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連載ファンタジー小説『スピの森』⑪

第11章 今を歩く旅人(トオル)


午後の光は、森の木漏れ日を透かして白金色に輝き、道端の砂埃をきらきらと浮かせていた。細かな粒が靴の隙間に入り込み、歩くたびにさらさらと音を立てる。喉が渇き、舌の奥に土の甘さがうっすらと残る。
前方には、背の高い男が一人、ゆっくりと歩いていた。広い背中は古びた布で覆われ、肩から下がる紐は擦れて色が抜けている。

「速いですね」
そう声をかけると、男は振り返らずに歩みを緩めた。
「ゆっくり歩いてるよ。君の頭が急いでるだけだ」

丘の上まで来ると、風が汗を冷やし、皮膚に塩の粒が蘇る。遠くの犬の吠える声、近くの蜂の低い羽音が交互に耳を打った。男は地面に枝で小さな円を描く。
「思考が先に出ると、“今”が薄くなる。順番を変えてごらん」
「順番?」
「触る、嗅ぐ、聞く、見る、そして考える。逆でも、少しの間なら考えを置いておける」

アリトは道端の草を撫でた。ざらついた感触が指先を逆撫でし、青く湿った匂いが鼻の奥に広がる。遠くで山が鳴るような低音が胸骨を震わせ、白い雲の縁が陽に照らされて眩しい。
――そのあとで、ようやく思考が追いつく。考えは、ゆっくりとした輪郭を持ち、余白を残して立ち上がった。

下り道の途中、子鹿が一瞬だけ姿を見せ、すぐ茂みに消えた。
「すぐに“吉兆”とか“偶然”なんて名をつけない。名前をつけた瞬間、見えるものが減る」
トオルは笑った。名づけられないまま持つ感覚は、不安にも似て、それでいて軽い。

夕暮れが近づく頃、道端の小さな売店で麦茶を飲む。氷が触れ合ってかすかな音を立て、冷たさが舌を刺す。
「過去と未来の話をしてもいい。ただ、音量を下げるだけでいい」
トオルは両手で空を四角く切り取った。そこに西日が満ち、橙の光が指の間から漏れる。
「今は、画面の明るさを上げるみたいなものだ。目に映る粒が増える」

アリトは静かに笑った。喉の渇きは、意味を背負わないただの渇きへ戻っていた。歩き出す足はもう急がず、靴底が砂を押す音が、一定のリズムで胸に響いていた。

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