……カチ……ゴリ……カリ……カチ……

まるで、歯車が壊れかけているような、不吉なノイズが混ざっている。

「早く、ここを出よう!」

僕たちは走った。

影は追ってこなかった。

でも、逃げながら確信した。

これから先、開けた扉の数だけ、もっと大きな“なにか”が待っている――

それでも、僕は逃げない。

あの旋律の中の祈りが、僕の中で静かに燃えていた。

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