短編小説「木の腕に刻まれたもの」
僕は公園のベンチだ。
冬も夏も、朝も夜も、同じ場所にいる。
風が吹けば木の葉を受け、雨が降れば冷たさを飲み込む。
そして、人が来れば、その重みをただ受け止める。
ある春の夕暮れ、少年と少女が腰を下ろした。
制服の袖口から覗く震える指。
言葉は途切れ途切れで、やがて沈黙。
その沈黙の重さが僕に染み込んでいった。
夏のある日、老人が座り、袋からパンくずを撒いた。
ハトたちが羽音をたてて集まり、老人は笑った。
けれど数日後、その姿はもうなかった。
僕は知っている。人間はいつか来なくなる。
雨の日は寂しい。
冷たい雫が木の腕を濡らし、誰も座らない。
ただ街灯の下、濡れた体を静かに光らせる。
けれどそれさえ、誰かの記憶の背景になるのかもしれない。
夜には酔っぱらいが来て、身体を投げ出す。
「なんで俺ばっかりなんだよ」
その言葉が重くて、僕は少しきしんだ。
子どもたちはナイフで僕に落書きを残した。
ハートの印、名前の頭文字、消えない傷跡。
痛みはあったが、不思議と誇らしくもあった。
僕の体に刻まれたものは、彼らの時間の証だから。
僕は動けない。けれど動かないことで、
人間の一瞬を、季節のすべてを、ずっと抱え続けられる。
今日もまた、誰かが来るだろう。
笑いながら、泣きながら、あるいは無言で。
僕はそのすべてを受け止める。
木の腕に刻まれた傷ごと、ここに在り続ける。
静月
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