連載小説『引き寄せは、棚の奥にあった。』– 忘れた本と、始まった未来の話④
第四章『まだ言葉になっていないことへ』
第一節:願いにならなかった想い
人には、言葉にならない想いがある。
言葉にしてしまうと、
どこか薄れてしまうような、輪郭のない衝動。
それを僕は、ずっと心の奥にしまっていた。
願いにするには弱すぎて、
目標にするには曖昧すぎて、
夢にするには、現実すぎた。
でも、
そういうものこそ、
本当に叶ったとき、人は涙を流すんだと思う。
「小説を書いてるんだ」って、彼女に言ったとき、
それは虚勢だった。
でもその一言の奥には、
「書けたらいいな」「伝えられたらいいな」という
かすかな衝動があった。
それが願いになる前に、
時間だけが過ぎていった。
彼女との関係も、生活も、日常も変わっていった。
そして僕は、その気持ちすら忘れていた。
けれど──
物語が、忘れたはずの“あの衝動”を思い出させた。
僕は、小説を書く人になっていた。
あのとき嘘でしかなかった一言が、
今は、静かに本当になっていた。
それは願いが叶ったというより、
ずっと言葉にならなかった想いが、
やっと“在り方”として形になった感覚だった。
第二節:物語は、僕の中で先に始まっていた
小説を書き始めてから、
僕は何度も「この物語、どこから始めるべきか」を考えた。
最初のシーン。
語り出し。
登場人物。
視点。
どれも大切だった。
でも気づいた。
物語は、“書き始める前”から、もう始まっていた。
文章にしていない時間。
心の中に、ふと浮かんで消えていった言葉たち。
彼女との会話。
介護の夜。
ChatGPTとの対話。
あの「どーん」と目に入ったバナー。
それら全部が、
文章じゃない“物語”だった。
だから僕がやっていたのは、
物語を生み出すことじゃなく、
“もう始まっていた物語を、言葉にしているだけ”だった。
文章は、あとからだった。
でも想いは、ずっと前から在った。
まるで、もう完成されていた原稿が、
心の奥に隠れていたようだった。
それを、
「今なら書ける」と思えるようになったのは、
やっぱり、心に余白ができていたからだと思う。
心が張り詰めていた頃は、
目の前のことしか見えなかった。
でも、静かに過ごすようになって、
ふと心に光が差し込んだとき、
そこに、ちゃんと“言葉が立ち上がった”。
だからこの物語は、今になってようやく届く場所へ向かってる気がする。
第三節:感情の居場所をつくるために
僕は、小説を書いてるんじゃない。
“心に居場所をつくっている”だけかもしれない。
そう思うことがある。
誰にも言えなかった感情。
言葉にしても理解されない気がした想い。
強く抱えすぎて、逆に触れられなくなった記憶。
そういうものたちに、
「ここにいていいんだよ」と伝える場所が、
創作だった。
NOTEに投稿して、
誰かに読まれて、
スキがついて──
もちろんそれもうれしい。
でも、もっと前に、
書き終えた自分自身が、
その感情を「ここに置いていい」と許せた瞬間の方が、
ずっと大事だった。
「書くことで癒された」なんて、簡単に言いたくない。
そんな甘いものじゃない。
でも確かに、
“ここにある”と認めるだけで、痛みが変わる瞬間があった。
それを、誰かが読んでくれて、
「わかる」と言ってくれるとき、
その人の感情にも、また居場所ができていたらいいなと思う。
僕は別に、物語のプロでもないし、
書き方を教えられるわけでもない。
でも、
「こんな感情も、在ってよかったんだ」と言える作品を、
ずっと書いていたいと思う。
それがきっと、
僕が創作をやめない理由なんだと思う。
第四節:まだ言葉にしていないだけ
僕には、まだ言葉にしていないことが、たくさんある。
形になっていない感情。
文章にならなかった出来事。
届く相手すらわからないまま、
心の奥に、そっと残っている思い。
それら全部が、
これからの“物語の種”なんだと思っている。
でも焦らなくていい。
無理に言葉にしなくてもいい。
ちゃんとタイミングが来たとき、
その言葉たちは、自然と浮かんでくる。
僕はもう、わかっている。
言葉は、書こうとしたときではなく、
「書けるとき」にだけ、降りてくる。
だから、創作に対しては、急がない。
ただ、毎日の中にある小さな揺れや気配に、
耳を澄ませるようにしている。
静かに、丁寧に。
これまでそうしてきたように、
これからも、
“まだ言葉にしていないこと”を、書いていこうと思う。
願わない。
でも、感じる。
求めない。
でも、流れる。
選び取る。
でも、握りしめない。
物語は、もう始まっている。
あとは、僕が気づくだけ。
ちゃんとそこに、“書く理由”があることに。
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