短編小説「針のあいだで」
僕は机の上の置き時計。
角ばった木の枠に守られ、白い文字盤と三本の針を抱えている。
朝も昼も夜も、ずっとここで彼を見てきた。
チチ、チチ――。
秒針が刻む音は、誰よりも近くで彼の暮らしを測っている。
朝、彼は必ず僕を睨む。
眠そうな目で、赤い秒針を追いかけるようにして、わずかに舌打ちする。
時間に追われる彼の背中は、いつもせかせかしていて、僕の音に怒っているみたいだった。
だけど夜は違う。
帰ってきた彼は机に突っ伏し、深く沈んだ呼吸を吐き出す。
その肩を揺らすたびに、僕の針も小さく震える。
「まだ大丈夫だよ」
「一秒は止まらないから、君も止まらなくていい」
そんな想いを、僕は秒針の「チチ」に込めていた。
けれど、その声が届いているのかどうかはわからない。
彼の視線は、僕のすぐ横にある写真立てへと吸い寄せられていく。
そこに写る笑顔の人は、もうこの部屋にはいない。
彼の目が濡れるたび、僕は秒針を強く刻んで伝えようとした。
「ここにいるよ、まだ一緒に時間を刻んでるよ」と。
けれど彼は僕を見やしない。
ただじっと、失われたものを見つめている。
時間は慰めにならないのかもしれない。
それでも、僕は針を進めるしかできない。
チチ、チチ。
この小さな音が、彼を孤独からほんの少しでも救っていると、そう信じたい。
やがて夜が深まり、窓の外の街灯が彼の頬を照らす。
僕は静かに時を運び続ける。
止まらないように。
彼の心まで止まってしまわないように。
静月
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